トランプ支持者集会の異様な熱気(上) 【特別連載】米大統領選「突撃潜入」現地レポート()

国内 政治

  • ブックマーク

Advertisement

 ドナルド・トランプ大統領の2020年最初の支持者集会が、オハイオ州北西部にある工業都市トレドで開かれた。

 1月9日の集会に出発したのは前日の午後2時すぎ。気温は1℃。私の住むアパートからトレドに到着するまで、2時間ほどかかる。

 トレドは、中西部のいわゆる「ラストベルト」に位置し、激戦州オハイオの工業地帯の一角を占める。

 街に近づくと、工場の煙突から炎と煙が上がっているのが目に入ってくる。集会が開かれるダウンタウンにある「ハンチントンセンター」の周りは、人通りも少なく、さびれた感じが漂う。

 1964年以降の大統領選挙では、オハイオ州を制した候補者が大統領になっている。2016年の選挙でも、ここオハイオで、2012年の現職バラク・オバマ大統領を再選に導いた支持から熱狂的なトランプ支持に変わったことが、最終的な選挙結果に大きく影響した。

 私はいったんホテルに荷物を置いて、地元のホッケーチームがホームグラウンドとするハンチントンセンターまで車を走らせた。夜を徹して集会を待つ人たちがいると聞いていたからだ。センターの収容人数は8000人。

 到着したのは午後6時すぎ。

 ハンチントンセンターの周りには、すでに、警備のための警察車両や、マスコミのカメラなどが集まっているのが見える。

 その中でもひときわ目立つのは、会場の真ん前の駐車場にピックアップトラックを停め、その後ろに、橋状の物体を載せたトレーラーを積んで、大音量で『YMCA』のメロディーにトランプ支持の歌詞を載せた音楽をかける男性だ。

 何をやっているんですか?

 と、思わず声をかけずにはいられなかった。

 男性は、ロブ・コーティス(54)。映画のPR会社を引退して、2016年から、勝手連としてトランプを応援しているのだという。

「住んでいるのは(ミシガン州の)デトロイト郊外だよ。そこから、このトラックで、ハワイとアラスカ以外の48州全部を回り、トランプを応援しているんだ」

――なぜそんなことをしているのか。

「トランプの前向きなメッセージを伝えて、アメリカを勇気づけようとしているんだよ。アメリカから“フェイクニュース“を蹴散らさないといけないからね。トランプの家族を大切にする価値観が大好きなんだ。運動資金は支援者からの寄付だね。10万ドル(約1100万円)以上が寄付で集まったし、自分自身のお金も使っている。いくら自分のお金を使ったかって? たくさんだよ、たくさん」

――トランプのどこが好きか。

「大統領の言っていることは、いつも筋が通っている。それにほかの政治家と違って約束を守るだろう」

――大統領の選挙公約の1つに、海外での戦線を拡大しないというのがありました。しかし、数日前(1月3日)に、イランの軍事指導者カセム・ソレイマニを暗殺して、アメリカとイランは戦争の瀬戸際にあると言われています。

「イランへの攻撃は、残酷なテロリストに対してきちんと対応しただけだよ。戦争なんかにはならないって、大統領が言っているじゃないか。健康保険制度も見直しているし、退役軍人への保護も手厚くしている。女性だってちゃんと尊敬している。大統領は中絶を認めない『プロライフ(pro-life)』の立場だ。俺自身、クリスチャンだから、そこは譲れないポイントだね」

「プロライフ」(中絶反対の立場)という言葉は、大統領選挙に限らず、アメリカで生活をしていると必ず耳にする言葉だ。日本では想像がつかないが、中絶を容認するか否かは、アメリカでは大きな政治課題の1つだ。

 私がこの中絶の問題に気付いたのは、1990年代に留学していたとき。大学街にあった、中絶手術をするクリニックに爆破予告が届いたという話を聞いた。その時は予告だけで終わったが、実際、アメリカでは、中絶を施す医師が反対派から殺されるという事件も起こっている 。

