ホワイトハウス近くに盗聴装置:標的「トランプ」モサドも参戦 インテリジェンス・ナウ()

国際Foresight 2019年9月20日掲載

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 サウジアラビア石油施設に対する謎の攻撃。イランの関与が確実視されるが、イランとの軍事衝突は「避けたい」とドナルド・トランプ米大統領は発言した。

 だが、まともな情報機関はそんな発言を信用せず、本音を探る。だから、中国やロシアはトランプ大統領の携帯電話を盗聴する工作に従事しているのだ(米『ニューヨーク・タイムズ』)。ただこの報道では、盗聴の手段や証拠は分からないままだった。

 ところが、このほどホワイトハウスの近くで、携帯の電波を盗聴する複数の装置が発見されていた事実が明るみに出た。

 発見されたのは「IMSIキャッチャー」と呼ばれる装置で、米国土安全保障省の国家防護計画総局(NPPD)が確認した。

 IMSIとは、携帯電話の国際加入者識別番号のこと。その「キャッチャー」は、携帯電話基地局になりすましていたことからみて、アンテナあるいは小さいタワーの形状をした傍受装置とみられている。

 この情報をすっぱ抜いた米ニュースサイト『ポリティコ』によると、米政府当局は過去2年間にわたってこの装置を分析した結果、イスラエルの仕業であるとの結論を出した、というのだ。「キャッチャー」がワシントン市内で発見されていたことは、後で詳述するが、筆者が入手した国土安全保障省次官から米上院議員への書簡でも確認された。

 イスラエルは米国の緊密な同盟国だ。特にトランプ大統領はイスラエルの首都をエルサレムと認定して米大使館を移転、イスラエルの仇敵イランの核合意から離脱するなど同盟関係をさらに強化してきた。なのになぜ、イスラエルはそんな大統領を盗聴の標的にしているのか。

ホワイトハウスが筒抜けの事態も

 トランプ大統領の携帯は盗聴しやすいことが専門家の間ではよく知られている。

 トランプ大統領は3年前の大統領選挙で、対立候補ヒラリー・クリントン氏のメール問題を激しく追及したが、自分の携帯電話の使い方は非常にずさんだと伝えられている。

 トランプ大統領が現在使用している携帯はiPhone(アイフォーン)3台、とみられている。このうち2台はホワイトハウスの情報通信部局が提供した公用。国家安全保障局(NSA)が改造を加えて、1台は通話専用、もう1台はツイッター専用でいくつかのニュースサイトへのアクセスもできるという。

 バラク・オバマ前大統領も2期目にiPhoneを使ったが、通話機能は削除され、テキスト送信(SMS)もできない。カメラもマイクの機能もない。eメールは一部の側近や親しい人のアドレスからのみ受け取り可、にしていたという。

 深刻な問題は、トランプ大統領が持つ公用と私用の通話可能なiPhoneにカメラとマイクの機能が付いていることだ。これだと、ハッカーに侵入されて、気付かないままカメラとマイクが機能し続けると、ホワイトハウス内の画像と音声が筒抜けになってしまう。

 IMSIキャッチャーは別名、「スティングレイ(元の意味はアカエイ)」と呼ばれ、米国内では、27州と首都ワシントンで警察が捜査に利用していることが米自由人権連合(ACLU)の調査で明らかになっている。1台当たり約15万ドル(約1600万円)で手に入るという。

暗殺恐れ「GPS位置確認」は不可

 習近平中国国家主席やウラジーミル・プーチン・ロシア大統領ら注意深い指導者は携帯の使用を避けている。

 ホワイトハウス当局は30日毎に大統領のiPhoneの提出・検査を求めており、オバマ前大統領はそれに従って提出していたが、トランプ大統領は「不便」との理由で、提出期限を守らないという。

 トランプ大統領は就任前に持っていた私用のサムスン電子製アンドロイド系のスマホを放棄したが、「電話帳」が必要だという理由で、大統領就任後、別に私用のiPhoneを入手したようだ。

 ただ、GPS(全地球測位システム)の位置確認機能は「不可」になっているという。この機能が使えると、暗殺に利用される恐れがあり、本人が「不可」にすることで納得したとみられる。

