混乱と波乱の民主党「アイオワ州党員集会」 【特別連載】米大統領選「突撃潜入」現地レポート(4)

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 アイオワ州の州都デモインにあるリンカーン高校の体育館で、女子バスケットボール部の練習が終わったのが、2月3日の午後5時過ぎ。

 それと入れ替わり、民主党の各候補者のボランティアたちが、それぞれの候補者のポスターを貼り、折り畳み式の机とイスを並べ始めた。

 出来合いのポスターに、時折、手作りのポスターも交じる。

 また、ポスターを貼る場所をめぐり、ボランティア同士の些細な言い争いも起こる。

 こうして徐々に、党員集会の現場が出来上がっていった。

 その間に続々とメディアも集まってくる。フランスの通信社やアメリカの全国ネットのテレビ局、ローカル放送局、各国の新聞社などが、それぞれ、場所取りを始める。

 この日、私は体調がよくなかった。

 熱っぽいし、咳も出る。しかし、アメリカ大統領選挙の「入り口」にあたるアイオワ州の党員集会を取材しないわけにはいかない。取材現場に身を置けば、熱もそのうちに下がってくるだろう、と思った。

 ただ、新型コロナウィルスの世界同時発生が盛んに報道される中、アジア系の私は、あらぬ誤解を招かないために、できるだけ咳をしないように心がけた。

 有権者が集まり始めたのは6時過ぎのこと。受付では、ボランティアが有権者の情報を手作業で記入して投票の登録をしていく。登録が終わると、有権者登録カードを受け取り会場に入る。

 体育館を左右に分けて、入り口を正面にし、右が68選挙区、左が66選挙区となっていた。

 アイオワ州の選挙区は1700カ所近くあり、私が取材するのはそのうちの2つだ。68選挙区には約100人の有権者が集まり、66選挙区には約400人の有権者が集まった。有権者が多いほうがおもしろいだろうと思って、66選挙区をメインに取材することにした。

良さが伝わってこない「バイデン」

 事前の全米世論調査では、トップが前副大統領のジョー・バイデン、次がバーモント州上院議員のバーニー・サンダース、そしてマサチューセッツ州上院議員のエリザベス・ウォーレン――以上が上位3名とされ、それをインディアナ州サウスベンド前市長のピート・ブティジェッジと、ミネソタ州上院議員のエイミー・クロブチャーが追うという構図になっていた。

 私が数多くある選挙区からリンカーン高校を選んだ理由は、デモイン国際空港から車で約10分という位置にあったからだ。

 投票日当日も、ウクライナ疑惑をめぐるトランプ大統領の弾劾裁判の上院での審議が、首都ワシントンで行われていた。

 サンダースはワシントンでの審議の後、飛行機でアイオワ入りすることになっていた。

 私がトップに来るだろうと予測を立てていたサンダースの勝利宣言の会場となるのが、空港近くのホテルの会議室だった。党員集会が終わったらその足で、サンダースの演説を見に行こうと思っていた。

 私は選挙の2日前からアイオワ州に入り、初日はプレスセンター(英語名はFiling Center)で、選挙報道の説明会のようなことが行われるのではないか、と期待してうろうろしていたが、何も起こらないことを悟ると、翌日の午前中は、100マイル以上西に離れたシーダー・ラピッドで行われたサンダースのタウンミーティングを見に行った。応援に駆け付けたオハイオ州元上院議員のニナ・ターナーの演説は、ゴスペルを歌うような調子で耳に心地よかった。

 サンダースのメッセージはいつも変わらない。貧富の格差の解消や、国民皆保険、大学の学費ローンの帳消しなどの看板政策について熱弁をふるった。

 演説を聞きにきた、地元のラジオ局でDJをしているというディビッド・シュルツ(25)は言う。

「30年近く同じことを言い続けているところがサンダースの強み。左寄りだとか社会主義者だとか言われても、かまわない。サンダースが社会主義者なら、ボクも社会主義者だ。国民皆保険や生活賃金の時給15ドルの実現や、富裕層や大企業から多くの税金を取るという考えには、もろ手を挙げて賛成するよ。明日は必ずサンダースに投票するんだ」

