「新型コロナ」が大きく変えた「安倍後継」と「解散」 深層レポート 日本の政治(209)

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「新型コロナウイルス」が経済や社会全体に及ぼす影響が、深刻化しつつある。

 もちろん政治の世界も例外ではない。良いことでも悪いことでもなんでも利用しようとするのが、政治の世界だ。新型コロナも当然、政治的な視点で扱われる。

 国会の質疑は、新型コロナ対策に関して蜂の巣をつついたような騒ぎだ。

 野党は安倍内閣の対応策に一応の協力姿勢を見せつつも、細かい失策をつつき、ここぞとばかりに攻撃中。政府の対応が遅れれば「後手後手に回っている」と批判し、早めの対応をとればとったで、「本当に効果があるのか」などと政権の責任追及に余念がない。

 一方の安倍晋三政権も右往左往。さらに自民党内各勢力も、自民党総裁選に向けて新型コロナの影響による政治的な損得勘定で動き始めており、与野党ともに一種の興奮状態にある。

「発生責任」のない政権の強み

 大手新聞各紙、通信社の3月の世論調査結果がほぼ出そろった。1月、2月、3月の内閣支持率の推移は次の通りだ。

『朝日新聞』38→39→41、『読売新聞』52→47→48、『産経新聞』45→36→41、『共同通信』49→41→50、『時事通信』40→39→39(単位は%、一部調査は小数点以下四捨五入)。

 この世論調査の結果をみるかぎり、国民は政権に対して比較的冷静な反応を示している。

 安倍内閣の支持率はほとんど下落していないどころか、逆に3月に入って上昇に転じた。次の首相候補の第1位に、安倍首相本人が返り咲いたという一部の調査結果もある。安倍首相と周辺は、ほっと胸をなでおろしているにちがいない。

 調査結果をみるかぎり、学校の一斉休校などの安倍内閣のウイルス対策は、一定の評価を得ているとみていい。ただ、こうした支持率の推移は、大規模災害時などによくみられる現象でもある。

 2011年3月の東日本大震災を振り返ってみる。当時は菅直人内閣だった。

 この地震に伴う津波が原因で起きた福島第1原子力発電所事故への対応について、菅首相ら政権幹部の対応は迷走し、強い批判を浴びた。事故の余波は今も続いている。

 ところが、大震災発生前後の世論調査を比較してみると、多くの世論調査で内閣支持率は地震発生後のほうが発生前を上回っていたのだ。

 天変地異と今回の新型コロナウイルスのような感染症を同一の基準で議論するのは少し乱暴だが、この2つに共通していることがある。震災後の復旧や復興、ウイルスの感染防止対策などには、当然、政府が責任をもって取り組まなければならないが、地震やウイルスの発生そのものについては政府に責任がほとんどない、という点である。

 つまり、対応の責任はあるが、発生の責任はない――。

 これが政権の強みだ。

 被災地復興も感染症対策も、国民は政府に頼らざるを得ない。政府はその組織と国家予算を使って対策に真正面から取り組むことができる。野党や民間企業にはなかなかできないことが、政府にはできる。これは、対野党という面で言えば、政権与党にとって大きなアドバンテージになる。

 さらに、政府の対応が全面的に評価できるものではなかったとしても、少しずつでも努力して前進する姿は、国民から高評価を得やすい。なにしろ、発生は政府の責任ではないのだ。

「安倍1強」の終焉を予告

 だが、このことだけをもって安倍内閣が今後も安泰だと考えるのは早計である。なぜなら、大震災と感染症は、被害が拡大する時間的な要素がまったく異なるからである。

 大震災は、発生時点もしくはその直後数日間が最悪の状態であって、その後は対応が早いか遅いかの違いはあったとしても、復旧、復興は進み、しだいに状況は改善されていく。

 これに対して、今回の新型コロナは発生以降、徐々に被害が拡大している。日本や世界は今、最悪の状況に向かっている途中なのかもしれない。

 被害の拡大は、政府の新型コロナ対策の失敗を意味する。失敗すれば当然、国民の批判の矛先は現内閣に向けられるだろう。

 そういう意味では、新型コロナ対策は、安倍内閣の命運をかけた戦いだと言っていい。

 安倍政権はこれまで学校休校、入国制限、渡航制限、特措法制定など様々な対策を立案し実行に移してきた。これらは国民からそれなりに支持されている。

 だが、安倍首相の足元の自民党内からはこんな声も聞こえてくる。

「首相の一連のコロナ対策は、『僕はリーダーシップとっていますよ』というアピールにみえる」

 皮肉を込めてこう話すのは、自民党中堅議員だ。アピールだろうがポーズだろうがパフォーマンスだろうが、効果的な施策が打ち出されているのならば、ケチをつけられる謂れはない。

 だが、政策的にはそうであっても、政局的には少し違った視点からみる必要がある。

 野党ではなく身内の自民党内からこういう声が上がること自体が、安倍1強時代の終焉を予告し、政局の大きな節目が近づいてきた兆候ととらえることができるからだ。

重要な意味を持つ「安倍・岸田会談」

 また、この中堅議員は、押しも押されもせぬポスト安倍の有力候補である岸田文雄自民党政調会長に比較的近い人物だったので、自民党内でその意図について様々な憶測を呼んだ。自民党総裁選をにらんだ布石のように聞こえたからだ。

