中露が世界各地で危険な軍事的挑発:「コロナ後」の主導権を争い、ワクチン情報も狙う インテリジェンス・ナウ

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 昨年9月末、こんな事件があった。

 米海軍特殊部隊の精鋭組織SEAL「チーム6」の本部もある東部バージニア州ノーフォークの米海軍基地。緊張感漂う基地のゲートで、夫婦連れ数人の中国人グループが車で検問を通り抜けようとした。

 これに対し警備兵は「ゲート内にいったん入ってUターンし、出て行くよう」指示した。しかし彼らは構わず基地内を前進、前から来た消防車に阻まれ、身柄を拘束された。中国人は「英語が分からなかった」と見え透いたウソをついた。米国は「外交官」を偽装した中国情報機関員1人を含む2人を国外追放した。

「知らぬふり」して、相手国の領域に侵入する中国の手法は、尖閣諸島周辺でも、南シナ海でも、中印国境でも続いてきた。

 しかし、今回は少し違う。新型コロナウイルス感染被害を受けた米空母が通常の行動から外れ、穴が開くと、中国海軍空母「遼寧」を台湾海峡近くに派遣、米軍の裏をかいたのである。中国軍は「コロナ後」をにらんで、米軍から覇権を奪取する意思を示した。

 世界の関心は新型コロナのワクチン研究開発。中国は情報を入手するためサイバースパイ活動を展開していると伝えられ、米軍「サイバー司令部」および国家安全保障局(NSA)が警戒を強めている。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行(パンデミック)で対策に追われる米国とその同盟諸国などに対し、中露などは危険な軍事的挑発を続けている。米国では、新たな「世界大戦の引き金を引くか?」(米外交誌『フォーリン・ポリシー』)といった議論が起きている。

海兵隊トマホーク装備へ劇的展開

 日本にとって中国側からの挑発が最も懸念されるのは、東シナ海だ。

 米海軍情報部(ONI)によると、中国海軍は1990年代半ばから25年以上にわたって装備の近代化を推進。2020会計年度末の段階で、戦闘艦艇は中国が360隻で米国の297隻を大幅に超え、2025年400隻、2030年425隻と増え続ける。これに対して、米海軍は355隻体制を回復する目標を立案中だ。

 中国は2012年に初の空母「遼寧」、昨年12月には2番艦「山東」が就役、さらに建造中の3番艦は2024年までに就役の見通しで、2021年に4番艦の建造が始まる。最終的に空母は4~6艦体制になるとみられている。米国の空母保有数は11隻。太平洋への配備では、米国が3隻で、数的には中国の方が多くなる。

 さらに懸念されるのは、中国の中距離ミサイル戦力の充実だ。冷戦末期の米ソ中距離核戦力(INF)全廃条約で、米軍は射程500~5500キロの中距離ミサイルを持てず、その間中国は「空母キラー」と呼ばれる対艦弾道ミサイル「東風21D」を含め約2000基の中距離ミサイルを開発・製造、脅威を高めてきた。

 こうした中国との「ミサイル・ギャップ」を埋めるため、米国は巻き返しに出た。

 今年3月5日米上院軍事委員会で、海兵隊のデービッド・バーガー司令官が初めて明らかにしたのは、海軍を支援する形で「海兵隊がトマホークを装備する」という予想外の劇的展開だった。

 トマホークは1991年の「湾岸戦争」での対地攻撃で知られ、米海軍大型艦船からの発射が常識化していた。

 だが、今度は小型艦艇で機動力を発揮する海兵隊が、中国艦船攻撃用の「対艦ミサイル」を2023年以降装備することになった。2021年度予算で調達を開始、2022年まで実験と訓練を重ね、翌年配備の予定である。

 2021会計年度予算では1億2500万ドル(約134億円)でトマホーク48基を調達する計画。米軍はこれまで対艦ミサイルを保有していなかったが、当面中国の東風21D対艦弾道ミサイルにトマホークで対抗することになった。

イージス・アショアより優先

『ロイター通信』によると、米軍は「日本および台湾の同様のミサイル」と組み合わせて、中国軍に脅威を与えるのが狙いという。

 日本のミサイルとは、恐らく3月26日に陸上自衛隊宮古島駐屯地に地対空ミサイルとともに配備された「12式地対艦ミサイル」のこととみられる。「12式」は射程百数十キロ、トマホークは同1600キロ超で、米国の戦略遂行上、日本が役割の分担を求められる可能性がありそうだ。

