「香港」「台湾」の失敗から中国が学ぶべき「一国二制度」の限界

国際 Foresight 2019年10月21日掲載

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 中国の習近平国家主席が掲げる「中国の夢」は、一言で表せば、どの国からも見下されない強国になることだ。そして現在の中国は強い。10月1日の軍事パレードの圧倒的装備を見ても、ほとんど実現したようにも見える。その点について異論は多くないだろう。

 だが、その強国の夢の完成には、まだ埋まっておらず、どうしても欠かせない2つのピースがある。香港と台湾である。

中国ルールと台湾・香港ルール

 巨大な中国から見れば、香港と台湾はまるで米粒のように見えるほど小さい。しかし、中国が政治、軍事、経済でどんどん強国に近づくほど、その求心力に逆らって、香港と台湾は遠ざかっていくように見える。

 はっきりとしているのは、このわずか1年ほどの時間のなかでも、中国の目指す「国家統一」の大事業において、表看板として掲げている「一国二制度」の国際的な信用がガタ落ちになったということだ。

 もともと香港や台湾において一国二制度は、香港が「適用後」で台湾が「適用前」という違いはあるとはいえ、等しく人気が低かった。しかし今回の香港の抗議行動によって、それが世界に対してもはっきりと晒されてしまった点に、深刻さがある。

 強国・中国が、香港、台湾をうまくマネジメントできない。これは一体、どういう現象であり、どのように理解すればいいのだろうか。この点は、当事者たちにも混乱を与えており、香港の一連の抗議行動をめぐって、中国人と香港人が海外でも激しい衝突を繰り返している状況にも表れている。

 その原因は、中国人が生きている社会のルールと香港人や台湾人が生きている社会のルールが大事な部分で全く異なっていること、そして、思い描く未来の姿が大きく違うこと。この2点に尽きるのではないかと、私は最近、考えるようになっている。

「最後は粉々になるだけだ」

 香港の抗議行動は激化した6月以来、4カ月以上にわたって今も続いている。

 10月16日から香港の立法会(議会)が始まったが、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官の施政演説は民主派議員の抗議の声にかき消され、初日は休会に追い込まれた。

 米国では、一国二制度に基づく高度な自治が守られていないと判断された場合に香港に対する優遇措置を取り消せる香港人権・民主主義法案が議会下院で可決された。

 当初は容疑者の中国などへの移送を可能とする逃亡犯条例の改正に反対するものだったが、今や香港政府とその背後にいる中国政府に対して、香港人がノーを突きつけているのは明らかで、香港返還後の22年間を事実上否定するような事態に近い。

 これに対して、中国の国務院香港・マカオ事務弁公室や『人民日報』などを通して出される談話は、「カラー革命の恐れがある」「外国の陰謀」「国家分裂の企ては許されない」など紋切り型で偏見に満ちた全面否定ばかりだ。 

 習近平主席は最近ネパールで、「中国を分裂させようとするいかなる企ても妄想にすぎない。最後は粉々になるだけだ」と語ったと報じられた。香港を念頭に置いたかどうかは別に、「国家分裂」と見做す勢力には一切の妥協はないとの決意が伝わってくる。

 だが、強権的な取り締まりで香港の人々の口を一時的に塞ぐことはできても、一国二制度をめぐる中国と香港との間に生じた軋みを直す治療にはならない。むしろ問題の根がより深く張られることになるだけだ。

 香港の人々に国家分裂を求める意識があるかというと、決して強くはないだろう。「中国が変わらないならば、このままでは一緒にやっていけない」と訴えているだけだ。

 それを中国側が汲み取れないのは、共産党の統治に一切の異論は許さないという中国のルールと、異論のなかでコンセンサスを見つけるという香港のルールが、かけ離れてしまっているからである。

 本来はその点をうまく解決するのが一国二制度の発明的な意義であった。しかし、習近平体制になって一国二制度の「一国」が突出するようになると、香港の現状は「一国一・五制度」と揶揄されるようになり、今も中港の分断は広がるばかりである。

台湾で「取引停止状態」の一国二制度

 一国二制度に対する信用の低さは、2019年1月2日に習主席が行った台湾政策の重要演説に対する反応でも明らかだった。

 習主席は明確に「両岸は同じく1つの中国に属し、共同で国家統一を求めて努力する」と語り、中国と台湾との間にある曖昧さを排除したが、逆に台湾の蔡英文総統から「絶対に一国二制度は受け入れない」と猛反撃を受けた。

