新型コロナウイルス・帰国者受け入れ、なぜ警察大学校?

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 新型のコロナウイルスの感染が拡大する中国・武漢からチャーター機第2便で帰国する人のうち症状が見られない人について、国は、東京都府中市にある警察大学校で受け入れ、滞在してもらう方針を固めた。なぜ「警察大学校」なのか、そもそもどういう施設なのか、本当に感染拡大防止に適しているのか。元警察官僚で作家の古野まほろ氏に話を聞いた。

――何故警察大学校なのか。

「宿泊施設を備える国の施設であって、直ちに本件に利用することが可能なものだから、だろう。警察大学校はそもそも全寮制なので(通学は認めないほど徹底した全寮制である)。
 またその地理的・環境的な特殊性も、本件における利用に資する」

――全寮制とのことだが、宿泊施設の規模はどれくらいなのか。またその設備は。

「学内に13階建ての寮が2棟あり、合計で確か1,200室以上はあると記憶している。
 そもそも警察大学校は、基本的には警部以上の管理職あるいは管理職になる予定の警察官を教育訓練する施設だが、その教育訓練の分だけを考えても、1年を通じて、400人以上を常時宿泊させている。
 そうした警察官が、6カ月なり4カ月なり3カ月なり、一定期間、全国すべての都道府県警察から……津々浦々から……集められ、その間、生活の拠点を置く場所である。ゆえにその個々の部屋は、いささか質朴なホテルのシングルルームを想定してもらえばよい(もちろん窓もあれば机もベッドもシャワーもある)。飽くまでも念の為だが、まさか留置施設ではない。
 かつては6人部屋がスタンダードだった警察大学校だが、現在の場所に移転してからは時代を反映して、1人部屋がスタンダードである。私も教官時代、研究で終バス・終電を逃すことが多かったので、費用を払って寮に連泊した経験があるが、ビジネスホテルと比べても全く不自由はなかった。
 また、例えば……警部学生に「インフルエンザに罹患した者」が出たとなると、直ちに寮の自室に必要なあいだ隔離する措置をよくとっていたので、そうしたことに耐えられる施設であるということもできる。
 なお、寮の建物と直結して大規模な食堂があり、すなわち大規模な調理施設を備えている。ちなみに大浴場とシャワー室もある。寮近傍、敷地内にはコンビニもある(ファミマ)」

――本件の滞在者の方が相部屋になることは。

「寮室の規模を考えると、また、寮室のつくりを考えると、相部屋にできるものでもなければ、現時点その必要もないだろう」

――先述のお答えについてだが、警察大学校は何故、本件に「直ちに利用できる」のか。

「警察大学校が行う管理職に対する教育訓練は、要はプログラムのアップデートだからだ。かなり大きく重要な更新ではあるが、新たに採用された巡査に対する教育訓練のような、プログラムの新規インストールではない。
 要は、巡査の場合はそれをしないと動けないが、管理職の場合は、アップデートの時期を多少変更しても実務に甚大な支障はない。もちろん必要不可欠なアップデートだから、平時においては計画どおり、また昇任時期に合わせて行われるが、有事においては中止・延期が可能である。
 実際、東日本大震災のときも、警部学生が400人以上入校していたが、有事ということで卒業式を含む全ての日程が中止され、現場における警察活動のため、全ての警部学生を直ちに地元に帰した。そのときも直ちに学内は空っぽになった。
 今般も既に、現在行われている教育訓練を全て直ちに中止し、また、今後の受け容れも全て中止する通達なり事務連絡なりが、都道府県警察に対して発出されているはずである」