 しかし、米軍戦略当局はこれでも不十分とみて、2025年配備予定の次期空軍ステルス爆撃機B21レイダーに長距離空対艦ミサイルを搭載する予定。それに先立ち、海軍戦闘機F/A18E/Fスーパーホーネットおよび空軍B1爆撃機への対艦ミサイル搭載が既に始まっている。

 米軍は明らかに、中国艦船に対する対艦ミサイル戦力の強化によって、日本列島から台湾、フィリピンに至る「第1列島線」で中国軍の西太平洋進出を封じる戦略を優先している。さらに、今年2月フィリピンが国内で活動する米兵の法的地位を定めた「訪問軍地位協定」の破棄を一方的に通告(その後破棄を保留)、米比関係が不安定なため、日本および台湾との連係強化を図る構えのようだ。

 河野太郎防衛相は「イージス・アショア」の配備計画断念を発表した。防衛相が挙げた理由は技術とコストの問題だけだ。

 だが、同時に米国に対する政治的配慮も検討したに違いない。米国にとって最優先課題は対中国海軍戦略であることも防衛相は分かっていたはずだ。日本は今後、中国艦船に対する対艦ミサイルの強化を中心に貢献策を求められることになるとみていい。

米空母、西太平洋で一時不在

 しかし、新たな米国の対中海軍戦略の着手とほぼ同時に、米海軍を襲ったのは、新型コロナウイルスだった。

 米海軍の原子力空母「セオドア・ルーズベルト」は3月24日、乗組員3人の感染が公表され、その後も被害が拡大。同27日にグアム寄港、約4000人を下船させ、隔離した。

 結局、この空母は1000人以上の集団感染となり、約2カ月間米領グアムに停泊を続けた。かくして、米軍は3月下旬から、感染防止のため部隊の移動を停止するなど活動を制限した。米海軍感染者数は6月19日現在、2850人、米国防総省の制服および背広組に軍属を加えた感染者数全体は1万3000人を超えた。

 セオドア・ルーズベルトがグアムを出港したのは5月20日で、それまでの間西太平洋でも米空母は「一時不在」の状態だったとみられる。

 これに対応して、4月に入ると、中国海軍はさまざまな行動に出た。

 南シナ海では4月2日、中国海警局の公船が西沙(英語名パラセル)諸島付近でベトナム漁船に体当たりして沈没させた。同10日、中国空軍の戦闘機や爆撃機が台湾南西の海域上空からバシー海峡を経て西太平洋に出る訓練を実施。同11日には空母「遼寧」が沖縄本島と宮古島の間を南下し台湾付近を通過した。28日には遼寧など計6隻の艦隊が宮古島の南東約80キロの海上を北上、初めて沖縄本島―宮古島間を往復して通過した。

 この間、南シナ海から東シナ海に至る海域は事実上、中国空母の影響下にあったようだ。

 6月中旬、米海軍は空母3隻を太平洋地域に同時展開した。横須賀基地の空母「ロナルド・レーガン」とセオドア・ルーズベルトはフィリピン周辺、「ニミッツ」は太平洋東部で、「米軍の即応態勢」をあらためて誇示した形。太平洋への空母3隻配備は北朝鮮情勢が緊迫した2017年11月以来のことで、中国軍をけん制するのが狙いとみられる。しかし、一時的にせよ中国海軍艦隊を自由に遊弋(ゆうよく)させた事実は消えない。

尖閣領海侵入は連続最多記録

 中国は日本に対しては、沖縄県・尖閣諸島周辺で海警局公船が領海侵入を繰り返している。公船の異常な動きは、領海のすぐ外側の「接続水域」入りを含めると、6月23日で連続71日を記録、2012年9月の尖閣諸島国有化以降の連続最多記録更新を続けている。

 5月8日には操業中の日本漁船を追いかけ回す事件が起き、危険回避のため操業を控える漁民が増えているという。

 海警局は2018年、中国共産党中央軍事委員会の傘下に入り、「戦時」には軍の指揮下で任務を執行することが決まった。公船の大型化と武装化が目立ち、3000トン級以上の公船が3隻同時に日本領海を侵入したことが複数回確認されている。

