「コロナ後」経済復興を主導する独仏「新マーシャルプラン」の成否(上)

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「新型コロナウイルス」の感染拡大が深刻だったヨーロッパ諸国だが、およそ2カ月近くに及んだ外出禁止令の解除が段階的に始まった。

 もっとも各国政府は決して安心したわけではなく、第2波の脅威に備えながらの解除だ。単純に喜べない点も多いが、それでも欧州に薄日が差してきたことは確かである。

 そして解除後の最大の問題は、経済復興ということになる。

 このタイミングで5月27日、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長はテレビ欧州議会で、今後の経済対策についての資金援助の提案を行った。

 7500億ユーロ(約89兆円)に上る援助提案だ。

 このうち5000億(約59兆円)ユーロは補助金として、残りの2500億ユーロ(約30兆円)は返済義務のある融資の形をとる。

 支援部門は自動車、・航空宇宙・デジタル・観光部門などである。また、最も大きな額の支援対象となるのは、新型コロナウイルス感染の被害が甚大であり、経済基盤の脆弱なイタリアとスペインがそれぞれ1730億ユーロ(約21兆円)と1400億ユーロ(約17兆円)支援となる。

 そのうちイタリアは直接支援額として820億ユーロ(約10兆円)、融資という形で910億ユーロ(約11兆円)の受け入れとなる。スペインは同様に、770億ユーロ(約9兆円)、630億ユーロ(約8兆円)の受け入れとなる。

 借款の償還期間は30年で、最終的には2058年までに終了する予定である。

 その財源としては、ユーロ圏諸国による共同債の発行によって賄う。これは欧州統合の歴史の中での大転換だ。見返りを前提とした融資ではなく、欧州全体の安定のための自己犠牲もいとわない共同体的発想だからである。

 後述するように、独仏のイニシアティブ、とくにドイツの政策転換が大きな契機となっている。

 もちろん、10年前のユーロ危機以来、南欧諸国の尻ぬぐいばかりさせられている格好の融資資金供与国(EUの中でも財政的余裕のある豊かな北西欧諸国)は、共同債には依然として合意しているわけではない。最近では「倹約4カ国」と呼ばれるようになっているスウェーデン、オランダ、オーストリア、フィンランドなど、財政的に余裕のある諸国は今回も、フォン・デア・ライエン委員長の提案に難色を示している。オーストリアのセバスティアン・クルツ首相は、「これは議論の出発点」として、まだ決まったわけではないと反発した。今後、夏にかけて各国で2021~27年のEU予算とともに議論される。

独仏首脳会議の「ユーロ債」発行提案

「コロナ禍」以後の欧州経済再建のプロセスの中で提案されたこの提案は、実は、その9日前の5月18日に行われたエマニュエル・マクロン仏大統領とアンゲラ・メルケル独首相による独仏首脳会議の結果をほぼ受けた内容である。フランスは以前から「ユーロ共同債」を提唱しており、それに反対してきたのがドイツであった。それが、この独仏首脳会議で一転したのである。

 独仏両国は経済支援として5000億ユーロを提唱し、新たに基金を設立して「ユーロ債」を発行することも視野に入れる提案をしていた。ユーロ債券は、市場からの資金調達になる。援助対象はコロナ禍の被害の大きかったイタリアやスペインなどもともと経済基盤の脆弱な南欧諸国になるため、フランスなどの主張が通った形で返済の必要のない補助金という提案だった。

 同日、マクロン大統領とメルケル首相はテレビ記者会見を行った。

 マクロン大統領は、

「(今日は)重要な日だ」

 と語り、メルケル首相は、

「フランスとドイツは欧州連帯のためにその立場を明らかにした」

 と誇らしげに語った。

 この数字は独仏、とくにドイツの「英断」によって初めて実現するものであり、欧州統合の発展に向けた大きな一歩と考えられた。そして実際9日後、フォン・デア・ライエン欧州委員長の提案につながったことは先述した通りだ。

EU予算規模の3.1倍の提案

 5000億ユーロという金額がいかに大きなものかは、これがEUの年間予算の3.1倍に当たるということでも明らかだ(2018年のEU総予算は1600億ユーロ)。

 意外に思われるかもしれないが、EUには27カ国が集まっているにもかかわらず、その予算規模はそれほどではなく、加盟国全体のGDP(国内総生産)の1%程度なのである。

 今回独仏が提示した額は、すでに4月上旬のEU財務相会議で5400億ユーロの経済支援で合意した折、クラウス・レグリング欧州安定メカニズム(ESM)総裁が、さらに追加支援として必要だと主張していた額である。ちなみにこの経済支援の内訳は、ESMが2400億ユーロ、欧州投資銀行(EIB)から2000億ユーロ、欧州委員会の失業再保険計画からの支出が1000億ユーロというものだった。