 中絶反対派の理由は、受精したときに人が生まれる、という聖書の言葉に基づくもの。人が生まれるのは出産後ではなく、受精の時点だ。だから、中絶は人殺しに等しい、というのが反対理由。

 基本的に、共和党は中絶反対の立場をとり、その中でもトランプは、最も中絶反対を前面に押し出してきた大統領だ。

 対する民主党の多くの候補者は、当事者である女性自身に産むかどうかを決める権利があるとする中絶容認派の立場をとる。これを「プロチョイス(pro-choice)」と呼ぶ。

 中絶容認派の拠り所は、1973年に米連邦最高裁が、人工中絶を容認する判決を出したこと(「ロー対ウェイド事件」と呼ばれる)。

 この中絶問題をめぐっては、妥協点はない。中絶に反対するか、認めるか。1960年代からアメリカで激論がつづいてきた。

 そしてトランプは、「中絶に最も反対する大統領 」を自任し、演説でも中絶反対の立場であることを表明することを忘れない。中絶反対派は、必ずトランプに投票するという構図が成り立つ。

 トランプにぞっこん入れ込んでいるコーティスに訊いてみた。トランプ大統領に不満な点はないのか、と。

「そうだな。ヒラリー・クリントンやジョー・バイデン(前副大統領)、チャック・シューマー(上院院内総務)を、まだ監獄に送っていないことかな」

――トランプは昨年末、下院で歴史上3人目の弾劾を受けた大統領となりましたが(上院での弾劾審理はすでに1月21日から始まっている)。

「そんなのフェイクに決まっているじゃないか。たとえば、俺があんたのことを気に入らないっていう理由で弾劾することもできるんだぜ。それをあんたなら受け入れるのかい。民主党の一方的な弾劾で、そんなことに意味はないね」

 フェイクではなく、ウクライナの大統領に、軍事援助の資金を提供する見返りとして、バイデン前副大統領の息子にかかわる疑惑を調査するよう圧力をかけた電話の記録が残っているじゃないか、と反論したかったが、何せ、音楽のボリュームが大きすぎて、まともに会話ができない。

 仕方なく、会場の入り口付近で待っている人々の場所に移った。

20年間「福祉」に頼ってきた女性

 夫婦で列の1番前に折り畳み式のイスを置いて座っていた女性に声をかけた。

 その後ろには、すでに10人ほどが毛布にくるまったり、簡易用のテントを広げたりして、翌日の午後3時の開場を待っていた。

 集会がはじまるのはさらにその4時間後の午後7時なので、いまから12時間以上、寒風の中で待つことになる。

 話を聞いた女性の名前は、オータム・レンズ(39)。

「ここから20マイルほど離れたところにあるウォールブリッジという町から来たわ。私はそこで共和党の委員会に所属しているの。だから、ただ寄ってみたというのではなく、自分で来ようと思ってここに来たのよ。トランプ大統領の集会に来るのはこれで3回目。1回目と2回目は、2016年だったわ。私は共和党員よ。それで、トランプ大統領が大好き。彼は他人を怒らせるようなことでも、躊躇なく口にすることができるでしょう。ほかの政治家は、政治的に正しいかどうかなんて細かいことを気にするけれど、彼にはそんなところはない。思ったことを思ったように口にできる勇気ある大統領なのよ。体裁を気にした発言はしないわ」

――女性蔑視だとも言われるが。

「それは気にならないわ。男性はしょせん男性だもの」

――しかし、大統領には一般の人よりも高い倫理観が求められないのか。

「そんなことを言ったら、大統領になれる人なんていないんじゃないの。ジョン・F・ケネディだって、女性関係では、トランプやクリントンと比べ物にならないくらい派手だったでしょう」

 私は彼女の次の言葉を聞いて、驚いた。

「私は、18歳から約20年間、ずっと福祉のお世話になってきたの。去年、工場の仕事を見つけたけど、10月からは、ここから歩いて数分のスターバックスで働いているの。どっちが好きかって? そりゃ、スターバックスよ。だって、私はコーヒーが大好きだし、そのコーヒーのお店で働くんだから。これもトランプ大統領のおかげで、景気が上向いたからだと感謝しているわ」

