ブレグジット「10月31日」離脱期限目前「EU首脳会議」で合意はあるか

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 いよいよ10月31日に期日を迎える英国のEU(欧州連合)離脱「ブレグジット」だが、この段階でもいまだ混迷を極めている。

 10月2日、ボリス・ジョンソン首相はブレグジットを回避するための新たな提案を行った。9月初旬に、野党の反論批判を封じ込める狙いで離脱期日直前の10月14日まで議会を閉鎖する措置を取っていた。が、最高裁判所が9月24日、この措置を違法と判断。翌25日に再開した下院で首相は、「(議会は)離脱を見守るか、(政権の)不信任動議を出して国民の審判を仰げ」と迫った。しかし議会はすでに、ジョンソン首相による総選挙動議を9月4日と10日の2度にわたって否決している。

 10月17、18日に開催されるEU首脳会議で英政府の離脱協定案が承認されなかった場合、ジョンソン首相には、EUに対して3カ月の離脱延期を求めることが法律で義務付けられた。9月9日に成立した「離脱強硬阻止法・離脱延期法(EUとの合意が成立しない場合には、首相は2020年1月31日まで離脱延期をEUに申請する義務を定めた)」である。

 しかしジョンソン首相は延期要請などしないと明言し、期日通り離脱すると強弁する。果たして打開策はあるのか――。

「合意なき離脱」回避の模索 

 確かにジョンソン首相は、これまで離脱条件の国内論争で最大の焦点となっていた北アイルランド国境をめぐる議論について、新たな提案を行った。そこには、テリーザ・メイ前首相が昨年11月にEUとの間で合意した内容に対する工夫が見られた。

 新提案では第1に、北アイルランドに限り農産物・工業製品の基準にはEUの規制を適合する。ただしその最終決定は4年ごとに北アイルランド自治政府や地方議会が判断する、とした。他方で、英国全体は現在の予定である移行期間終了の2020年末までに完全離脱する。しかし、新提案では、移行期間は1回だけ延長可能で、最長で2022年まで延長できるとしている。

 この新提案の第2のポイントは、離脱に合意することで、現状の関税手続きを維持しながら、離脱後のEU諸国や域外国との自由貿易協定(FTA)のための通商交渉を開始することができる点にある。離脱の見通しが不明瞭なままでは、次の段階の交渉がいつまでも開始できない。交渉を開始する中で離脱後のイギリスの方向性を国民に示していくことこそ、離脱派ジョンソン政権にとって、存命の道であるからだ。しかも今回の提案では、移行期間が2022年まで延長された。国内離脱派の支持を取りやすくした内容となっている。早速、閣外協力する北アイルランドの地域政党、民主統一党(DUP)や保守党内離脱強硬派は、この新提案を支持した。

 これが新しい提案としてEUに受け入れられるか、否か。それが最大のポイントだが、EUが検討に値する提案と判断した場合には、今後EUとアイルランド共和国などとの交渉が開始される。

 しかし、その根回しのためにジョンソン首相は10月5日からさっそくEU加盟諸国首脳と相次いで電話会談をしているが、反応は芳しくない。むしろ早急な「修正」を迫る首脳もいたと伝えられる。EU首脳会議まであとわずか、間に合うのか。

どこが「新」提案か

 では今回のジョンソン首相の新提案は、「メイ提案」の合意とどこが違うのか。

 新提案では、「北アイルランドは英王国と同様の関税地域に属する」、つまり英本国の一部であることは同じだ。ただし農産物・工業製品の基準による規制がこの地域では適応され、それは4年ごとに再検討される。ここは確かにこれまでと違う点だ。

 昨年11月に合意した離脱協定では、英国の離脱に際して、アイルランド島での混乱と紛争の再燃に対する懸念から、「北アイルランドとアイルランド共和国の間での国境での物理的交流の自由(関税撤廃)をめぐる問題が解決するまでは、イギリス全体はEUに残留する」という、いわゆる「安全策(バックストップ)」と呼ばれる条件が付けられていた。これを巡って国論は分裂した(2019年4月24日『「混沌」ブレグジット(上) 再燃する北アイルランド問題』『「混沌」ブレグジット(下)イギリス「欧州議会選挙」参加の行方』参照)。

 この安定策で問題解決が長引けば、結局イギリスの離脱は永遠に先送りされる(残留する)、ということになる。当然離脱派はこの合意に強い反発を持った。

 さらに、移行期間の延長(2020年末、最長で22年まで)があるとはいえ、英国全体の離脱時期は明確になった。

 北アイルランドのユニオニスト(英国との統合主義者)とアイルランド共和国に近いカトリック教徒との間での対立は、英国もアイルランド共和国もともにEU加盟国であるため、関税が発生していなかったことから緩和されていた。それが、同じアイルランド島のなかで、片やEU加盟国としてとどまり、片や離脱した英王国の一部としてEU加盟国の恩恵を享受できないという、待遇の異なった事態が生じることになる。