――先述の、警察大学校の「地理的・環境的な特殊性」とは何か。

「警察大学校は警察施設であるから、そもそも部外者の立入りを想定していない。
 例えば防衛大学校は図書館を一般の利用に供していると聞くが、警察大学校では図書館に限らず前述のファミマも市民にはアクセス不可能である。メインゲートを封じれば、基本、学校施設そのものを外界から孤立させることができる。まして、宿泊施設がある寮2棟は、幸か不幸か、メインゲートから最も離れた施設のひとつで、閉ざされたキャンパスの更にいちばん奥地に位置している。
 ちなみに「孤立」といっても、警察大学校はちょっとした一般大学のキャンパスほどの敷地を有するので、密集した狭い場所に人が押し込められるというわけでもない。
 そしてそもそも、警察大学校自体が、いってみれば東京郊外の外れにある。
 かつては都心の中野にあったのだが、現在は郊外の府中市にあり、もっといえば、郊外仲間である「三鷹市」と「府中市」と「調布市」のそれぞれのいちばん外れ、といったイメージでよい。もちろん都心の、いわゆる東京都区内ではない。
 ここは歴史的には、かつて米軍基地があったところで、その広大な跡地は例えばマンション群などではなく、公園とか公的施設によって占められた。よって、極めて人工的な、人口密度の著しく低い非住宅地となっている。私も教官時代、終バス・終電を逃してタクシーを拾おうと夜中の当該エリアを歩いたことがままあったが、タクシーどころか人も通り掛からない閑静なエリアだ。最寄りの私鉄駅までは徒歩15分弱を要するし、最寄りのJR駅に向かう私鉄バスは1路線・所要時間45分以上だろう。あと確か私鉄バスがもう1本走っているが、それは域内循環型である。
 また、近隣に著名施設なり観光施設なりがないことはないが……お隣の東京外国語大学さんを除けば、どれも始終人が押し寄せているわけではなかったり、そもそも徒歩圏内ではなかったりするので、その意味でも特殊だ。そもそも繁華街を有さない町でもある。
 といって、例えば羽田からなら……むろん道路事情にもよるが……車で1時間強程度だろうし、都心からなら車で30分強程度。要は、鉄路でなく、点と点の移動であれば意外と近い。これも本件において考慮に値した事情だろう」

――他の警察学校も開放するのか。

「都道府県警察の、いわゆる警察学校は無理だ。それは新任巡査のプログラムをインストールする学校であり、性格が全然違う。その教育訓練をストップさせてしまえば、それ以降、実務に投入してゆける新人がどんどん減る。新人の教育訓練がストップできない以上、都道府県警察の警察学校を本件のような事案に供することは考え難い。
 実際、東京都北区の、一般の公務員研修施設も本件のために用いられるそうだし……
 他方で、そこまでの動員が必要かどうかは全然分からないが、一般論としては、巡査部長や警部補を教育訓練する、管区警察学校なら警察大学校と似ている」

――警察大学校では、警察の医官が新型コロナウイルスの研究などをするのか。

「非常勤のいわゆる警察医さんならともかく、私は警察の医官というのを聞いたことがないが……どのみちそれはあり得ない。警察大学校はいわば文系・体育系の大学校であり、まさかそうした研究のできる施設ではない。そんなスタッフも設備も資器材もありはしない。
 科学警察研究所、というなら千葉県の柏にあるが、それとて感染症対策の専門家はいないだろう。それは厚生労働省のお仕事だ」

――なら何故警察大学校に白羽の矢が立ったと考えるか。

「前述のとおり、施設・地理・環境を考慮した結果だろうし、事前に何らかの計画が策定されていたということも考えられるし、また、感染症対策そのものは別論、国の危機管理一般は『公共の安全と秩序の維持』(警察法第2条)を責務とする警察の重要な仕事のひとつであるから、危機管理のプロとして率先垂範をするという意味もあるのでは。
 有事に慣れている施設、あるいは有事に慣れた者が常駐する施設というのは比較的めずらしいだろうし、昨今の官邸には警察官僚も多く勤務することから、どのような施設が必要かを検討するとき、比較的早期に『それなら警大を』というプランが提示されてもおかしくはない」

古野まほろ
東京大学法学部卒業。リヨン第三大学法学部修士課程修了。学位授与機構より学士(文学)。警察庁I種警察官として警察署、警察本部、海外、警察庁等で勤務し、警察大学校主任教授にて退官。警察官僚として法学書の著書多数。作家として有栖川有栖・綾辻行人両氏に師事、小説の著書多数。

デイリー新潮編集部

2020年2月1日掲載

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