 仮に安倍首相が新型コロナ対策に失敗した場合、政権の求心力は衰える。そういう事態に備えて、次の首相を目指す岸田氏は戦略の変更を迫られている。これまで岸田氏は安倍首相に歩調を合わせることで、禅譲路線を貫いてきたからだ。

 安倍首相から事実上の後継指名を受けることこそ、これまでの岸田氏にとって首相の座への近道だった。

 岸田氏は有力候補だとはいえ、岸田派が抱える議員数はそれほど多くない。多数決による自民党総裁選を見据えて、岸田氏としては安倍首相を擁する党内最大派閥の細田派の支援はほしい。

 だが、安倍首相が失脚した場合、その路線は裏目に出るかもしれない。安倍首相の影響力が低下すれば、細田派が一枚岩の対応をとれるとはかぎらないからだ。

 このため、今の岸田氏にとっては、安倍首相が今後も安定的に政治力を維持した場合の保険として禅譲路線を維持しつつも、そうならなかった場合に備えて、安倍首相や首相周辺から嫌われない程度に独自色を打ち出す戦略が求められる。

「安倍首相の力を借りなくても、岸田氏こそ首相にふさわしい人物だと思ってもらえること」(岸田氏周辺)

 が重要になるからだ。

 その意味で、新型コロナ対策こそ、岸田氏が政治的手腕を発揮する絶好の機会なのだ。

 今、岸田氏は自民党の政策担当責任者として、与党の新型コロナ対策を仕切り、政府の対策に強い影響を及ぼし得る地位にある。

 政府は3月20日、「新型コロナウイルス感染症対策本部」を開いて、小中学校の4月からの授業再開などの方針を固めた。4月には緊急経済対策を発表する予定だ。

 これに先立つ3月16日、岸田氏は記者会見に臨み、報道陣から政府の経済対策に関する見解を問われた。

「国民の皆さんに直接届く政策を用意する必要があるということは感じている。さらに、規模についても、いろんな議論がある。昨年末にも大規模な経済対策を策定したが、現状はそれをはるかに超える規模が求められているのではないか。リーマンショックの例なども参考にしながら、思い切った内容が求められるということを感じている」

 昨年末に決まった26兆円の規模を「はるかに超える」経済対策は、すでに政府内で検討されていた内容かもしれない。

 だが、それを岸田氏が公言したことの政治的な意味は小さくない。

 その翌々日、岸田氏は東京都内のホテルで安倍首相と会談し、緊急経済対策について話し合った。安倍首相と歩調を合わせている姿をみせつけるとともに、岸田氏自身の強い意思も感じられた。

 この会談は、安倍首相と一体となって新型コロナ対策に取り組む姿勢をみせつつ、独自の積極姿勢も打ち出しておきたい今の岸田氏にとってきわめて重要な意味をもっていたのだった。

難しくなった「解散時期」

 新型コロナと自民党総裁の関係をめぐって微妙な空気が漂っているのは、岸田氏周辺にかぎったことではない。

 世論調査では安倍首相本人と並ぶ人気を誇る石破茂元自民党幹事長の周辺からは、安倍首相の新型コロナ対策への批判が公然と語られるようになってきた。

 また、自民党は党内に「新型コロナウイルス関連肺炎対策本部」を設置して、政府への提言などをまとめている。新型コロナ対策は与党としての強みを示す絶好機でもあるから力が入るのは当然だ。

 だが、この会議も一枚岩ではない。実行本部のメンバーの一部からは、安倍首相の新型コロナ対策への不満が漏れ始めている。

「寝耳に水だった」

 学校の一斉休校などの思い切った施策は、自民党側には、ほんの少数の議員を除いて事前の相談がなかったと、このメンバーは話している。 

 東京五輪・パラリンピックの1年程度の延期が決まったことで、今後の政治日程も混沌としてきた。

 日本にとって数十年に一度のビッグイベントである東京五輪開催前の政治的混乱をできるかぎり回避するため、衆院解散は五輪後になると、これまで言われてきた。だが、五輪が延期され、衆院解散の実施時期の選定はきわめて難しくなった。

 安倍首相の自民党総裁任期は来年9月まで。さらに、衆院議員の任期が切れるのが来年10月。五輪が来年夏に延期された場合、その夏から秋にかけて大イベントが集中することになる。

 もちろん、衆院解散は首相の専権事項であり、極端に言えばいつでも解散することができる。だが、新型コロナの影響で景気が悪化しつつある中では、なかなか解散はしにくい。

足並みがそろわない「消費税問題」

 安倍政権にとって問題なのは、景気の減速が単純に新型コロナのせいばかりだとは言い切れない点だ。

 内閣府が2月17日に発表した2019年10~12月期の国内総生産(GDP、季節調整済み)速報値は、実質前期比1.6%減だった。年率換算は6.3%減である。この数字を受けて、野党は色めき立った。

