新型コロナ「第2波」前に「脳がよじれるほど想像力を働かせる」べきは誰か

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【筆者:坂根みち子・坂根Mクリニック院長(略歴は文末に)】

「第2波に備えて、脳がよじれる程想像力を働かせて欲しい」

「国立国際医療研究センター」の大曲貴夫先生がTVのインタビューに答えていました。そのまま対策システムを作る方々にお渡ししたい言葉です。

 新型コロナウイルス感染拡大の第1波は欧米に比べて死者が少なく、「緊急事態宣言は要らなかった」論まで出てきておりますが、3月下旬に感染者が日々倍増していったときに、

「もはやこれまでか。日本も欧米のようになってしまうかもしれない」

 という絶望的な危機感に襲われた医療者はかなりいたはずです。あの時に緊急事態宣言(4月7日)や志村けんさんの死亡(3月29日)など、様々な要因が重なって「自粛」が進み感染が収束していった時、私たちはどれだけホッとしたことでしょう。

 実際にはこの頃、東京ではPCR検査までたどり着けない市中感染者が多発していました。4月11日の報道では港区のPCR検査の陽性率は6割(!)を超えていました。おそるべき数値です。これはクラスター追跡ではすでに把握しきれないほど市中に感染が広がっていたことを示しています。やはりギリギリのところでオーバーシュートが回避されたというべきでしょう。

第1波では軽症者が放置された

 この頃、症状がありながら検査を受けられなかった人が日記をつけて公開していました(『ハフポスト日本版』2020年4月20日「まさか私が? 新型コロナ疑惑で自宅療養する35歳独身女性の日記」)。

 この記事のリード文にはこう記されていました。

〈毎日のように東京都の感染者数がニュースになっている。あそこに感染者としてカウントされてる人はどんな人なんだろう? 少なくともあの数字に私は入っていないんだ〉

 経過を読むと、かなりコロナの感染が疑わしいと思います。

 保健所に電話しても繋がらない。なんとか診療までたどりついても、PCR検査はしてもらえない。急変の恐怖と戦いながら、どのような生活を過ごされたか、「頭がよじれるほど想像力を働かせ」なくてもとてもよく伝わる文章です。

 この方はネットを使いこなせる世代であり、テイクアウトの宅配をしてくれる「ウーバーイーツ」が使える場所であったために、1人でも自宅療養を続けられたようです。これが高齢者で、テイクアウトの宅配ができない地域であればどうなるか、想像してみてください。

 筆者の住む茨城県つくば市でも微熱が何日も続くような人達がいましたが、私達開業医はPCR検査につなげることもできず、ひたすら自宅療養を促すだけでフラストレーションが溜まりました。

「コロナが否定できないから自宅に居てね」

 というだけでは、患者の不安解消どころか、火に油を注いだようなもので、患者からの頻繁な電話の対応に苦慮しました。

 保健所はもっと大変だったことでしょう。

 ただし、一番大変だったのはやはり患者さんでしょう。一人暮らしの場合は、サポートがなければ食料調達さえ事欠きます。体温計もマスクも手に入りません。急変の不安があるまま夜を迎える日々は恐怖だったことでしょう。

 検査を受けられなかった人は、テレビで連日報道されている患者数にカウントされることもなく、クラスター追跡の対象になることもありません。検査で陽性になった人は入院するか宿泊施設に行くか、自宅療養か、まがりなりにも行政のサポートが入ります。ところが、検査にたどり着かなかった人(検査で陰性だった人も?)は、ほとんどの人がケアを受けることもなく、放置されたのです。

開業医も軽視された

 第1波では、PCR検査体制が整わなかったために、私たち開業医は、「弾を持たされずに戦場に出され」ました。

 何しろ、診断法も治療法もない、予防(ワクチン接種)もできない、100年前のスペイン・インフルエンザ・パンデミックと100年経っても同じだったわけです。

 その中で唯一出来たはずの診断のためのPCR検査が、重症者のみしか認められず、あとはクラスター追跡と退院のための陰性証明と空港での水際対策という公衆衛生的管理が優先され、私達開業医は市中感染の前線にいながら蚊帳の外でした。

システムを作る側に想像力が足りない

 第2波を前に、体制の管理者側にいる方々こそ、「脳がよじれるほど想像して欲しい」のです。

 今の対策は、新型コロナ感染者を入院させて診る病院と公衆衛生ルートが中心であり、開業医・患者目線で考えられていないのです。

 未知のウイルスを前に軽症だからと放置して良いのか。

 医療機関を受診してからノンストップで検査に進むことが診療所にとっても患者・家族にとっても必要であるだけでなく、今後は早期発見・隔離にシフトしなければならないことを。

 何らかの症状があって医療機関を受診した人は検査が陰性でも自宅療養となった時に、24時間繋がれるフォロー体制や食事などのサポート体制が必要であることを。

 急変の徴候を捉えるために、呼吸数や酸素飽和度などのモニタリングの知見を集める必要があることを。

 入院が必要になった時に、救急車やかかりつけ医が何時間もかけて入院先を探すムダを省く地域ごとの医療機関の機能分担システムの構築が必要不可欠であることを。

感染の広がりは空間分布で示そう

 さらに、感染の広がりと規制は現在行政区分でなされていますが、ウイルスは自治体単位で発生するわけではありません。国民が自ら判断して行動するためには、感染の広がりを空間分布で示した地図をリアルタイムで国民が見られるようにすべきでしょう。日本は強制的なロックダウンができないわけですから、自分の住んでいる地域の感染の分布は、わかりやすい形で国民に知らせる必要があります。

