「全米オープン」中継局変更「日本女子」ネット中継「ゴルフ界」改革の成否 風の向こう側(74)

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 いまだ新型コロナ禍「収束」とは言えない6月11日(木)から米男子ツアー(PGAツアー)が再開され、2戦目、3戦目と進むにつれて、やはり陽性反応を示す選手やキャディが次々に出ていた6月末のこと。

 それは、あまりにも突然に、いや、きわめて唐突に報じられたため、米ゴルフ界の多くが最初は「えっ?」と首を傾げた。

「『全米オープン』をTV中継していた『FOXスポーツ』は、大会を主催する『USGA』(全米ゴルフ協会)との12年契約の解消を申し出た。USGAは29日(現地時間)、『NBC』がその契約を引き継ぎ、即座に発効となったことを正式に発表した」

 全米オープンはメジャー4大会の1つであると同時に、米ゴルフ界のナショナル・チャンピオンを決するナショナル・オープンだ。そのTV中継を行うことは、米TV局にとって大きな栄誉であり、誇りでもある。

 その昔、その栄誉にあずかっていたのは『ABC』だった。それが1995年からはNBCに変わり、ちょうどその直後からタイガー・ウッズ(44)がゴルフ界に登場。NBCは新星ウッズの存在を全米、そして世界へ伝え始め、その勢いと流れのまま、NBCによる全米オープン中継は20年近くも続き、それはあたかも米ゴルフ界の伝統のごとく定着していった。

 だが、その「伝統」に変化が訪れたのは2013年のこと。ゴルフ中継には積極的でなかったはずのFOXスポーツが突然参入し、約10億ドル(約1075億円)という破格の中継権料を支払って、12年間の長期契約をUSGAと交わした。

 そして、「チェンバーズ・ベイ・ゴルフコース」(ワシントン州)で開催された2015年大会からFOXスポーツによる中継が開始され、今年も「ウイングドフット・ゴルフクラブ」(ニューヨーク州)での大会を中継するはずだった。

 しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で今年の全米オープンは本来の6月から9月(17~20日)へ延期されたため、その時期に「NFL」や「MLB」、カレッジ・フットボールなどの中継を山ほど抱えているFOXスポーツは、9月の全米オープンを中継することが困難と判断。

 その結果、USGAとの契約を解消せざるを得なくなり、かつて全米オープンを長年にわたって中継してきたNBCが代わりに中継を引き受けることになった。FOXスポーツがUSGAと交わしていた契約を引き継いだ形ゆえ、契約期間もそのまま引き継ぎ、2026年で満了となる。

TV中継こそ救世主

 あまりにも突然の発表に驚かされたが、もう1つ、ちょっと驚いたのは、この変更を米女子ゴルフ界とそのファンがとても喜んでいるという点だ。

 渋野日向子(21)に沸いている日本のゴルフファンには信じがたいかもしれないが、近年の米女子ゴルフは人気低迷に喘いでおり、「米LPGA」のレギュラー大会でもメジャー大会でも、ギャラリーがまばらであることは珍しくない。

 TV中継の視聴率もあからさまな減少傾向にあり、昨年の「全米女子オープン」視聴者数は史上最少の72万8000人にとどまった。

 だが、NBCが男子の全米オープンの中継権を引き継いだことで、今年からは、同じくUSGAが主催する全米女子オープンも、同系列のゴルフ専門局『ゴルフ・チャンネル』との共同体制が可能になる。

 米男子ツアーは日ごろから予選2日間はゴルフ・チャンネルが中継し、決勝2日間は生中継をNBCへ移しつつ、ゴルフ・チャンネルによるインタビューやプレーバックなどの番組を制作し、多彩で立体的なゴルフ報道を行っている。これからは全米オープンでも全米女子オープンでも、それらと同様の立体的な中継が期待できる。

「いつも通りのルーティーンの下で中継を行い、ファンには今まで以上にダイレクトに大会や選手の様子を伝えることができる」

 そう喜びを語ったUSGAのマイク・デービスCEO(最高経営責任者)は、全米オープンの視聴率が伸びることを願うと同時に、昨年にワースト記録を更新した全米女子オープンの視聴率がNBC&ゴルフ・チャンネルの中継によって大きく上昇することを願っている。

 TV中継権料はUSGAにとっては収益の要である。ちなみに、USGAの昨年の収益は211ミリオン(2億1100万ドル=約227億円。このうち男子の全米オープン収益は70ミリオン=7000万ドル=約75億円)。その54%に当たる114ミリオン(1億1400万ドル=約122億円)がTV中継権料だった。

 だが、本当に驚かされたのは、以下の事実だ。

「開催すれば大儲け」となっている男子の全米オープンとは対照的に、全米女子オープンやUSGAが主催する「全米アマチュア」などの他大会は、開催したところで収益は得られず、赤字覚悟の開催であること自体は以前から耳にしていた。