 その後で、午後2時からデモイン市内で始まるブティジェッジのタウンミーティングにも行こうかと思ったが間に合わず、夕方のバイデンのタウンミーティングに行った。

 ローガン・ブランダッジ(28)は、

「バイデンに投票するのが正しいかどうかを、最終的に確認するためにタウンミーティングに来た」

 と言う。

「バイデンはアメリカの価値観を体現していると思うんだ。謙虚さや順法精神といったような。民主党でも中道の位置に立ち、トランプに分断されたアメリカを再び1つにまとめることができるように思える。その思いを確信に変えるために、今日はここに足を運んだ」

 サンダースもバイデンも、私自身2度ほど見た。しかし、私の目にはバイデンはどうも冴えない。この日のタウンミーティングでも、バイデンが出てくるまでに5人以上が応援演説をし、その後登場したバイデンは、応援演説のお礼を長々と続ける。

「早く、政策についてしゃべらんかい!」

 とこっちはイライラしてくるのだ。

 本題の政策に入っても、サンダースのような力強さは感じられない。

 バラク・オバマ政権時代の功績を並べ立て、自分こそがドナルド・トランプに勝てる候補者だと主張するが、どうもこの人の良さが私には伝わってこない。

 それでもバイデンが本命との予想のため、タウンミーティングの会場は、多くの有権者同様、大勢のマスコミ陣が詰めかけ、会場は息苦しいほどだった。

 私が2人いたのならば、選挙当日、サンダースとバイデンの夜の演説会場の場所を押さえただろうが、1人であるために、どちらかに絞らなければならない。その結果、私が選んだのがサンダースだった。

 党員集会に行く前、3時過ぎにサンダースの演説の予定会場に足を運び、300席ほどある中の前から3列目に、無駄とは思いながらも「Reserved by Masuo Yokota」とマジックで書き、電話番号も書き添えてテーブルに貼り付けて、リンカーン高校に向かった。

さまざまな思いを抱く有権者たち

 投票用紙を投票箱に入れて完結する予備選挙と異なり、党員集会は複雑だ。

 投票は2回行う。1回目の投票で、全体の15%の得票率に達しない候補者の支持者は、別の候補者に投票するか、投票を棄権するかを迫られる。

その間に、15%を超えた候補者の陣営が、自分たちの候補者がどれだけ素晴らしいかをアピールして、自分たちの陣営に呼び込もうとする。

 かつてアイオワ大学でアメリカ史を教え、同州の民主党員としても活躍したドロシー・フェリップス(70)は、

「アイオワの党員集会は、民主主義の原点です。予備選挙よりも時間はかかるけれども、その分、多くの人の意見や発言が尊重される。ただ、有権者を数える段になって、有権者が動いたり、場所が狭すぎて、誰を支持しているのかが判然としないという例が過去に少なくなかったことも確かです」

 と語る。

 党員集会の会場の入場は午後6時半までで、その後、有権者はそれぞれが支持する候補者の場所を見つけて座って待つ。党員集会の開始時間は7時だ。

 党員集会が始まる前に、私は有権者に話を聞いて回った。

 最初に話を聞いたのは、アジア系の候補者である実業家のアンドリュー・ヤンの席に座っていたケビン・ジリスピー(32)だった。

 日本ではほとんど報道されることのないヤンが、最初の投票で15%に到達する可能性は低い。決選投票の時に候補者を変えることが必要になるだろう。その時、どう動くのかが訊きたかった。

「ヤンの唱える生産の自動化や、AI(人工知能)などで変わる労働現場に対する考えに共感が持てた。環境問題の政策も評価している。ヤンが15%を取らなかったら? サンダースの陣営に移るだろうね。政策としては、サンダースとウォーレンにあまり違いはないんだけれど、サンダースの場合、2016年から同じことを繰り返し語ってきているという実績があるからね」