「大幅なGDPの減少、マイナスとなった。これはまさに予測を大幅に超える数字だと言われているし、このままでは国民の暮らしは大変な困難になり、日本は大不況に陥る可能性が出てきたと思う。(中略)やはり消費税の増税が決定的な悪影響を与えたことは間違いないと思う。増税によって景気が悪化した以上、減税に踏み切る、この決断をするべきだと思う」

 この日、国会内で記者会見した共産党の小池晃書記局長は語気を強めて、安倍内閣の経済政策を批判した。

 共産党に指摘されるまでもなく、世論はもちろん安倍首相本人も景気悪化の原因の1つが消費税増税にあることに気づいていたはずだ。

 その約1カ月後、今度は10~12月期のGDPの改定値が発表された。結果は、年率換算で7.1%減。速報値から大きく下方修正されたのだった。野党はさらに勢いづいた。

 3月9日の参院予算委員会で立憲民主党の吉川沙織氏がGDPの下方修正に関する見解を問いただしたのに対して、安倍首相は次のように答弁した。

「全体としては、主に個人消費が消費税率引き上げに伴う一定程度の反動減に加え、台風や暖冬の影響を受けたことから前期比マイナスとなっています。その上で、足元で新型コロナウイルスの感染が世界的な広がりをみせる中、海外からの観光客減少に加え、工場の製造ラインを維持できるのかといった不安も拡大しているところであります」

 この答弁は実に奇妙である。安倍首相は消費税増税の影響を認めつつも、後半部分で新型コロナの影響に言及している。

 だが、昨年10~12月期には新型コロナの存在は知られていなかった。あのころ、新型コロナの影響とはまったく関係なく景気は減速していたのだ。

 無関係の話題を持ち出してきて、議論を紛らわすのは安倍首相のよく使う手ではあるが、いずれにしても景気低迷の下で衆院選を実施すれば、消費税が間違いなく主要な争点になる。野党が主張してきた消費税減税に対抗するには、「自民党も消費税減税を打ち出すしかない」(自民党若手議員)という声も強まってきている。

「リーマンショック級の出来事がないかぎり、消費税は引き上げる」(菅義偉内閣官房長官)

 これは、昨年10月に消費税率を10%に引き上げるに際して、安倍政権サイドがよく使った言い回しである。

 今年に入っての「新型コロナショック」による景気への影響は、リーマンショックを超えると言われている。それならば、安倍政権としては消費税を8%に戻す口実にはなるはずだ。

 だが、政権内の足並みはそろっていない。

 麻生太郎財務相は自らが率いる自民党麻生派の例会で次のように発言している。

「リーマンブラザーズ並みのショックとかなんとか言っているけど、あの時は市場に金がなくなりましたから。今市場に金は余っとる」

様変わりする選挙手法

 新型コロナの影響で、選挙の戦い方そのものも様変わりしそうだ。自民党細田派の派閥総会では、細田博之会長が、次のように警告を発している。

「われわれ政治家だから、常に握手する慣行がある。握手は最も濃厚な接触の1つだから。私は議運委員長には、各党の政治家に万が一媒体にならないように握手は控えるようにと。大きな声でしゃべるのはしょうがないが握手は控えたらどうかと思うが、これは別途議論してもらいたい」

 こうした政界全体の雰囲気を受けて、実際の選挙はどうなっているか。

 望月義夫元環境相の逝去に伴う衆院静岡4区補欠選挙が、4月26日に投開票を迎える。すでに事実上の選挙戦は激しさを増している。

「新型コロナウイルスの影響で集会等もまったくできませんし、また握手も自粛をしております。そういう中でやりにくい選挙で今、ちょっとまあ、何となく手探りでやっているような状況でございます」

 自民党の牧野京夫参院議員(参院静岡県選挙区選出)は、衆院静岡4区補選の現状について、3月11日に国会内で開かれた自民党参院議員総会でこのように報告した。

 この選挙には、自民党公認候補以外にも、無所属の野党統一候補らが出馬する予定だが、どの立候補予定者も事情は同じ。これまでとは違った選挙戦にとまどいを隠せない。

「企業・団体回りも嫌がられる危険性がある。回ることで嫌われて、集票の面で逆効果になることさえある」

 との懸念を募らせている。

 そこで各党が力を入れ始めたのが、インターネットを使った発信だ。公職選挙法で禁じられているメールの活用を除いて、「フェイスブック」、「ツイッター」、「インスタグラム」、「ユーチューブ」など、各党はありとあらゆる活動方法を研究し、実施に移している。ネット選挙では、立憲民主党のような組織力で劣る政党が、自民党や公明党のような動員力に優れている政党と互角に渡り合えるとの指摘もある。

 いずれにしても、各政党ともに新型コロナに振り回されている状況にあるのは間違いない。感染が拡大するのか収束するのか。収束するならいつ収束するのか。それしだいで、今後の政治日程が影響を受けるのはもちろんのこと、新型コロナが安倍政権の命運さえ左右する状況になってきた。

Foresight 2020年3月31日掲載

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