アフリカ「19カ国」で展開ロシアの「秘密軍事工作」

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 アフリカにおける中国のプレゼンス拡大が日本で広く知られるようになったのは、恐らく過去10年ほどのことだろう。

 しかし、アフリカに深く関わっていた一部の日本人は、アフリカにおける中国のプレゼンス拡大を1990年代の終わりごろから少しずつ認識し始めていたと思う。当時、アフリカ各地で目にする機会の増えた中国人の姿や中華料理店は、今から思えばアフリカ開発の主役の座に中国が躍り出る時代の到来を告げていた。

 それからおよそ20年。アフリカで今、静かにプレゼンスを拡大させているのがロシアである。その動向が日本のメディアで伝えられる機会はほとんどないが、米国の軍や議会はアフリカにおけるロシアの動きに強い関心を示し、欧米では、この問題に関する質の高い報道が存在する。

 中国のアフリカ進出の中心が直接投資やインフラ建設に象徴される「経済」であるのに対し、現在のロシアのアフリカ進出の柱は「軍事」である。それも、ロシアの正規軍を前面に押し出すのではなく、「民間軍事会社」や「SNS」などを使った秘密工作によって、アフリカ諸国の政権中枢に食い込む手法が用いられている。以下、グローバルプレイヤーとしての復権を目指しているとみられるロシアの対アフリカ政策の一端を素描してみよう。

英紙が報じた機密文書

 英国の高級紙『ガーディアン』は6月11~13日の電子版で、アフリカにおけるロシアのプレゼンス拡大についての特集記事を配信した。記事では、同紙が入手したとされるロシアの対アフリカ政策の詳細を記した機密文書の内容が暴露されている。文書の作成部署は不明だが、ウラジーミル・プーチン政権が少なくともアフリカの13カ国で積極的なプレゼンス拡大を図っている実態が詳報されている。(https://www.theguardian.com/world/series/russia-in-africa

 プーチン政権のアフリカ進出が本格化し始めたのは2016年ごろからだが、東西冷戦時代にまで遡れば、ソ連はアフリカの社会主義政権や植民地解放勢力との間で強固な政治的、経済的、軍事的な関係を構築していた。

 アンゴラ内戦(1975~2002年)では現政権を支援し、エチオピアではメンギスツ・ハイレ・マリアム政権(1974~1991年)の後ろ盾であった。1991年まで白人によるアパルトヘイト(人種隔離)政策が続いた南アフリカでは、現政権の母体である黒人解放組織「アフリカ民族会議(ANC)」を支援し、南ア白人政権が不法占拠していたナミビアでは、現政権の「南西アフリカ人民機構(SWAPO)」の解放闘争を支援した。これ以外にも、ジンバブエ、アルジェリア、ベナン、コンゴ共和国など社会主義体制を経験した国はアフリカに数多くあり、その後ろ盾は当然ながらソ連であった。

 冷戦終結とソ連の崩壊によって、アフリカ諸国に対する経済的、軍事的支援は1990年代初頭に途絶えた。しかし、このような歴史的経緯ゆえに、アフリカ諸国の政治エリートとロシアの間には、我々の想像以上に太くて長い人的交流が存在している。

 筆者の個人的な経験の範囲でも、旧宗主国言語のポルトガル語を公用語とするアンゴラを訪れた際に、ロシア語の堪能な年配のアンゴラ政府関係者に何人か出会った。彼らの多くは、30年以上前にソ連へ留学した経験のある人々であった。

 だが、現在のロシアは、冷戦時代からの歴史的紐帯を持つアフリカ諸国ばかりを相手にしているわけではない。プーチン政権は、これまでほとんど縁のなかった国々に対しても戦略的にアプローチし、政権の中枢に深く刺さり込んでいる場合もある。 

中央アフリカへの軍事関与

 アフリカにおけるロシアのプレゼンス拡大の象徴として注目を浴びているのは、中央アフリカ共和国である。同国は1960年にフランスから独立して以降、独裁者による統治、内戦、軍事クーデターの発生など常に政情が混乱してきた。

 ブリュッセルに本部を置く「インターナショナル・クライシス・グループ」は2007年の報告書で、同国を「Phantom State」(幻影国家)と呼んだ。世界地図を見ると、「中央アフリカ共和国」という国家は確かに存在しているのだが、その国土を覗いてみると、政府機構は機能しておらず、事実上存在していないのに等しい。国民の間に一体感はなく、徴税システムが機能していないので、国庫は空に近い。世界はそこに「中央アフリカ共和国」という幻影を見ているに過ぎない、という意味だ。