 本命といわれるサンダースとバイデンの支援者にも、話を聞いた。

 サンダースの陣営に座るクリストファー・ケイラー(41)は、こう話した。

「僕は、公立学校の放課後に、共働きの両親を持つ子どもたちの世話をするパートタイムの仕事についているんだけれど、この仕事には健康保険が付いてこない。だから今は、フルタイムの教師である妻の保険に入っている。けれど、サンダースが唱える国民皆保険が成立することを願って、サンダースに1票を投じるんだ。サンダースが繰り返す、健康保険は一部の富裕層の特権ではなく全国民の権利だ、という言葉に未来を託したい」

 自動車産業で働くティモシー・フォーモニック(46)は、バイデンを支持する。

「バイデンの、オバマ政権での内政や外交での実績を高く買っている。1970年代から上院議員を務めていることを加えると、ワシントンにおける経験値が最も高い候補者であるのは間違いない。

 それに、彼は本当のアメリカを体現しているように思えるんだ。アメリカの国民とうまくやるのはもちろん、海外の同盟国とも敵対関係を作らずに外交を進めることができると考えている。

 トランプの強気一辺倒の外交政策は、いろいろなところで問題を引き起こしている。たとえば、アイオワにとって大切な農産物の中国への輸出でも、トランプの仕掛ける無茶な関税のためにうまくいっていない。バイデンなら、そうした問題も解決できると思っている」

 党員集会の会場に最後に入ってきたのは、レオナード・ベル(35)だった。

 彼が誰の席に着こうかと迷っているところに、エイミー・クロブチャーのボランティアが果敢に説得にかかった。「エイミーは公平だし、多くの困った人を手助けしようとしている。人柄も温厚で間違いない。エイミーのところに座ってよ」と。

 ベルは実際、

「エイミーかバーニー(サンダース)、ピート(ブティジェッジ)、ウォーレンで迷っていたんだ。ボランティアがそこまで言うのなら1回目は、エイミーの名前を書いてみようと思う」

 と語った。

 そしていよいよ党員集会が始まった。

お粗末な進行ぶり

 党員集会は最初から混乱と迷走を極めた。

 66選挙区の議長に選ばれた男性は70代後半に見える高齢。

「本来なら議長になるはずの人が都合で来られなくなり、代打の人物も来られなくなったので、私がやることになった」

 と自己紹介した。つまり、代打の代打が議長を務めるというのだ。

 その議長が、ハンドマイクを片手に党員集会の進行について説明するのだが、400人近く集まった有権者には声が届かない。

「聞こえないよ!」

「もっと大きな声でしゃべって」

――そんな声が飛び交う。

 どうにか開会の宣言を読み上げ、書記役(Secretary)を選出する。

 元陸軍の軍人だった男性が選ばれる。

 それから3通の封筒を有権者に回し、民主党への献金を募る。

 進行の過程は、議長が手にしている数十枚にわたるアイオワ州の民主党の指示書に書かれているのだろうが、まどろっこしい。

「今日は党員集会の日で、献金のために集まったんじゃないだろう!」

 といういら立ちの声が飛んでくる。

 さらにごたごたがあり、ようやく「Preference Card」という、支持する候補者の名前を記入する用紙が配られる。表は青色で1回目の記名用、裏は黄色で2回目の記名用だ。

 そのカードを配る直前になり、議長と書記、そのほか数人が集まり、配る前にすべてのカードに通し番号を振った方が不正を防げるのではないか、との話し合いが始まる。

 私は、

「400枚近くのカードにこれから通し番号を振るの? おいおい、それは選挙の前に集まって話し合っておくべきことだろう」

と第三者ながら、お粗末な進行ぶりに呆れる。

 有権者にはその話し合いの内容が伝わっていないので、会場の雰囲気はさらにピリピリしてくる。

 最後は、入り口で記入した登録情報と突き合わせれば不正投票や二重投票は防げるとして、ようやく、記入用紙の配布となった。

 この時点で午後7時50分となっていた。

 この用紙に第1回目の候補者の名前を書くのか、と思えば、さにあらず。

 最初は、それぞれの候補者を応援する有権者が起立してその数を数えるのだという。

「用紙には、こちらの指示があるまで決して書き込まないでください」

 と書記がマイクを使って何度も念を押す。

 でも、何のために、起立して数えるの?