 安心できるのはただ1つ、本人がeメールを使用しないことだという。このためいわゆるDoS攻撃やフィッシング被害には遭わないからだ。笑うに笑えない事実ではある。

「予測不可能」で不安だから

『ポリティコ』報道に対して、トランプ大統領は「イスラエルはわれわれに対してスパイ活動をしているとは思わない」と否定。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相も「私は指令を出している。米国ではインテリジェンス工作をしていないし、スパイもいない」と述べた。

 しかし、実はイスラエルによる対米インテリジェンス工作は珍しいことではない。これまでも、例えばビル・クリントン元大統領の女性スキャンダル。お相手のホワイトハウス・インターン生モニカ・ルインスキーさんの電話を盗聴したモサドがいち早く2人の関係を知り暴露した、とする説がある。当時の米国とイスラエルの関係はパレスチナ暫定自治政府の問題で緊張していた。

 しかし、1948年のイスラエル建国以来、米国がイスラエルに供与してきた支援額は莫大だ。米議会調査局(CRS)によると、累積額は実に1423億ドル(現在の為替レートで約15兆4000億円)にも達する。トランプ大統領は日本に対して在日米軍基地経費をもっと払えと要求しているが、日本は反発もせず、「同盟強化」に頼り続けている。

 対照的に、トランプ大統領は対イスラエル援助の減額など一切口にしない。

 それでもイスラエルが、トランプ大統領の携帯電話を盗聴する理由は何か。恐らく、トランプ大統領の行動が予測不可能で、不安があるためだろう。トランプ大統領はイランのハッサン・ロウハニ大統領との首脳会談を開催するのかどうか。対イラン攻撃をするのか。イスラエルはトランプ大統領の本音を探る必要性にかられているのだろう。

外部の「親密な友人」らに本音漏らす

 だから、トランプ大統領が親しい友だちと本音で話す会話の盗聴が狙い、とみていい。その相手には、投資ファンド「ブラックストーン・グループ」のスティーブン・シュワルツマン会長(72)、カジノの元オーナー、スティーブ・ウィン氏(77)、トークショーのホスト、ショーン・ハニティ氏(57)、元ニューヨーク市長のルディ・ジュリアーニ弁護士(75)らがいる。

 トランプ大統領は米政府高官より、むしろこれら外部の親しい古い友人からの助言を重視するきらいがあり、その際、自分の本音を語り、政府の機密情報を漏らす可能性は十分ある。

 昨年10月24日付の『ニューヨーク・タイムズ』によると、中国もこれら著名人に注目。清華大学の修士課程に資金を寄付したシュワルツマン氏やかつてマカオのカジノのオーナーだったウィン氏ら親しい友人をリストアップしている。中国は、彼らから情報を得るスパイ活動とこれらの人物を通じて間接的に大統領に働きかける秘密のロビー活動を結び付けている、と同紙は伝えている。

米情報機関が協力して分析

 『ニューヨーク・タイムズ』報道は中露による盗聴の証拠を示してはいなかった。だが、『ポリティコ』の報道によると、IMSIキャッチャーをめぐってNPPDが連邦捜査局(FBI)が、サイバーセキュリティも担当するNSA、米中央情報局(CIA)などの情報機関と協力、傍聴装置の部品などを鑑識して分析し、部品の生産地からみて、イスラエル情報機関「モサド」の仕業との結論を出したようだ。

 前述した通り、クリストファー・クレブス国土安全保障省次官が昨年5月22日付でロン・ワイデン上院議員(民主党、オレゴン州選出)に宛てた書簡でも、「NPPDが2017年1~11月に首都ワシントンでセンサーによるIMSIキャッチャーの調査を行った際、ホワイトハウス近くで異常な動きを検知し、他の政府機関にも通報した」ことを明らかにしている。

 イスラエルの工作であることはほぼ確実で、過去の米政権だと少なくとも「外交申し入れ書(ディマーシュ)」や「外交的非難」を通告したはずだが、トランプ政権はまったく何の対応もしていない。

 イスラエルのトランプ盗聴作戦でどんな成果を挙げたか、は明らかではない。しかし、米政府高官は、外交折衝でイスラエル側がオープンソースで得られないような米政府の内部情報を口にすることがしばしばあると証言しているという。

春名幹男
1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。