江戸前鮓とワインが繋げる「日墺」国交樹立150周年

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 見渡す限りワイン、ワイン、ワインの文字通りクラクラする光景が広がっていたのは、7月1日のシャングリ・ラ ホテル 東京。オーストリアから選りすぐりのワインが集結し、来場者がインポーターや生産者の力説に耳を傾けながら次々に口に運んでいく。

 オーストリア大使館商務部とオーストリアワインマーケティング協会が主催する恒例の試飲会だが、今年は日本とオーストリアの国交樹立150周年だけに、これまでにない熱の入りようだ。

「約100のワイナリーから400以上のアイテムが集まり、過去最大規模です」

 そう話すのは、大使館商務部の松本典子上席商務官。

「日本の国別ワイン輸入量のトップはチリで、これにフランス、イタリア、スペインが続き、オーストリアは14位。ドイツ向け輸出が2000年比で3倍、アメリカが9倍、イギリスが15倍と飛躍的に伸びている一方、日本の動きは鈍い。でも、ここ10年で約2倍になりました。少しずつ認知されてきたかなという感触はあります」

 ワインと言えばフランスのボルドー、ブルゴーニュというイメージが根強い日本では、消費者の好みが特定の産地や銘柄に限定される傾向があり、浸透するまでに時間がかかるという。それでもオーストリアワインがじわじわと広まっている背景には、確かな品質と地道な普及活動がある。

オーガニックの割合は世界一

 オーストリアでは2000年前からワインづくりが行われてきたと言われる。生産地はハンガリーと接する東部に集中し、耕作面積は4.5万ヘクタール、年間生産量は275万ヘクトリットルと小規模だが、家族経営の小さなワイナリーが多く、細部にまで目の行き届いた丁寧なワインづくりが行われている。 

 とりわけ定評があるのがオーガニック。

 松本上席商務官によれば、

「オーストリアは農地全体の21%が有機耕作というオーガニック先進国です。ワインづくりでも全ブドウ畑の13%が有機耕作と、割合では世界一。さらに『サステイナブル』という環境への配慮や高い社会規範が求められる公的認証を得ているものは、70%に上ります。オーストリアではオーガニックで美味しいのは当たり前で、それ以上の企業努力が求められる」

 オーガニックに由来するのか、どのワインもすっと体に入ってくる心地よさを覚える。

和食を引き立てるミネラルと繊細な酸

 試飲会会場の隣で、「和食の味わいを引き立てるオーストリアワインの魅力」という目を引くセミナーが行われていた。

 講師を務めるのは、「銀座 壮石」という鮓店の代表を務める岡田壮右氏。「オーストリアワイン大使」という見慣れない肩書もついている。

 これは大使館商務部とマーケティング協会が日本だけで行っている取り組みで、コンテストでブラインド・テイスティング(出されたワインの産地や品種、製造年を当てる)や口頭試問を突破した上位20名が大使に任命される。2008年から過去3回コンテストが行われ、現在は約60名の大使が普及活動を行っているという。

 岡田氏は2014年組の1人だ。大正10年から続く「築地 寿司岩」の創業者の孫にあたり、2010年に今の店を開業。昨年はワイン本も上梓している。

「すし業界は今、リーズナブルな回転すしと高級なお店とに二極化していますが、この日本の食文化を守っていくには中間層の方々にも本物のすしを知っていただきたいということで、店をオープンしました。その時に新しいアプローチとして取り入れたのが、オーストリアワイン」

 と、岡田氏。

「早握り、昆布〆や湯引きなどの“仕事”、江戸前(東京湾)のネタという3つが江戸前鮓の定義ですが、それは要するに季節の食材の本来の風味を大切にしつつギリギリまでネタのうまみを引き出し、産地の味わいを尊重するということ。その点、オーストリアワインには、魚介に合う豊かなミネラル、シャリを引き立てる繊細な酸、バランスの良い味わいがあり、江戸前鮓や和食全般と一緒に召し上がっていただくことで両方が引き立ちます」