共通プラットフォームで開業医にもリアルタイム情報共有が必須

 そして何より、声を大にして訴えたいのは、情報は誰のものかということです。

 国はようやく、オンライン上で一元的にコロナ患者の情報収集をする予定のようですが、これは、私達現場の医療者誰もが自由にアクセスできるものでしょうか?(冒頭に掲げた表を参照。『新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」令和2年5月29日』より抜粋)

 情報は行政のものではありません。私たち医療者や研究者が必要な時にいつでもアクセスでき、使い勝手が良いものでなければなりません。そうでなければ、私達は臨床の現場で即座にその情報を活かすことができないのです。諸外国との格差は歴然です。

 地域での流行は、今まではPCR陽性で肺炎になった人(重症者)からクラスターを探していました。今後は、地域での流行を最初に捉えるのは開業医になるでしょう。コロナはただの風邪と区別がつきません。無症状のウイルス保有者からの感染率は低く、有症状者は発症前から感染力があるということがわかってきたわけですから、感染を広げる前に、なるべく早く有症状者を検査・隔離し、ごく軽症の患者を捕まえる必要があるのです(『CNN』2020年6月9日『新型コロナ、無症状者からの感染は「まれ」 WHO疫学者』参照)。

 その時に必要なのが、リアルタイムでの情報の共有です。日々、どこで患者が何人発生しているのか。地域のどの病院でPCR検査にゆとりがあるのか、発熱外来はどこに依頼できるのか、どこにどれだけの患者が入院しているのか――このような大切な情報を開業医は全く手にすることができないのです。

 入院していることがわかると風評被害が出る、発熱外来やPCR検査をどこでやっているかわかると患者が殺到する、と言われましたが、それは医療機関同士での情報共有とは別の話です。共通のプラットフォームを作り、登録制にしてリアルタイムで情報共有するシステムにする必要があります。

 現在でも茨城県では、検査や入院の依頼はすべて保健所経由ですので、患者が増えればまたそこが目詰まりを起こします。行政が情報を把握してから発信されるのでは遅いのです。行政がすべてを管理しようとする従来型の発想は変えなければなりません。

 6月10日、久しぶりで県内にコロナ患者が発生したという報道がありました。「セブン-イレブン・ジャパン」(東京)が、つくば市の店員が新型コロナに感染したと発表したものの、茨城県によると、県への届け出はなく、県内感染確認者には含まれない、という報どうでした。

 ただし、この事例は結果として、店員からの虚偽の報告でした。しかし、地元で患者が発生したなら、関係者の受診の可能性があり、その情報は私達開業医にも迅速に共有されなければなりません。県に届出がないなら、近隣の自治体の情報も知りたいところです。この時も、私達は診療の合間を縫ってネット情報を探しにいくしかなかったわけです。

軽症者の臨床経過の蓄積が重要

 また、軽症患者の臨床経過は非常に大切です。まだまだ分からないことが多い感染症なのに、私達は軽症者の臨床経過も、入院した患者についてでさえ、「個人情報」の壁に遮られて情報を共有することが出来ないのです。

 ここでも行政のパラダイムシフトが必要です。

 今回気になったのは、2週間も3週間も微熱が続きなかなか体調が回復しない患者さんがいるということです。

 1人例を挙げると、彼女はシングルマザーで子育てしていました。微熱が続き何回も医療機関を受診し、初期のPCR検査は陰性で、経過を見るように言われるも、37度程度の熱が続くために仕事に行くに行けず、収入はなくなり、行政のサポートもなく、困り果てて当院にたどり着きました。この患者さんが新型コロナ感染者かどうかは、この先有意義な抗体検査ができるようになるまでわからないかもしれません。しかしながら新型コロナでは、このように長期にわたり不調が続く軽症者が多い可能性があり、他の開業医での事例も知りたいところです。

 ちなみにこの患者さんは、休業手当等の情報も知らず、子供にうつる心配から、子供に危険な次亜塩素酸(水かナトリウムかは不明)の噴霧まで行っていたそうです。

 新型コロナ感染の可能性がある人は疑い例も含めPCR陰性でも登録するシステムにしてあれば、必要なサポートを落としこぼしなく届けることも、臨床経過の知見を蓄積していくこともできるはずです。

 繰り返しますが、今後、行政が行うクラスター追跡と並行して、市中への感染の広がりを最初に捉えるのは、私達開業医です。

 残念ながら、専門家会議の提言は、「公衆衛生的視点」と「入院患者を診る病院臨床医の視点」が中心で、市中感染を捕らえる開業医と当事者(患者)の視点が欠けています。

 第2波を前に、開業医をかやの外に置かず、行政、保健所、病院、そして当事者である患者・家族も含めて情報を共有し対処していく必要があります。

【筆者略歴】筑波大学医学専門学群、筑波大学大学院博士課程卒業。循環器内科医として約20年勤務ののち、2010年10月つくば市に現クリニックを開業。2014年4月1日より「現場の医療を守る会」代表世話人。同年より「日本医療法人協会 現場からの医療事故調GL検討委員会」委員長。

本記事は「MRIC」メールマガジン2020年6月15日配信Vol.125よりの転載です

医療ガバナンス学会
広く一般市民を対象として、医療と社会の間に生じる諸問題をガバナンスという視点から解決し、市民の医療生活の向上に寄与するとともに、啓発活動を行っていくことを目的として設立された「特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所」が主催する研究会が「医療ガバナンス学会」である。元東京大学医科学研究所特任教授の上昌広氏が理事長を務め、医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」も発行する。「MRICの部屋」では、このメルマガで配信された記事も転載する。

Foresight 2020年6月17日掲載

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