 このことがきっかけで蔡総統の支持率低迷は底を打ち、台湾における一国二制度の信用が極めて低いことが改めて印象付けられた。株にたとえれば、その後の香港情勢の悪化によって、一国二制度は台湾ですでに「取引停止状態」であると言えるだろう。

 親中派として対中接近を掲げながら年明け1月11日の総統選を蔡氏と争っている国民党の韓國瑜・高雄市長ですら、「一国二制度が台湾に来ないことを保証する」と言わざるを得ない状況になり、蔡総統の当選の可能性は、もはや誰の目にも明らかなほど高くなっている。

思い描く未来が違う

 本来であれば、香港についても、台湾についても、習主席自身を含めた指導部の反省が示されてこそ、香港や台湾の人々にも中国の善意と寛容が伝わろうというものだが、前述のように「共産党無謬説」というルールに立っている以上、むしろ「粉々」にしてでも力で押さえ込もうという強硬なイメージばかりが、香港、台湾、そして世界へ拡散されていく。

 歴史を振り返れば、議論の余地のない大失敗でも過ちを認めないのが中国の伝統となっている。大躍進政策や文化大革命が毛沢東や左派の暴走であったこと、中越戦争が事実上の完敗であったこと、天安門事件によって若者の命や将来を無慈悲に奪ったこと、どれも全面的に共産党の失策として総括されることはない。

 これは、民衆の批判のなかから次の政策を導き出すというルールに生きている我々からすれば、別次元の世界にように見える。

 将来へのビジョンのズレはあまりに大きい。かつては香港も台湾も、中国が豊かになれば、共産党の独裁も言論への制限も、次第に緩んでいくようになるという期待を持っていた。一国二制度も本来は、中国と香港・台湾の両者の制度的な差異を、お互いの歩み寄りによって解消するための時間的な猶予を作るという発想から生まれた。

 ところが、いつのまにか、香港・台湾が中国の国家体制に融合するための時間的猶予を与える、という発想にすり替わってしまったのである。

 それは結局のところ、現状の自由や民主のある暮らしを維持しながら、中国とは一定の距離をおいて付き合っていきたい香港や台湾と、中国と一体になってこそ香港や台湾の未来があると考える中国とでは、思い描く未来が違うということに行き着くのであろう。

人々の心を取り戻す近道

 中国と親しくなれば経済的なメリットがある、という手法にそれなりの有効性があるのは確かだ。

 香港では「商人」が中国の利益代表として一定の役割を果たし、鄧小平の言った通り、返還後も「馬は走り続け、ダンスは踊り続ける」(馬照跑、舞照跳)という姿が示され、香港の経済的な繁栄は続いた。

 台湾でも2008年に対中融和姿勢の馬英九・国民党政権が誕生し、中台間の距離がぐっと縮まったかに見えた。香港から台湾へ、という統一の道筋が示され、そろって「祖国の懐に抱かれる」日が近づいているように中国からすれば思えたかもしれない。

 しかし、基本的に香港や台湾は、一定の生活水準を満たしている地域であり、中国との経済関係はたしかに重要だが、個人としては文化的で自由な生活を守りたい意識も強い。

 中国が国内で権威主義的な政治を行い、メディアを弾圧し、活動家を投獄しても、香港や台湾で血を流す抗議デモが起きることはない。しかし、自らの生活や価値が脅かされる危険を感じた時には、人々は団結し、中国に対する不服従を始めるのである。

 それが香港における今回の抗議行動や、台湾での蔡政権への急激な支持回復が示しているものだ。それは彼らの自己防衛行動であると同時に、現段階では中国と同じ「強国の夢」を見ることはできない、という意思表明なのだと考えることができる。

 中国が「すごい」と思うことはあっても、国として、あるいは国民として、「同じようになりたい」と尊敬できる対象には香港、台湾の人々の目には映らないのである。

 中国が香港、台湾を巻き込んだ「大中国」を唱えることは、香港や台湾で敵を作ることにしかならない。家族や兄弟というのではなく、まずはお互い干渉しない友人になろう、というところから始めるのが、時間はかかるにせよ、香港や台湾の人々の心を取り戻す近道であろうが、残念ながらこれまでの習近平体制の対応からは見えてこない。

 ならば、今後も中国が強くなればなるほど、香港や台湾の人々の心は離れていくだろう。そうした認識を持つ必要性を、中国も、この香港の長い抗議行動や、蔡総統の支持率回復から学習して欲しいものである。

 

野嶋剛
1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、「台湾とは何か」(ちくま新書)。訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。最新刊は「タイワニーズ 故郷喪失者の物語」(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com。