 北アイルランドは英王国の一部でありながら、人的・経済的交流面ではアイルランド島の中で自由(北アイルランドとアイルランド共和国は一体)という、実際には玉虫色であいまいな解決であった1998年の「イースター合意」の本質的欠陥が露呈することになりかねない(2018年11月21日『「アイルランド国境問題」が影を落とす「BREXIT」の行方』参照)。

 3000人から4000人もの犠牲者が出たアイルランド紛争であるだけに、英国民だけでなく、EU各国の首脳が苦慮するのもやむをえない。

 つまり新提案は、10月末の合意なき離脱も辞さないと主張してきたジョンソン首相の、ある意味転換だが、これが容易に議会で合意を見ることができるのか、不透明だ。北アイルランドのカトリックの反発は必至であろう。現に、現状では、議会合意は限りなく不可能に近い。

 ジョンソン首相の提案はこうしてみると、一見「合意なき離脱」の回避ではあるが、北アイルランド国境問題の最終的な解決とはなっていないように見える。この提案が受け入れられなければ、「合意なき離脱」に突き進むとジョンソン首相は主張しており、離脱強行の点では、その主張は一貫しているようにも見える。

独善的ジョンソン政治への批判と抵抗

 今後、このジョンソン首相の新提案を核として英国の政局は推移するが、ジョンソン政権への抵抗は大きい。ジョンソン首相の独善的な政治手法に対して反発は強く、「非民主的」「独裁的」という批判が増幅している。すでに足元の保守党から20名以上の議員が離党し、議会での過半数を割っている。

 今後ジョンソン首相の新提案で政局の流れが一気に10月離脱に向かうのか、それとも政治力学の中で離脱延期を前提にした解散総選挙か、あるいは2回目の国民投票かをめぐって議論がさらに熾烈化していくのか。

 もともと議会解散動議の決議には議員の3分の2以上の支持が必要であり、前述したとおりすでに2回否決されている。EUへの10月末の離脱延期要請も、議会で決議されている。ジョンソン首相の新しい提案と議会の閉会は、こうした事態に対する必死の抵抗でもあった。

 野党第1党労働党のジェレミ・コービン党首は、このところ総選挙を想定した発言を行ってきた。ジョンソン政治を「残酷で、無情な、思いやりのない」やり方であり、「民主主義を軽蔑するエリート」と怒気を強める。議会でジョンソン辞任を掲げて追及する構えだ。

 しかし労働党内部でもブレグジットをめぐっては議論が分裂しており、コービン党首自身もスタンスの取り方が微妙だ。加えて、世論支持率で労働党は保守党を下回っている。再度の国民投票を念頭に置いた総選挙が考えられるが、選挙そのものの行方は野党にとって必ずしも有利な見通しではない。

 EUは基本的にはこうしたイギリスの態度に、再交渉はないという原則論的な厳しい姿勢である。だが、ジョンソン新提案にアンゲラ・メルケル独首相は検討に値するという姿勢を示し、ジャン=クロード・ユンケル欧州委員長も、柔軟な姿勢をにおわせている。

 果たしてジョンソン新提案が、ブレグジット交渉の突破口となるのか。

 それにはイギリス国内政治のまとまりが何より優先する。まずはイギリス自身の問題であり、それだけは間違いない。

渡邊啓貴
帝京大学法学部教授。東京外国語大学名誉教授。1954年生れ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程・パリ第一大学大学院博士課程修了、パリ高等研究大学院・リヨン高等師範大学校・ボルドー政治学院客員教授、シグール研究センター(ジョージ・ワシントン大学)客員教授、外交専門誌『外交』・仏語誌『Cahiers du Japon』編集委員長、在仏日本大使館広報文化担当公使(2008-10)を経て現在に至る。著書に『ミッテラン時代のフランス』(芦書房)、『フランス現代史』(中公新書)、『ポスト帝国』(駿河台出版社)、『米欧同盟の協調と対立』『ヨーロッパ国際関係史』(ともに有斐閣)『シャルル・ドゴ-ル』(慶應義塾大学出版会)『フランス文化外交戦略に学ぶ』(大修館書店)『現代フランス 「栄光の時代」の終焉 欧州への活路』(岩波書店)など。最新刊に『アメリカとヨーロッパ-揺れる同盟の80年』(中公新書)がある。

Foresight 2019年10月16日掲載

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