 長年福祉に頼るほど困窮している人は、民主党を支持する傾向が強い。民主党は、フランクリン・D・ルーズベルト大統領(1933~1945年)以降、社会的弱者の味方の旗を鮮明に掲げていたからだ。なぜ、彼女は共和党員なのだろう。

「最近、再婚するまで、私1人で子ども5人を育てる間、どうしても福祉に頼る必要があったわ。でも、自分の生活費は自分で稼いで生活したいじゃない。それがアメリカっていう国でしょう。自分のことは自分で面倒みるってことが」

 うーん、なるほど。

 たしかに誰にも頼らないというのが、アメリカでの生活の基盤にある。誰かに頼るということは、この国では弱さや甘えとして見下されがちである。

 しかし、20年近くも福祉に頼りながら、福祉から脱却したいと願い、それを果たしたというのはアメリカ人らしいな、と感じた。

 まだまだいろいろな人の話を聞きたかったのだが、私の防寒着があまりにも貧弱すぎて、氷点下の寒風の中では、ペンを持つ手が震えた。ノートに文字を書くのでさえ難儀した。翌日、着込んで出直すことにした。

「オバマケア」に反対する牧師

 翌朝9時から、ハンチントンセンターで取材を再開。会場近くの駐車場に車を停めようとすると、1日20ドルだという。その横には、24時間で5ドルの看板が置いてある。トランプ集会で人が集まるのを見込み、特別料金で日頃の4倍に値上げだ。それでも、満車になるほど車が押しかけていた。

 会場に到着すると、道端にはすでに、トランプの帽子やマフラー、バッジなど様々なトランプグッズを売る即興のスタンドがいくつも立っている。温かいホットドッグやコーヒーを売るトラックも5台ほど、会場に入るのを待つ支持者の横の狭い駐車場にスタンバイしていた。

 私は支持者の話を聞き終わると、場所を後ろにずらし、次の取材相手を探していった。

 この日、最初の取材相手となったのは、平日はエネルギー関連会社で働き、日曜日は福音派(Evangelist)の教会で牧師をしているというデービッド・カーペンター(53)だ。

「どうして集会に来たかって? トランプは、歴史上でもっとも嫌われている大統領だろう。だから、私のような支持者がいることを伝えたくって、息子2人を連れて一緒にやってきたんだ。娘もいるんだけれど、今は大学に行くためにオハイオを離れているんでね。でも、オハイオにいたのなら連れてきただろう。そう、我が家は5人家族で、みんなトランプ支持者だよ。トランプにもたくさんの支持者がいるってことを大統領に見せたくてね」

 その通りである。

 トランプがアメリカで史上もっとも嫌われている大統領であることは、世論調査が証明している。

 世論調査会社の「ギャラップ」によると、トランプ政権の発足からこれまでの平均の支持率は、40%。最高値で46%、最低値で35%である。

 支持率が50%を超えたことがない大統領というのは、トランプがはじめてである。

 支持率には波があるが、オバマ政権の最高支持率は69%、ブッシュ政権(息子)は90%、クリントン政権は73%。それらと比べると、トランプがいかに人気がないかが分かる。1938年から2019年までの大統領の支持率の平均値53%と比べても、ずいぶん見劣りがする。

 不支持率は、大統領就任直後の47%が一番低く、60%に達したことが4回ある(ギャラップの大統領の支持率・不支持率の調査は2週間おきに実施される)。

 カーペンター牧師の言う通り、こんなに人気のない大統領は今までにいなかった。

 しかし、それでもトランプ再選の可能性が決して低くないと言われるのは、徹夜をしてでもトランプを見たいという熱狂的な支持者がいるからだ。

 先に挙げた中絶反対派を含む一定数の底堅い支持者がいれば、大統領に再選できる。支持しない層はトランプの敵とみなし、罵詈雑言を浴びせかけ、蹴散らして我が道を行く、それがトランプ流の政治姿勢である。