 しかし、とりわけ全米女子オープンの赤字は突出しているそうで、ここ数年は開催するたびに毎年1000万ドル(約10億7000万円)もの赤字を出しているという今春の報告には仰天させられた。

 それでもUSGAは70年以上もの歴史を誇る由緒ある全米女子オープンを何としても死守しようとしており、そのためには、より効果的に大会の魅力をファンへ伝えることができるTV中継こそが救世主となりえると考えている。

「異端児」から「革命児」へ

 USGAとの契約がFOXスポーツからNBCへ移ったことで、男子は全米オープン、「全英オープン」、「世界選手権シリーズ」の3大会、「ライダーカップ」や「プレジデンツカップ」、そして米ツアーのレギュラー大会のほぼ全試合がNBCによる中継となる。

「マスターズ」は『CBS』による中継が伝統的に続いており、残るメジャー「全米プロ」は今年から予選2日間がディズニー傘下のスポーツ専門局『ESPN』、決勝2日間がCBSによる中継が予定されているが、それらを除けば、米ゴルフ界の大会の大半がNBC&ゴルフ・チャンネルによる中継に一本化されることになる。女子とシニアはメジャー大会の全試合がNBCによる独占生中継となる。

 振り返れば、2013年にゴルフ中継の分野へ突然参入したFOXスポーツはまさに「異端児」だった。だが、「異端児」はNBCより高額の中継権料を支払うだけの財力を持ち合わせ、ドローンを活用した撮影など斬新な手法を取り入れる発想や実行力も備えていた。そうやって「異端児」は「革命児」へと成長し、高い評価も得ていた。

 それなのに、せっかく手に入れたUSGAとの契約と積み上げてきた実績を、なぜ自ら手離すことになったのか。

 その答えは、どうやら強欲になりすぎたことにあるようだ。FOXスポーツは、米国の人気スポーツの中継権を物色しては次々に購入していたところでコロナ禍の混乱に直面。その結果、9月へ延期された全米オープンの放送枠を捻出できない状況に陥った。

 買い込みすぎて手一杯となり、にっちもさっちも行かなくなり、肝心な場面で大事なものを手離す結果になったということ。

 それだけではない。米メディアによれば、FOXスポーツはUSGAとの契約を解消したにもかかわらず、違約金という意味合いを含めて、2026年の契約満了まで毎年4000~5000万ドル(約43~54億円)を支払い続けることになり、逆に契約を引き継いだNBCの毎年の支払いは、それより少ない3700万ドル(約40億円)程度になると見られている。

予想以上の反響

 米ゴルフ界の「異端児」「革命児」が支払った授業料、いや、支払い続ける授業料は、あまりにも高い。

 しかし、それでも怯まず、むしろ強気な姿勢を見せるあたり、やはり「異端児」「革命児」だけのことはある。

「これまで6年にわたって全米オープンを中継できたこと、成功に導いてきたことを大いに誇りに思う。今回の契約引き継ぎは、USGA、我々FOXスポーツ、そしてNBCの誰にとってもウィンになると確信している」

 FOXスポーツのエリック・シャンクスCEOはこのように「これはウィン・ウィン・ウィンの関係だ」と言い放ったが、どう見ても「買い込みすぎのショッピング・ミスだ」という米メディアの指摘のほうが的を射ている。

 折りしも、日本の女子ツアー(JLPGA)はコロナ禍の中での再開初戦となった「アース・モンダミンカップ」(6月25~29日)で、TV中継ではなくインターネット中継を初採用し、好評を博したばかりだ。

 残念ながら期待の渋野は予選落ちとなったが、渡邉彩香(26)と鈴木愛(26)とのプレーオフへもつれ込んだ最終日の視聴回数は162万回、4日間のトータルでは700万回を超えた。

「好きな場所で視聴できる」「ライブ中継は素晴らしい」等々、視聴者からは好反応が得られ、主催の「アース製薬」大塚達也会長もJLPGAの小林浩美会長も「反響は予想以上だった」と満足げだった。

 近年、小林会長はTV放映権料問題で揺れる中、インターネット中継の必要性や有益性を強調し、強い思い入れを抱いてきた。

 とは言え、インターネット中継は日本のゴルフ中継における「異端」であり、前述した米国のTV中継の例では「異端児」が高い授業料を支払う結末を迎えた。

 だが、問題は「異端の善し悪し」ではなく、注視すべきも「新しいか、古いか」「従来通りか、新規か」ではないはずである。

 大会を主催する側、運営する側、そして中継する側。その誰もが、見栄や意地ではなく、ましてや強欲や出来心でもなく、ゴルフとゴルフファンのことを何より大切に考えることができるかどうか。

 その意味において、米ゴルフ界では、全米オープンや全米女子オープンの中継権が「古巣」のNBCに戻り、NBC網による中継一本化が進みつつある。そして日本では、インターネット中継という「新手法」が高い評価を得た。

 要は、そこにゴルフ愛があるかどうか。その1点に尽きるのではないだろうか。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2020年7月3日掲載

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