 それぞれの支持者は起立して、各候補者のボランティアに数えられたら座っていくという方法をとった。しかし、同時に2人が座ったり、数えられた人とは別の人が座ったりということを繰り返し、ようやく全候補者の支持者を数え終わったのが8時20分ごろ。

 30分近くかかって支持者を数えたのは、会場に有効な投票者が何人いるのかを確認するためだったようだ。すべてが準備不足であり、説明不足であり、その行動には無駄が多すぎる。

 その後、記入用のペンが配られて、ようやく候補者名の記入となる。

予想外の1回目投票結果

 1回目の投票の結果は次のようになった。

1位・ピート・ブティジェッジ   97票

2位・バーニー・サンダース    92票

3位・エリザベス・ウォーレン   67票

4位・ジョー・バイデン      57票

5位・エイミー・クロブチャー   39票

6位・トム・スタイヤー(事業家) 13票

7位・アンドリュー・ヤン     11票

 ここで驚いたのは、サンダースやバイデンを抑え、ブティジェッジが1位に立ったということである。

 加えて、バイデンは上位3位に入るどころか、ぎりぎり決選投票に進めるだけの票しか集めることができなかった。

 アイオワ州の各地で行われた投票で、民主党の候補者争いの地図が大きく塗り替えられることになるのを知るのは、この日の深夜のことであるが、66選挙区の選挙結果は、アイオワ州全体の選挙結果と酷似していた。

 66選挙区の合計の投票数は376票。このうち、15%以上を得票した候補者が、決選投票に進める。15%とは56票以上を指す。よって、1位のブティジェッジから4位のバイデンまでがその資格を手にし、残りの3者に投票した有権者は、上位4位の候補者の中から選び直すのか、それとも2回目の投票を棄権するかを選ぶ。

 2回目の投票の前に、トップ4陣営のボランティアの代表に1分間が与えられ、ハンドマイクを片手に、自分の支援する候補者がどれほど優れているのかをアピールする。

「ピート(ブティジェッジ)は地に足の着いた政治家で、これまで地方都市の市長であったため、ワシントンの利権にとらわれることなく、われわれ有権者の声を確実に代弁してくれます」

 と、ブティジェッジの支援者が叫ぶ。サンダースのボランティアは、

「国民皆保険を含め貧富の格差の解消をしてくれるのはバーニーだけです。どうぞバーニーに投票してください」

 など、それぞれがアピールする。

 2回目の投票の対象になるのは、下位の3人に投票した有権者だけ。午後9時近くになっていたため、上位4人に投票した有権者の多くは、帰路に就き始める。

 2回目の投票を数えている間に、隣の68区ではすでに最終の結果が出たという。

 68選挙区の1回目の結果はこうだった。

1位・サンダース   41票

2位・ブティジェッジ 20票

3位・ウォーレン   15票

4位・バイデン    11票

5位・ヤン      3票

6位・クロブチャー  2票

7位・スタイヤー   1票

 合計の得票数が93票なので、13票以上の得票がないと決選投票に進めない。バイデンは68選挙区では、なんと決選投票にも進めずに敗退していた。

 この人気のなさは只事ではないな。今夜、バイデンが勝利宣言をすることはないだろう、という気持ちが強くなった。

 そして決選投票の結果は、

1位・サンダース   45票

2位・ブディジェッジ 22票

3位・ウォーレン   18票

――となった。

 隣の66選挙区に戻ると、書記役の男性が何度も繰り返し、投票用紙を数えていた。すべては手作業。

 ようやく集計作業が終わったのは、午後10時近くのこと。会場に残っているのは66選挙区の議長と書記、それに各陣営のボランティアとマスコミ。有権者はとうに会場を後にしていた。