 話をカーペンター牧師との取材に戻そう。

――トランプ大統領のどこが好きか。

「オバマは、イランやアフガニスタンなどの政策でぶれるところがあったと思っている。もっと一貫性を持ってほしかったね。オバマは弱腰に見えたんだ。それに対してトランプは一貫しているよね。言うことにもやることにも、すがすがしいほどブレがない」

 その後で、カーペンター牧師が驚くべきことを言った。

「僕はオバマが掲げた保険制度には反対なんだ。保険は1人1人が自由に選ぶべきだと思っている。去年の1月、前立腺ガンの手術を受けたのだけれど、会社が保険に入っていてくれたので7000ドル(約77万円)だけで済んだ。保険がなければ、40万ドル(約4400万円)はかかっただろうね」

 どちらの数字も信じられず、私がノートに書いた数字を見せたが、7000ドルと40万ドルで間違いない、という。アメリカで病気になると破産する、というのは本当だな、と実感した。

 保険があっても7000ドルというのも治療費としては高すぎる。無保険ということは保険に入る金銭的余裕がないということなのに、40万ドルの治療費なんか払えるわけがない。

 健康保険制度は大統領選挙の重要な政策だが、前立腺がんの治療に4400万円かかるというのは、この国の制度には改革が必要だ、ということだ。

『FOXニュース』が私に取材を!

 民主党支持から共和党支持に宗旨替えをしたという支援者にも会った。

 クレッグ・ペンチェッフ(51)で、オハイオ州で洗車会社を経営している。

「以前は民主党を支持していたんだけれど、2016年にはトランプに投票したね。2008年と2012年はオバマに入れたよ。」

――どうして共和党を支持するようになったのか?

「トランプが、どこにでもいるようなアメリカ人を代表しているからさ。自分自身が大金持ちだから、大口献金者や大企業の顔色をうかがう必要もないだろう。トランプの政策で一番気に入っているのは、減税政策だ。洗車の会社を経営して17年になり、従業員も10人抱えている。トランプの減税はありがたかったよ。うちの会社がいくら減税の恩恵を受けたかという正確な金額は、税理士に聞く必要があるがね。それに、やっぱりトランプは、俺たちと一緒の感覚を持っている感じがいいね」

 取材の合間に、メモをまとめていると、男性が私に声をかけてきた。振り向くとマイクを持った男性とカメラクルーが私の横に来ていた。

 恵比須顔の男性が、『FOXニュース』の記者だと自己紹介し、私に取材をしたい、と言う。

――今日の集会で、トランプ大統領がどんなことを話してくれると期待しますか。

「1月3日に、イランの軍事指導者ソレイマニを殺害したことについての説明が聞きたいですね。大統領の公約の1つに、もう海外での戦線は拡大しないというのがあったと思いますから」

 レポーターの顔色が明らかに曇った。が、即座に気を取り直してこう聞いてきた。

――景気はトランプ政権になって絶好調で、仕事も増えていますね。

「アメリカの景気は、オバマ大統領の時から好調をつづけはじめ、それがトランプ大統領になってもつづいているだけだと理解しています」

 そんなことはない! とレポーターは吐き捨てるように言った。

 そんなことはあるんだよ。

 ダウ平均株価を見ても、リーマンショックが底を打った2009年2月以降、ずっと上がっているじゃないか。そんな単純な事実も知らないでニュース番組を作っているのか、と言いたくなるが、『FOXニュース』にはそんな理屈は通用しない。

『FOXニュース』は保守系のニュース局で、露骨なまでにトランプ支持を打ち出していることで世界に知られている。

 そんなメディアがなぜ私に目を付け、話を聞きたがったのか。それは、私がアジア人だからだ。

 トランプ支持者の1つの特徴は、白人に偏り過ぎているというもの。アジア系の熱狂的なトランプ支持者の言葉を映像に乗せれば、白人偏重というトランプ支持者への批判が薄まる、と思ってのことだろう。

 たしかにこの日、集会で私は1人もアジア系の支持者を見かけなかった。目測で言うと、支持者の90%以上は“白人”である。

『FOXニュース』記者は、期待していたトランプ支持の言葉が私から返ってこないので、落胆したのだろう。私は、首から掛けていたカメラを見せて、「日本から来たジャーナリストで、ここで取材をしているんだ」と明かすと、「なんだ、トランプ支持者じゃないのかよ」と言い捨てて去って行った。