19世紀のレシピでつくった白ワイン

 では、どんなワインとどんなネタが合うのだろうか。セミナーでは5種の白と、3種の赤が紹介された。

 たとえば、刺身の盛り合わせには、ウィーンの生産者「ヴィーニンガー」の「ゲミシュター・サッツ」という銘柄(冒頭の写真参照)。ゲミシュター・サッツは多様な品種のブドウを同じ畑で育て、1度に収穫して醸造する「混植混醸」のワインのことで、ブドウの品種よりも土地の特性を表す。

「お刺身はトロ、白身、貝類などが盛り合わせで出ますが、ゲミシュター・サッツはいろいろな品種のブドウが一緒に仕込まれているので、トロのようなしつこいものにも淡泊な鯛にも全般的にうまく合います」

 続いて、「ツィアファンドラー」という地場品種を使った白ワインとウニ、有名なオーガニックワイン生産者「ニコライホーフ」による白ワインと甲殻類のペアリングが解説された後、一風変わった白ワインが登場した。12世紀から続くワイナリーが19世紀のレシピでつくったものだという。

「ここのワイナリーはもともと修道院の持ち物だったのですが、今の生産者が60年契約で借りてワインづくりを引き継いでいます。そこで見つかった19世紀の古文書の通りにつくったのがこのワイン。グリューナー・ヴェルトリーナーというオーストリアで最もポピュラーな白の地場品種を使っていますが、一般的なグリューナー・ヴェルトリーナーよりも厚みがあり、普通なら生臭みの出てしまう光物にもうまく寄り添います」

 王道のマグロには、最も上質と言われる赤の地場品種「ブラウフレンキッシュ」がおススメだという。

「口の中で広がるきれいなミネラル感があり、タンニンの抽出が柔らかい。このきれいな感じはマグロに非常によく合います。マグロも赤身、中トロ、大トロと脂の量が変わってきますが、脂が濃くなるにつれ、ブラウフレンキッシュもいくつかの畑を混ぜているタイプから単一畑のものへと変えていくと、うまくいく」

 セミナーで紹介されたのは、「サムト&サイド」(ビロードと絹という意味。冒頭の写真参照)という銘柄。その名の通りなめらかな口当たりだ。

大使も絶賛「パーフェクトなハーモニー」

 翌7月2日にも在日オーストリア大使館でワイン関連のレセプションが行われ、前日に続き関係者が集結。フーベルト・ハイッス大使がこんな挨拶を行った。

「2019年は日本とオーストリアにとって大変特別な年です。150年前の1869年に国交が樹立されました。1869年は明治2年。2019年は令和元年。『令和』は美しいハーモニーという意味ですが、パーフェクトなハーモニーといえば、オーストリアのワインと日本の食事以上のものはないと思います!」

 会場では「銀座 壮石」の鮓とオーストリアワインが振舞われ、「パーフェクトなハーモニー」は大盛況(冒頭の写真。やはり百聞は一見に如かず、である。

 実は江戸前鮓とオーストリアワインという新しい組み合わせが功を奏し、7月8日に2店舗目となる「銀座 壮石 新」を新富町にオープンした岡田氏。

「『壮石』の方はオーストリアワインがメインですが、『新』は私を含めた4人が月替わりのコースメニューに合わせてペアリングを提案しています」

 後日訪れ、5000円のコース(写真参照)と3000円のマリアージュセットを頼んでみた。4品の料理にポルトガルの白、オーストリアの白、スペインのオレンジ、イタリアの赤を合わせる。

 オーストリアの銘柄はグリューナー・ヴェルトリーナーを使った「グリーン・ペップ」。柑橘系の綺麗な酸とミネラルが平目にとてもよく合う。

 先の松本上席商務官が言う。

「皆さんオーストリアワインを飲むと美味しいと言ってくださるのですが、やはり触れる機会がまだまだ少ない。レストランにボトルで置いていただいても、グラスで出していなければ、ソムリエさんが勧めない限り選ばれません。なかなか芽が出ないのは分かっているので、試飲会などの機会で知っていただいて、10年、20年単位で地道に普及活動を続けていきます」

 日本とオーストリアを繋ぐ「鮓とワイン」。その実力、お試しあれ。

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Foresight 2019年8月3日掲載

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