【番外編】中国・武漢「政府チャーター機」には「在留邦人」しか乗れないのか?

国内 政治 Foresight 2020年1月28日掲載

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【編集部より】本記事は、中国・武漢市での「新型肺炎」感染拡大を受け、日本政府がチャーター機を手配し、武漢にいる「在留邦人」のうち希望者を全員帰国させる方針を固めた、との『朝日新聞』電子版記事(2020年1月26日18時40分)を目にした岩瀬昇さんが、ご自身の過去の稀有な体験から感じられた素朴な「疑問」を、ご自身のフェイスブックつづられた(1月28日午前9時ごろ)ものの転載です。

 確かに、「在留邦人」とは外務省が該当者を明確に定義しており、旅行者、短期出張者、留学生など「在留届」を提出していない者は該当しないとされています。では、今回はどうなるのか、多くの人が気になるのではと考え、注意喚起のためにも、以下に岩瀬さんのご諒承を得て転載させていただきます。

岩瀬さんFBより

「希望するが、救援機に『席』を確保できない日本人はいないのだろうか?」

 イラン・イスラム革命が起こり、その年の11月に米大使館占拠事件が起きていた1979年、イラン原油長期契約更改交渉支援を目的として、僕は9月から何度も現地出張を繰り返していた。
 1979年初春、革命直後にガラガラの「邦人救援目的のJAL機」にK先輩が乗り込んで、革命中も現地に残って奮闘していたM先輩とともにイラン国営石油(NIOC)と交渉し、革命政権になって再開されたイラン原油長期契約を締結した。
 その年の夏が過ぎ、1980年に向けての更改交渉を支援するようにとの命を受け、僕は9月からテヘランに張り付いていた。
 10月末に一度帰国したら、革命で追い出された国王シャーの病気治療目的の入国を認めたことに怒り、抗議する学生たちが米大使館を占拠した。まず米国人が、ついで西欧人が逃げ出した。街頭で一般庶民から攻撃され始めたからだ。「次は日本人だ」とのうわさが流れだした。不穏な雰囲気が増してきた、とM先輩の報告にあった。
 12月に入り、再度テヘラン入りすると、日本人家族の帰国が少しずつ始まっていた。各社の自主判断だ。
 そんなある日、邦人職員が集められ、大使館での打ち合わせ会議から戻った「イラン三井物産」社長から報告があった。
「状況に鑑み大使館では、邦人救援機派遣の検討を開始した」というのだ。縷々説明の後「ところで救援機の席は在留届を出している在留邦人の分しか用意しない、つまり(と僕の方を向いて)出張者の分はないのでそのつもりで」と。
 12月中旬、諸々の打ち合わせもあり、一度東京に戻った。いつもはビジネスマンばかりのJAL機内は、婦人子供の数が多く、楽し気な、にぎやかな雰囲気に包まれていた。
12月下旬、再度テヘラン入りし、更改交渉の最後の詰めを行い、後は日本政府の許可待ちとなった。だが、イラニアン・ライト原油の価格が30ドル以上では「国際社会の理解が得られない」として前に進めなかった。しかたなく12月30日のJAL機に乗り、多くの邦人家族と共に、大みそかの成田空港に帰着した。空港から、同行していた課長が室長に電話をした。誰も出なかった。「仕方がない、今日は帰るか。良いお年を」と課長が言って、僕たちは分かれて帰宅した。携帯電話などない時代だった。
 翌元日の夜、課長から電話がかかってきた。明日2日、出社して対応会議を行う、というのだ。何でも、大みそかの日、室長は通産省(当時)に出向いていて、イラン原油長期契約更改について協議していたのだが、ようやく「イラニアン・ライト原油とイラニアン・ヘビー原油(重いので、ライトよりは2ドルくらい安い)の平均価格が30ドル以下なので、更改契約調印OKとなった」というのだ。
かくて怒涛のお正月が始まった。・・・

 添付記事(編集部注・朝日記事)を読んだ時の、僕の最初のリアクションが冒頭の一行だった。
 なぜなら政府発表にもあり、メディア報道にも出てくる「在留邦人」とは? という線引きの問題があるからだ。
 前述した経験を持つ僕が理解する限り、「在留邦人」とは、3カ月以上在留する予定の邦人で、現地の領事館・大使館に「在留届」を出している人を意味している。短期の出張者や留学生はもとより、3カ月以上滞在していても「在留届」を出していない人は入っていない。

 武漢には、こういう人はいないのだろうか?

岩瀬昇
1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、2度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクの延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?  エネルギー情報学入門』(文春新書) 、『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』 (同)、『原油暴落の謎を解く』(同)、最新刊に『超エネルギー地政学 アメリカ・ロシア・中東編』(エネルギーフォーラム)がある。