敵か味方かの二元論

 開場は、3時の予定が早まって2時半。列はゆっくりと入り口に向かって進む。

 入り口では、事前にプリントアウトしてきたチケットのチェックはなかった。しかし、バックパックの中身はくまなく調べられ、カメラは、本物であるのかをシャッターを切って確かめた。

 私が選んだ座席は、演説台から見て、左手の中段の席。もともと、アイスホッケーチームのホームグランドなので、ちょうど日本の野球場のプラスチックの硬くて座り心地の悪い座席に近い。

 会場の中心より、後ろ寄りに演説台が設けられ、聴衆が360度囲む。演説台から20メートルほど離れて、報道陣がカメラを構える一角があり、演説台から報道陣の間の空間を立ち見の支援者が埋める。3時の開場で、集会が終わるのが9時の予定なので、6時間立ちっぱなしである。ここに、200人以上が立っていた。その半分は、トランプのスローガンである「Make America Great Again」の赤い帽子を被っていた。

 隣には、同年代の細身の女性が座る。

「ダイアンよ」と手を差し伸べ、彼女はこう話し始めた。

「大統領はどんな大統領でも敬意を払うものなのよ。これまでいろいろな現職大統領がオハイオに来るたびに見に行ったわ。オバマ、ブッシュ(息子)、クリントン、それにレーガンも」。

 ロナルド・レーガンは1981年から89年までの8年間、大統領を務めた。そのレーガンを見たことがあると言う彼女は、一体いくつだろう、などと考えながら、取材を申し込むと、「取材は受けないの」と軽くいなされた。黒のキャップに、フェイクファー付きの黒のコート、ブルージーンズに黒のブーツというシックないで立ち。

 これから数時間は、この狭い座席に隣同士で座るのである。無理強いしていいことはない、とあきらめた。

 目の前には、アメリカの国旗がついたTシャツを着た30代の夫婦が、5、6歳の女の子を連れて座っている。女の子は、何のことなのか分からず、トランプの決め台詞である「Make America Great Again」や「Trump & Pence」などのプラカードを掲げて遊んでいる。子どもに候補者の演説や選挙の雰囲気を体験させたい、というのは、共和党、民主党にかかわらず、アメリカに広くみられる傾向である。

 翌日読んだ地元紙によると、午後4時には入場をストップしたとある。つまり、午後1時か2時までに並んでいなかった人は、この日、トランプを見ることはできなかったということになる。言い換えれば、会場に入れたのは、寒空のなか最短でも5時間は並んだ人々なのだ。

 様々なセレモニーの後、マイク・ペンス副大統領が壇上に上がったのは、6時58分。

 7時15分になると、トランプがトレードマークの赤のネクタイを締めて現れた。

「U.S.A! U.S.A! U.S.A! U.S.A! U.S.A! U.S.A! U.S.A!」

 と連呼する叫び声に出迎えられる。

 札止めとなった満員の会場の注目を一身に浴び、得意満面であるのがわかる。

「2020年になって、景気はいいし、賃金も上昇している。労働者も豊かになっている。アメリカの未来がこれ以上明るく見えたことはかつてない」

 という自らの成果を強調する言葉から演説ははじまった。

「退役軍人が病院で治療を受けるのも、何週間も待つ必要があった。それが今では、自分で医者を探して治療を受けることができるんだ」

 トランプのスピーチがはじまると、隣の席のダイアンはiPhoneを取り出し、祈るように演説の動画を撮りはじめ、それはトランプが話し終わるまでつづいた。

 イランの軍事指導者のソレイマニの暗殺についてはこう語った。

「ソレイマニは、バグダッドの米大使館だけじゃなく、いろいろな米大使館を攻撃の標的にしていた。だからわれわれは早急にソレイマニの動きを阻止するために殺したんだ。民主党は、なぜ議会の承認を得なかったのかと非難する。けれど、そんなことしてみろ、やつら『CNN』にリークするに決まっているんだ。今日もフェイクニュースの連中がいっぱい集まってきているだろ。あそこには、たくさんの腐敗が詰まっているんだ」