 66区の最終の投票数は、

1位・ブティジェッジ 117票

2位・サンダース   103票

3位・ウォーレン   81票

4位・バイデン    68票

――だった。

 1回目の投票総数と決選投票の総数とが違うのは、決選投票を棄権する人たちがいたためである。

 数時間も同じ体育館で取材していると、同じ取材者同士でも不思議な連帯感、というか達成感が生まれるものだ。

 フランスの通信社である『AFP』のロゴが入ったカメラで同じ66区を追っていた女性のカメラマンは、

「ホントに長かったわね。私はこれが初めてのアイオワの取材なので、これが普通なのか、長いのか分からないんだけれど」

と笑った。

 私はリンカーン高校を車で出発して、空港近くのホテルに向かった。

 サンダースの支援者向けの演説を見に行くためだった。

 この時点でブティジェッジが1位という可能性もあったが、ノーマークであったため、演説の場所すら知らなかった。

 ホテル近辺では、車を停める場所を見つけるのに10分以上かかり、ようやく出ていく車の後に駐車した。

 私が「Reserved by Masuo Yokota」と貼った紙は、そのままあった。

 なぜなら、サンダースが演説をするのは、支援者とテレビカメラだけが入れる隣の部屋だったからだ。演説が行われると私が勝手に思っていた部屋は、サンダース陣営が用意したプレスセンターに過ぎなかった。

 そのプレスセンターでは、6カ所あるモニターで『CNN』や『ABC』といったキー局の選挙報道が流されている。サンダースが演説するときは、そのモニターに演説が映し出されるのだろう。

 しかし、直接サンダースを見たいと思った私は、プレスセンターと支援者が集まる部屋がトイレでつながっていることに気づき、トイレから支援者の部屋に入ろうとする。しかし、トイレの入り口には警備員が立っており、腕に支援者の印であるスタンプは押してあるか、と聞く。もちろんない。

「押してもらうのを忘れて、トイレに行ったんだよ」

 と言ってもダメだった。もう1度、受付でスタンプを押してもらえ、と。

 受付に行き、支援者の部屋に行きたい、と言うも、

「あなたはプレスでしょう。ダメダメ」

 と取り付く島もない。

 プレスセンターの画面で見ているのなら意味はない、と思って、ホテルに戻りテレビで『CNN』を見ることにした。

 報道によると、民主党が今回から導入した、投票を集計するアプリが機能せず、集計がいつ終わるのか見通しが立たないという。

 2016年のアイオワ州の党員集会では、共和党が午後9時頃に、1位になったテッド・クルーズ候補 (テキサス州上院議員)が勝利宣言をしており、ヒラリー・クリントンとサンダースの一騎打ちとなった民主党は、翌日の午前4時に、クリントンの勝利が判明している。

大統領らしく見えた「ブティジェッジ」

 この後、投票の集計結果については二転三転があるが、同日の深夜に最初に勝利宣言をしたのは、ブティジェッジだった。

「今夜、不可能に思えた夢が、否定しようもない事実に変わりました。(支持者からブティジェッジ! ブティジェッジ! のコールあり)。

 まだ全部の結果が判明したわけではありませんが、アイオワの有権者が全米に衝撃を与えました。そして今夜の勝利とともに、われわれは次のニューハンプシャー(州の予備選挙)に向かうのです」

 この時の20分にわたる演説はよかった。大統領らしく見えた。

 1960年代に、テレビが大統領選の情報発信の主な手段となって以降、テレビ画面に大統領らしく映るかどうかは、非常に重要な要素となる。テレビに大統領らしく映れば、それが次の有権者を説得する大きな影響力を持つようになるからだ。

 私がほんの1カ月ほど前の2019年12月にアイオワ州を取材した時に見たブティジェッジと比べると、政治家としての輪郭がはっきりし、自信にあふれ魅力的に映った。

 アメリカの長い大統領選挙は、こうやって候補者を鍛えたり、一方で蹴落としたりしていく長期戦なのだな、と思い知らされた。

 アイオワ州の民主党が、正式な結果を発表するのは9日 になるのだが、ブティジェッジが当日深夜に勝利宣言できたのは、各選挙区のボランティアから上がってきた数字を、独自に集計したからだと推測されている。