 レグリング総裁は、

「経済回復は長期に及ぶコストのかかる仕事になる。さらなる手段の設立が不可欠だ」

 と言明していた。独仏の提案はそれを受けたものだ。

 欧州統合は理想を掲げつつ、難局に遭遇するたびに、それを克服するための新しい制度構築をしながら前に進むという営みである。筆者はそれを「国境を越えたリストラ(再編)」と、繰り返し述べてきた(拙稿『EUの来た道(下)それでも「統合」は進んでいる』2016年7月12日)。

 今回はドイツの大決断で、局面が動こうとしている。しかし本当にこれまでのようにうまくいくだろうか。

 筆者も出席した5月19日の「仏国際問題研究所」(IFRI)のテレビ会議では、ティエリ・ド・モンブリアル理事長も、

「これまで危機に直面してはそれを乗り越えて統合を進めてきたが、今回は難しいかもしれない」

 という悲観的な発言をしていた。欧州の人々が受けた今回の新型コロナ感染拡大の衝撃は、それほど大きかったのである。

欧州「マーシャルプラン」をめぐる論争

 フォン・デア・ライエン欧州委員長は、EU各国がパンデミックの渦中に入って間もなく、「コロナ禍以後」のEU各国の債券には多額の費用が不可欠であることを強調した。彼女はそれを第2次世界大戦後の欧州復活の歴史のひそみに倣って、「新しいマーシャルプラン」と名付けた。

 しかし、今回アメリカがどれだけ支援してくれるかは大いに疑問だ。ではギリシャ危機の時に中国がギリシャ国債を購入してくれたように、中国に頼れるのだろうか。

 いち早く「コロナ危機」を脱出し、世界に支援を始めた中国に、フォン・デア・ライエン委員長をはじめEUも期待したかに見えた時期も一時はあった。だが、明らかにプロパガンダ的なキャンペーンと、マスクをはじめとする粗悪医療関係品の大量輸出で、中国はその信頼をすぐに失ってしまった。

 今回のコロナ禍は単なる経済危機ではなく、人命にかかわるイシューであるだけに、「信頼性(クレディビリティ)」は大きなキーワードだ(拙稿『「コロナ禍」で混沌「EU」と「世界」が考えるべきこと』2020年4月24日)。

 筆者もリアルタイムで陪席した「スペイン王立戦略研究所」(ELCANO)主催のテレビ会議でも、パネリストは一様に「クレディビリティ」と「多国間主義(マルティラテラリズム)」がEUの将来のカギを握る、という点を強調していた。

 感染爆発がピークに向かい始めた3月ごろ、イタリアはEU各国にマスクの供給を依頼したが、それぞれの事情から加盟国は配慮する余裕がなかった。イタリアは「自分たちは見捨てられた」と言い放ったが、それほど欧州は危機感を覚え、分裂の懸念を強くしていたのである。

 今回の独仏提案は、そうしたEU統合の窮地を救うイニシアティブを独仏が主導する、という意味があった。自助努力ともいえるが、それは同時に統合が進むことを意味する、大きな転換だ。またそれは、ドイツの翻意をも意味した。

 しかしここに至るまでには、加盟国間の攻防があった。いずれも長年の懸案をめぐる議論であり、現在のEUの構造問題が背景にある。それが新型コロナ禍によって急速に議論が進みつつあるのである。(つづく)

渡邊啓貴
帝京大学法学部教授。東京外国語大学名誉教授。1954年生れ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程・パリ第一大学大学院博士課程修了、パリ高等研究大学院・リヨン高等師範大学校・ボルドー政治学院客員教授、シグール研究センター(ジョージ・ワシントン大学)客員教授、外交専門誌『外交』・仏語誌『Cahiers du Japon』編集委員長、在仏日本大使館広報文化担当公使(2008-10)を経て現在に至る。著書に『ミッテラン時代のフランス』(芦書房)、『フランス現代史』(中公新書)、『ポスト帝国』(駿河台出版社)、『米欧同盟の協調と対立』『ヨーロッパ国際関係史』(ともに有斐閣)『シャルル・ドゴ-ル』(慶應義塾大学出版会)『フランス文化外交戦略に学ぶ』(大修館書店)『現代フランス 「栄光の時代」の終焉 欧州への活路』(岩波書店)など。最新刊に『アメリカとヨーロッパ-揺れる同盟の80年』(中公新書)がある。

Foresight 2020年6月2日掲載

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