 聴衆が一斉にメディア席の方を見て、大声でブーイングを叫ぶ。

『CNN』はトランプにとって天敵であり、ことあるごとに、テレビカメラの並ぶ一角を指し、「フェイクニュース!」と叫び、聴衆はそれに合わせ、何度もブーイングを浴びせる。

 トランプはつづける。

「イランは16発のミサイルをアメリカ(のイラクの基地など)に打ち込んだ。ならば反撃しなければならない。しかしオレは訊いたんだ。何人(のアメリカ兵)が亡くなったんだ? 1人も亡くなっていません、閣下。じゃあ何人がケガをしたんだ? 1人もケガしていません、閣下。だから、アメリカはそれ以上の反撃をしなかった」

 ソレイマニの暗殺に成功し、アメリカには1人の死傷者も出なかった。トランプは自ら下したイラン攻撃の決断には1点の瑕疵もないと自画自賛した。

 オバマのように聴衆を惹きつけるような華麗な演説とは程遠い。

 トランプの演説は、聴衆の感情を煽りたて、怒りに火をつける扇動者のようだ。

 聴衆にとって、トランプが語っていることが本当であるのかウソであるのかは、関係ない。自分たちの聞きたいメッセージを、自分たちが聞きたいような言葉で語ってくれるトランプに酔いしれているのである。

 聴衆は、トランプの演説に合わせ、賛同するときは、

「U.S.A! U.S.A!」

「もう4年! もう4年!」

「トランプ! トランプ! トランプ!」

 と叫び、トランプの言う「フェイクニュース・メディア」や会場内の反対派には、容赦なくブーイングを浴びせかける。

 敵か味方か。

 わかりやすい二元論。

 演説がはじまって10分ほどしたところで、「No War」と書いたプラカードを掲げた5、6人の反対派が、私の左斜め後ろで立ち上がった。トランプは、即座に反対派に気づくが、作り笑顔でカメラの方を見ている

 大統領になる前の集会ではこういう時、

「つまみ出せ!」

「ここから出ていけ!」

 と鬼のような形相で叫んでいた。

 しかし、トランプは終始にこやかな表情を保つうちに、反対派は3分もたたずに排除された。私との距離は20メートル以上離れていたので、反対派がどのように場外に連れ出されたのかを見届けることはできなかった。

 大統領になって反対派に対して寛容になったのかと思ったら、実は、そうではなかった。

 反対派排除の仕組みに気づくのは、翌週、ウィスコンシン州ミルウォーキーで開かれたトランプの支持者集会に参加したときだったが、それは後に触れる。

 トランプの演説は、人々の雇用にも及ぶ。

「(オバマ)前政権下で、6万カ所の工場が閉鎖されたんだ。信じられるかい。でもこれは本当の数字なんだ。これまで50回もこの数字を語っているが、後ろで報道しているペテン師どもは、一度もこの数字が誤りだと指摘してないからな」

「だが、それらの工場はアメリカに戻ってきている。トランプ政権になってから、1万2000カ所の工場が国内に戻ってきたし、これからもっと戻ってくる」

 トランプの“鉄板支持者”である中絶反対派へのメッセージを織り込むことも忘れない。

「民主党の主要候補者のほとんどは、妊娠後期の中絶に賛同している。それは、産まれる直前、赤ちゃんを母親の子宮から引っ掻きだすということだ。だから、大統領として議会に、妊娠後期の中絶を禁止するように働きかけている。共和党は、すべての赤ちゃんが神からの神聖な贈り物だと思っているからだ」

 ここでも、大きな拍手が起こる。

 トランプの演説はとどまるところをしらない。プロンプターはあるものの、それを読んでいる気配はない。ほとんどすべて即興である。そのため、あとで聞きなおすと文脈が乱れるところもあるが、その分、勢いがある。支持者をその勢いに乗せ喜ばせるのも、メディアに怒りを向けさせるのも、自由自在である。