 すべての選挙区に、各候補者のボランティアが張り付いているので、そこから数字を吸い上げ、集計することは難しいことではない。

 アイオワ州の正式な結果は、

1位・ブティジェッジ 州代議員・563人 26.2% 誓約代議員・14人

2位・サンダース   州代議員・563人 26.1% 誓約代議員・12人

3位・ウォーレン   州代議員・388人 18.0% 誓約代議員・8人

4位・バイデン    州代議員・340人 15.8% 誓約代議員・6人

5位・クロブチャー  州代議員・264人 12.3% 誓約代議員・1人

――となり、僅差ではあるが、ほぼ無名のブティジェッジが首位に躍り出て、本命と言われたバイデンが4位に沈んだ。

 いろいろ数字はあるのだが、一番大切なのは最後の誓約代議員(Pledged Delegates)で、この獲得数で、党の代表候補が決まる。全米で3979人の過半数である1990人を取れば、試合終了となる。

 その意味では、アイオワ州で決まった誓約代議員の数は41人にすぎず、全体の1%にとどまる。しかし、初戦のアイオワで誰が勝利するのかは、これまでの大統領選挙に大きな影響を与えてきた。アイオワで3位以内、続くニューハンプシャーで2位以内に入らずに大統領候補になったケースは過去にいない。

 全体像が見えてくるにはまだ時間がかかるが、ブティジェッジが上り調子にあり、バイデンが下り坂をとぼとぼと下っているという見立てには間違いがないようだ。

 アイオワでの集計過程の大惨事(debacle)を経て、2月12日 、アイオワ州民主党の委員長が辞任した。

 また、次の2024年の大統領選挙では、アイオワがトップを切るべきではない、という意見もある。

 ともあれ、民主党の候補者たちの視線は、次のニューハンプシャー州の予備選挙、ネバダ州の党員集会、サウスカロライナ州の予備選挙でのいす取り合戦に向けられている。

☆ ☆ ☆ ☆

 私は翌4日、車に乗ってミシガンのアパートに向かった。走行距離は530マイル。約10時間の運転である。

 しかし、出発時からどうも熱っぽい。体調がよくない。

 朝10時に出発して4時間ほどしたところで、このまま運転していては危険であることに気づく。高速道路で追い越すときに、左後ろの死角を目視でチェックするために首を曲げるのがつらいのである。

 仕方なく、アイオワ州の州境を越え、イリノイ州に入ったところにあるモリーンという町のモーテルにチェックインしたのが午後2時。それからカーテンを閉め切って寝たのが1時間後の午後3時。

 空腹を感じて目を覚ました時、時計は7時を指していた。

「あぁ、12時間以上も寝たのか。これでもう大丈夫だろう」

 と思って、荷物をまとめて、ミシガンに向けて運転を始めた。

 しかし、7時が8時になっても、8時が9時になっても、一向に朝日が昇ってくる気配がない。

 ようやく10時になって、それが午前10時ではなく、午後10時であるのに気付いた。モーテルで12時間以上寝たのではなく、4時間ほど仮眠しただけだった。

 仕方なく、休憩を何度も挟みながら運転を続けた。

 何度目かの休憩で、ガソリンスタンドで風邪薬を買うと、私の同年代の女性が、

「コロナウィルスが流行っているってニュースが流れているわよね」

 と話しかけてくる。私がアジア系だから言っているのか、ただの世間話なのかは判然としないが、

「そうだね。でも、僕には関係がないな。中国には、この5、6年行っていないからね」

 と答えると、彼女の表情がちょっと柔らかくなったように見えた。

 それから、さらにハンドルを握り、這う這うの体で、ミシガン州のアパートに到着したのは午前3時を過ぎていた。

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横田増生
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て米アイオワ大学ジャーナリズムスクールで修士号を取得。1993年に帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務め、1999年よりフリーランスに。2017年、『週刊文春』に連載された「ユニクロ潜入一年」で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞(後に単行本化)。著書に『アメリカ「対日感情」紀行』(情報センター出版局)、『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋)、『仁義なき宅配: ヤマトVS佐川VS日本郵便VSアマゾン』(小学館)、『ユニクロ潜入一年』(文藝春秋)、『潜入ルポ amazon帝国』(小学館)など多数。

Foresight 2020年2月22日掲載

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