【緊急提言】「文化外交」の観点から「五輪延期」いますぐ決断を

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 筆者は国際関係論を専門としており、最近では、価値の交流を含む広義の「文化外交」に取り組んでいる。以下は、その立場からの提言である。

 新型コロナウイルスが世界で、とりわけ最近は欧米で猛威を振るっており、今や「グローバルイシュー」となっている。

 無論、日本でも感染の拡大はまだ抑え込めておらず、終息の見通しも立たない状況であるが、そうした世界的緊急事態であればこそ、日本の方が積極的にグローバルイシューに正面から取り組む姿勢を見せるべきではないか。

 日本はかつての「湾岸戦争」「イラク戦争」の際も、真の意味でグローバルな課題、ないしその大義に率先的に取り組んでいるという姿勢ではなかった。

 いま見せるべきは、まさに世界がいま注目している「東京五輪パラリンピック」開催問題についてである。

 すでに諸外国からIOC(国際オリンピック委員会)に延期すべしとの提言が出され、IOCも3月22日、「中止」は議題に含まないが「延期」の可否について緊急に協議し、4週間以内に結論を出すと表明した。

 それを受け、安倍晋三首相も翌23日朝、「(状況によっては)延期の判断も行わなければならない」と発言した。

 そして「東京2020組織委員会」の森喜朗会長も同日午後に会見し、

「最初のとおりにこのままやると言うほど我々は愚かではない」

 とし、延期の可否をIOCと協議することを明らかにした。

 であるならば、筆者は強く提言したい。五輪「延期」の決断表明と同時に、新型コロナ感染拡大で社会・経済の混乱停滞に直面している海外諸国に対する支援の表明をすべきではないか。

 この種の課題については、早急な本質的対応とその世界的意義がポイントとなる。

だからこそ、日本政府の早急の対応を期待する。

災い転じて福と

 具体的には、前述のとおりすでに一部の諸外国、競技団体からIOCに中止や延期などの提案が出されているが、世界的趨勢になる前に、開催国である日本が先立って表明すべきと考える。日本が自ら早期に延期を提唱し、日本が自発的に苦渋の決定をしたという印象を世界に与えたほうが良い。

 その際、延期の具体計画も策定し、準備の手立てまで公表したほうが良い。何はともあれ、グローバルイシューに正面から取り組んでいるという姿勢をより早く示すべきで、そのためには絶好のチャンスである。

 同時に、イタリアをはじめとする欧州、今後予想されるアフリカなどへの日本の対外支援を速やかに明らかにすることも重要ではないか。

 延期に伴う経済的損失はすでに兆円規模であるとの試算も報道されているが、ならばこそ、苦渋の決断を先駆けて行うことで日本の姿勢の評価を高め、延期の時期や実施内容については日本の判断や意見を尊重してもらえるように準備することも肝要だろう。積極的にグローバルイシューに取り組んでいる姿勢を示すことで、その権利も強調できる。

 この「新型コロナ禍」による国内関連産業の被害も深刻であり、すでに政府も30兆円規模の緊急経済対策を模索中だが、同時に、終息段階での外国人観光客来訪及び安全で公正な国としての外国企業による投資活発化・技術流入策なども、いまから検討、策定しておく必要があろう。何より、経済的効果ではなく、スポーツ交流による平和という大義が最優先という姿勢を打ち出すことだ。

「文化外交」とは、極端な場合にはコンテンツ産業の海外進出と置き換えられた見方をされがちだが、本来は、「外交・政治概念と政策目標」、「ビジネス・経済交流」、「文化・芸術・学識交流」の3つの観点による三角の関係が結実した外交活動である。それをそれぞれの観点からだけで捉えていると、相互関係の在り方が違ってくる。その点で、従来からそうした領域区分と相関関係についての議論が日本では欠けている。筆者は常々、文化外交にはこの3点からの定点観察の視点が不可欠だと考えている。

 今回は、外交・政治目標の明確化がまず優先であろう。

 外交という観点では、(1)概念化、(2)コンテクスト(ストーリーづくり、枠組み、文脈づくり)、(3)継続性、(4)ネットワークづくり、の4つのルーティンワークが不可欠だと考える。

 理想主義ではあるが、平和・安心は第一だ。その意味では、新型コロナ禍への日本の先頭を切った英断は、今日の国際的文脈では評価されよう。そして、スポーツ交流を通した日本の世界平和への貢献の継続的努力という点でも、延期後の開催は世界的支援を受けて成功させたいという主張をするならば、事態がいったん落ち着いた段階で十分に説得力を持つはずだ。

 文化外交は、「ナショナルブランディング」である。それは、諸外国に対する日本人の価値観や思考行動様式に対する良いイメージの普及、ということだ。筆者は、「見識外交」とも呼んでいる。

 その価値の交流、広義の交流としての「国際的対話」活性化の機会として、災い転じて福となるようにできないか。それこそ、大義名分を踏まえた、もう一段階レベルアップした真の現実主義外交だと筆者は考える。

 肝要なのはスピードだ。今は静観する時ではない。一刻も早い、「延期」決断の表明を期待したい。

渡邊啓貴
帝京大学法学部教授。東京外国語大学名誉教授。1954年生れ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程・パリ第一大学大学院博士課程修了、パリ高等研究大学院・リヨン高等師範大学校・ボルドー政治学院客員教授、シグール研究センター(ジョージ・ワシントン大学)客員教授、外交専門誌『外交』・仏語誌『Cahiers du Japon』編集委員長、在仏日本大使館広報文化担当公使(2008-10)を経て現在に至る。著書に『ミッテラン時代のフランス』(芦書房)、『フランス現代史』(中公新書)、『ポスト帝国』(駿河台出版社)、『米欧同盟の協調と対立』『ヨーロッパ国際関係史』(ともに有斐閣)『シャルル・ドゴ-ル』(慶應義塾大学出版会)『フランス文化外交戦略に学ぶ』(大修館書店)『現代フランス 「栄光の時代」の終焉 欧州への活路』(岩波書店)など。最新刊に『アメリカとヨーロッパ-揺れる同盟の80年』(中公新書)がある。

Foresight 2020年3月24日掲載

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