 これは実業家としての経験よりも、リアリティー番組『アプレンティス』のホスト役として数年間磨いたテレビの話芸がもとになっているのだろう。

 演説は1時間半つづき、8時45分に終わった。

トランプ「ウソ発言」の深刻さと頻度

 会場から8000人の聴衆が一斉に帰路についたため、私は駐車場から車を出すだけで30分以上待つことになった。ホテルに着いたのは午後10時を回っていた。

 トランプの演説を聞いていると、アメリカの現状も将来もバラ色に見えてくる。そのすべてが、トランプのおかげである、ように聞こえる。ならば我々は次の4年もトランプに託すべきではないか、と思えてくるのだ。

 しかし、ここで大切なのは、トランプが語ったことが真実であるのか、という検証だ。

 トランプ政権発足以降、米主要メディアは、このファクトチェック機能を強化してきた。

 いくつかのニュースサイトからこの日の演説のファクトチェックを見ていった。

 まずは、ソレイマニ暗殺の件。

 トランプは緊急に殺害する必要があったと説明したが、そこには疑問符が付く、という。

『AP通信』はこう指摘する。

「重要な疑問は、ソレイマニの暗殺がアメリカ(大使館など)への差し迫った攻撃を回避 するのに必要だったのかという点だ。しかし、その点について、まだはっきりとした証拠はない」

 同じく『AP通信』は、6万カ所の工場がオバマ政権下で閉鎖されたというのも、間違いだと指摘する。6万カ所の閉鎖というのは、2001年(ブッシュ政権=息子)からの累積数であり、また、工場の仕事がアメリカに戻ってきているというのも事実に反する 。

 この日の最大のウソは、演説の約10日後に露見する。

 イランの反撃に対し、アメリカの死傷者は1人もいない、と言い切ったトランプだった。しかし、米公共ラジオ局『NPR』は1月17日、イランの攻撃で11人の負傷者がいたと報じ、その数は34人から、本稿執筆段階(1月30日)で50人に 増えている。

 その多くは脳に深刻な傷を受 けている、という。

 ソレイマニの暗殺には、アメリカ人の深刻な負傷という代償も伴ったのだ。

 間違った主張はまだまだある。

 しかし、今日の8000人の聴衆の中で、こんなことを気にしている人は、どれぐらいいるのか。大半は、トランプが並べるおとぎ話に熱狂して聞き入って、心地よい眠りについているのだろう。

『CNN』と並び、トランプが蛇蝎のように嫌うのが『ワシントン・ポスト』だ。

 その同紙の2019年12月16日の記事によれば、トランプ大統領は就任から1055日間で1万5413回 もの、間違った、あるいは誤解されやすい主張を行った、とある。

 1日平均15回近く。

 一番多かったのは、2018年11月の中間選挙で、共和党が惨敗したとき。

 次に多かったのは、2019年10月と11月 で、大統領へのウクライナ疑惑が盛んに報じられたとき。

 トランプの虚言は、自分を取り巻く不利な状況へのカウンターパンチともとられる。負けを認めたり、謝ったりするのではなく、不利な状況であればあるほど、相手に殴りかかるというスタイルである。

『CNN』は2019年12月31日の記事で、トランプのウソについてこう解説する。

「そのいくつかは言い間違いや、ちょっとした誇張であることもあるが、しかし、大部分は明白なウソであり、世論を誤った方向に導き、自分に都合よく操作しようとするものである。そのウソの深刻さと同様に、その頻度においてトランプは際立っている」

(この稿つづく)

横田増生
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て米アイオワ大学ジャーナリズムスクールで修士号を取得。1993年に帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務め、1999年よりフリーランスに。2017年、『週刊文春』に連載された「ユニクロ潜入一年」で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞(後に単行本化)。著書に『アメリカ「対日感情」紀行』(情報センター出版局)、『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋)、『仁義なき宅配: ヤマトVS佐川VS日本郵便VSアマゾン』(小学館)、『ユニクロ潜入一年』(文藝春秋)、『潜入ルポ amazon帝国』(小学館)など多数。

Foresight 2020年2月3日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。