 将来起き得る「台湾侵攻」を想定し、海上保安庁および海上自衛隊の実力を試すのが目的で、領海侵入を繰り返している可能性がある。

 また、米軍が出動するタイミングを見極めようとしている可能性がある。米国は尖閣諸島が日本の「施政下」にあることは認めつつ、日本の「領有権」は認めていない。米海軍と海自の合同訓練は南シナ海で行うことがあっても、尖閣諸島近くでは行っておらず、米軍が有事にどう動くかは明らかではない。

 さらに中国潜水艦の動きも活発化している。鹿児島県・奄美大島北東の接続水域内で6月18日、中国海軍とみられる潜水艦1隻が潜ったまま西進した。日本領海への侵入はなく、海上警備行動は発令しなかった。中国を中心とする外国潜水艦の接続水域内の潜航が確認されたのは、2018年1月以来で8回目だ。

 中国艦船の侵入が常態化していても、防衛省は有効な対策が打てていない。

ロシアは対衛星攻撃ミサイル実験

 米軍が世界で部隊の移動を停止し、各国との演習も中止するなど活動を大幅縮小した時期には、欧州、中東でも挑発工作が頻発した。

 4月15日、地中海上空の国際空域を飛行中の米P8哨戒機にロシア空軍戦闘機スホイ35が8メートルまで異常接近。4月8日にはアリューシャン列島付近の防空識別圏内を2機のロシア対潜哨戒機イリューシン38が飛行し、米空軍F22戦闘機などが緊急発進(スクランブル)。ロシア機は一時、米軍機の約8メートルまで接近するなど危険な行為を続けた。

 この間、ロシア宇宙軍は人工衛星攻撃ミサイルの実験を行った、と『ニューヨーク・タイムズ』は伝えている。ロシアには米国のスパイ衛星を破壊し、全地球測位システム(GPS)を機能マヒさせる能力をあることを誇示した形だ。

 また中東のペルシャ湾では同日、イラン革命防衛隊の艦船11隻が米海軍艦船6隻に異常接近したという。イラン艦船は陸軍のヘリコプターを伴って公海上で訓練中だった米艦船6隻に約9メートルの距離まで接近し危険な挑発を続けたという。

サイバー攻撃でワクチン情報狙う

 コロナ禍の世界で、最も注目されているのはワクチン開発に関する情報だ。

 米連邦捜査局(FBI)と国土安全保障省の「サイバーセキュリティ・インフラ安全保障局(CISA)」は5月13日、COVID-19研究機関が中国などによるサイバー攻撃の「目標にされる」リスクがある、と警告した。

 中国政府関係組織などは「ワクチン、治療法、実験に関する価値が高い知的財産および公衆衛生データ」の入手を謀っている、というのだ。中国関係機関が具体的にどのような行為を行っているか明らかではないが、「米国の新型コロナ対策に重大な脅威」となっている、としている。

 CISAは具体的な国名を挙げていないが、最も活発にサイバー工作を行っているのは中国とロシア、イラン、北朝鮮といわれる。

『ニューヨーク・タイムズ』はこのほか、韓国やベトナムも感染症に関する情報入手を進めていることが民間セキュリティ会社の調査で判明したとしている。韓国は、世界保健機関(WHO)や北朝鮮、日本、米国を標的にしているという。韓国が日米を標的にしていることが確認されたら、必ず外交問題に発展する。日本政府はこの情報を確かめる必要がある。

『ロイター通信』によると、この種のワクチン開発の成功率は6%程度で、現在進行中の130種類以上のうち、成功するのは8~9件とみられている。各国の企業や研究機関が開発に成功すれば、莫大な利益を手にし、それぞれの国民の健康維持という国家的利益に大きく貢献するため、サイバー攻撃という手段を利用するのだろう。

戦争か平和か

 コロナ禍とそれに伴う急速な経済の悪化は世界大戦につながるのだろうか。

 ミシェル・フロノイ元米国防次官(現ハーバード大学ベルファー・センター上級研究員)は「米国の抑止力低下で中国が誤算するリスクが高まる」(外交誌『フォーリン・アフェアーズ』電子版6月18日)と危険性を指摘、アジアでの戦争防止を訴えている。

 これに対して、マサチューセッツ工科大学(MIT)のバリー・ポーゼン教授(国際政治学)は逆に「平和を促進する可能性」の方が高いとみている。諸国は過信からしばしば戦争へと動くが、パンデミックが誘発する悲観論は平和に資するはずだ、というのだ。

春名幹男
1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。

Foresight 2020年6月29日掲載

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