「新型コロナ」禍中に「中国海軍」太平洋攻勢のインパクト

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 米海軍空母「セオドア・ルーズベルト」に次いで、仏海軍空母「シャルル・ドゴール」でも「新型コロナウイルス」感染が発生した。

 居住スペースが狭隘な海軍艦艇内では、いったんウイルスに侵入されたら爆発的感染が危惧される。海軍に限らず、多数隊員が営内居住し、集団行動する陸・空軍での感染発生も同様であって、「戦力低下」は免れ得ない。

 新型コロナ感染が軍に及んでいるのは中国も例外ではない。

〈1月27日付『香港蘋果(ヒンカ)日報 “Apple Daily”』は、武漢近傍の孝感市に駐屯する空降兵15軍で200人のコロナウイルス感染発生を報道、さらに感染は、国産空母、新型ミサイル護衛艦でも発生〉

 と、日本人ジャーナリスト福島香織氏が伝えている(2月27日)。

脅かされる米の覇権

 ところが、この新型コロナ騒動下、中国海軍艦艇の活発な洋上行動が報道された。

 その1つが、米海軍のシーコントロールが及ぶ海域への空母進出である。しかもそこには、中国海軍空母の明らかな変貌が確認できる。

 2012年、中国海軍「遼寧」就役時、「空母の単独運用」はあり得ず、「護衛艦・補給艦等が随伴する空母艦隊の整備」、「遠洋寄港地の確保」が「戦力化の必須要件」と考えられていた。

 しかし3月29日付『読売新聞』は、

〈中国空母『遼寧』は、2020年1月~2月の遠洋訓練でハワイ沖西方300キロに進出、この際、ミサイル駆逐艦『フフホト』、給油能力のある補給艦『査干湖(チャーガンフー)』を随伴していた〉

 と報道した。

 一方、昨年10月10日付『日本経済新聞』は、

〈米トランプ政権と中国習政権は南太平洋で主導権争いを繰り広げている〉

 と伝え、中国と「パプアニューギニア、ソロモン諸島、キリバス、バヌアツ、フィジー、トンガ」との国交を挙げている。

 この動向は、南太平洋島嶼(しょ)国との軍事交流が2019年「中国国防白書」に謳われていることから、中国の「太平洋における米国覇権」に対する挑戦の顕現と考えられ、「中国海軍の遠洋における行動本格化の布石」となっている。

 ユーラシア大陸東縁辺部のクレッセント地域は、米国の太平洋戦争勝利後、日本列島を含んで米国のコントロール下にある。

 それは、かつてセオドア・ルーズベルト米大統領が、海軍戦略の泰斗アルフレッド・セイヤー・マハン海軍少将に策定させた「英国からの海洋覇権禅譲」と「米国の太平洋西進戦略の目標」でもあった。

 しかし今、その覇権が中国の攻勢に脅かされ始めたのである。

 2012年以降、習近平中国国家主席の発信によれば、“Chinese Dream” は、「一帯一路」「氷のシルクロード」だけではなく、太平洋も視野に入れていると考えるべきだろう。

「乱に居て治を忘れず」

 その「原点」は、

「シルクロードを通じてローマ帝国との交易ネットワークを構築していた時代」

「中国が歴史上最も強かった漢の時代」

「文化的に最も隆盛し経済的に富強であった唐の時代」

「鄭和提督の艦隊がアフリカまで進出するなど海洋覇権の雄であった明の永楽帝時代」

「清朝・乾隆帝の栄光の時代」

 にあり、「漢、唐、明、清」時代の地位をまとめて取り戻す中華民族の「偉大な復興」を実現するとしている。当然、今日では、そのスケールは「世界観」に基準が置かれ、「地球規模」と考えられる。

 習近平国家主席は2015年の訪米時、“Chinese Dream”を“American Dream” になぞらえてメッセージを発した。それは、地中海・大西洋・太平洋・インド洋などの海洋を制した国家が、“Pax-Romana”、“Pax-Britannica”、“Pax-Americana”を作り上げた歴史を顧みた、「中国版“Pax-Americana”構築宣言」であったとも言えよう。

 中国の約80%の原油が中東からマラッカ海峡を経て南シナ海に入るシーレーンに依存しており、この大動脈に接する多数国が親米である限り、中国の安全保障は悩ましく厳しい。

 このため中国は、太平洋進出を企てつつ、中国周辺海域の親米諸国に対して示威、妨害などを行っている。加えて、米国の軍事プレゼンスは、軍事的行動で「秩序の現状変更」を企てる中国にとって大きな障害である。

 米海軍が不在で、地政学でいう中国周辺「リムランド」(ユーラシア大陸の沿岸地帯)が中国の「力仕事」に手出しできないならば、「中国の思う壺」である。

 米・中パワーバランスの変更を目論む中国は、新型コロナ騒動で米海軍のコミットメントに隙が生ずる機会を逃さないだろう。

 米国の出方を窺う「中国海軍のチョッカイ」に対して、新型コロナ集団感染の影響を受けた米海軍は、どのようなリアクションを示すか。

 さらに中国は、米国のリアクションにどう反応するのか。

 日米同盟を標榜する日本は、この動静に無関心であってはならない。

「米・中」という文脈において、現時点、新型コロナ禍の影響を共有する限り、大局的な「抑止的均衡」に変化が生ずる兆候は見出せない。

 しかし、「遼寧」艦隊の遠洋訓練は、「米国優勢」に中国が挑戦的であり、米国のシーコントロールに一矢報いようとする「予兆」を見ることができる。

 今、まさに「治に居て乱を忘れず」ならぬ「新型コロナの乱に居て治を忘れず」の時機ではないかと思料する。

林吉永
はやし・よしなが NPO国際地政学研究所理事、軍事史学者。1942年神奈川県生れ。65年防衛大卒、米国空軍大学留学、航空幕僚監部総務課長などを経て、航空自衛隊北部航空警戒管制団司令、第7航空団司令、幹部候補生学校長を歴任、退官後2007年まで防衛研究所戦史部長。日本戦略研究フォーラム常務理事を経て、2011年9月国際地政学研究所を発起設立。政府調査業務の執筆編集、シンポジウムの企画運営、海外研究所との協同セミナーの企画運営などを行っている。

Foresight 2020年4月22日掲載

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