 中央アフリカでは2013年、イスラーム系反政府勢力連合「セレカ」の首都バンギへの侵攻によってフランソワ・ボジゼ政権が崩壊し、全土が内戦状態となった。2013年12月に採択された国連安全保障理事会決議に基づき、旧宗主国フランスが1600人を派兵する「サンガリス作戦」を展開したが、人員も装備も不十分なこの作戦では、首都とその近郊の治安が回復しただけであった。

 国民間の和解プロセスを経て、2016年3月にはフォースタン=アルシャンジュ・トゥアデラ大統領が就任したものの、新政権の実効支配は首都とその周辺にしか及ばない状態が続いた。同年10月のフランス軍の撤収後は、いつ再び政権が打倒されてもおかしくない状況になった。

 そこに登場したのがロシアである。複数の報道を総合すると、ロシアの本格的な軍事関与が始まったのは2018年1月あたりからのようだ。自動小銃、機関銃、ロケットランチャーなどのロシア製兵器が中央アフリカ国軍に供与され、ロシアの軍士官5人と民間軍事企業「ワグナー(Wagner)社」の170人が軍事教官として国軍の指導を開始した。

 2018年8月21日にはロシア・中央アフリカ両政府間で正式な軍事協力協定が締結され、国軍に対する組織的な訓練が本格化した。ワグナー社の治安対策要員ら40人は、トゥアデラ大統領の身辺警備に従事している。2018年8月時点で、中央アフリカにはおよそ1200人のロシア人が駐留していると推定され、その多くがワグナー社の関係者とみられる。中央アフリカにはダイヤモンドと金の鉱床があり、同国政府はその採掘権をロシア企業などに売却することで、ワグナー社への支払いや武器購入代金を捻出しているという。

「プーチンのシェフ」と呼ばれる政商

 ワグナー社はウクライナ、シリアへも派遣されたことで知られる民間軍事企業で、ロシア軍の特殊部隊出身者が創設した。クレムリンでのケータリング事業を任されていることから「プーチンのシェフ」と呼ばれている政商イェフゲニー・プリゴジン氏が出資者であると言われているが、実態には不明な点が多い。中央アフリカでワグナー社を取材していたロシア人ジャーナリスト3人が2018年7月末、取材中に何者かに殺害される事件があった際には、ワグナー社の事件への関与が疑われた。

 中央アフリカに対するロシアの食い込みは、崩壊国家にコミットする外部アクター(国連、欧米の大国など)の不在の隙を突く形で行われたといえるだろう。

 これと似たような動きがみられるのが、2011年のムアンマル・カダフィ政権崩壊後、内戦で国土が四分五裂状態になっているリビアだ。ロシアは、欧米が承認した首都トリポリの政府と対峙する「リビア国民軍」の指導者ハリファ・ハフタル将軍を支持し、同将軍は2018年11月、モスクワを訪れてロシアのセルゲイ・ショイグ国防相と会談している。その場にもプリゴジン氏が同席したと伝えられている。

19カ国と何らかの軍事協定

「ストックホルム国際平和研究所 (SIPRI)」の推定では、2013年から2017年までにロシアから海外に輸出された兵器の13%はアフリカ向けだったという。この中には、エジプト向けの戦闘機「Su-35」の20億ドル相当の購入契約が含まれている。

 プーチン政権は2019年10月、黒海沿岸の保養地ソチで、アフリカ各国の首脳を一堂に集めた初の会議を開催する予定だが、会議の共同議長は、本年の「アフリカ連合(AU)」議長であるエジプトのアブデルファタハ・シシ大統領が務める予定だ。ロシアとエジプトの関係強化を象徴する話である。

 米国議会の「図書館議会調査局(CRS)」が2018年12月に発行した調査報告書によると、2014年~2018 年末までの5年間に、ロシアはアフリカ19カ国との間に何らかの軍事協定を締結した。その中には、国際テロ組織「アルカーイダ」や「イスラーム国(IS)」の傘下組織によるテロの脅威が顕在化している西アフリカ・サヘル地帯の国々において、ロシアの軍事顧問団が各国政府軍を訓練している事例も含まれている。

 テロ対策訓練が実施されている国々は、ブルキナファソ、マリ、ニジェール、チャド、モーリタニアの5カ国であり、いずれも旧宗主国フランスの強い影響下にある国々だ。また、2001年の米同時多発テロ(9・11)後は、米国が軍事顧問を派遣して政府軍の対テロ戦闘能力を訓練してきた国々でもある。

 バラク・オバマ、ドナルド・トランプ両政権の下で、米国はアフリカに対する関与を縮小させてきた。ここでもまた、アフリカにおける米国や旧宗主国の存在の希薄化の隙を突いて影響力を拡大しているロシアの姿を確認することができる。

スーダンでも「SNS秘密工作」

 2019年4月にオマル・アル・バシル大統領の30年に及んだ独裁政治に終止符が打たれたスーダンの権力中枢にも、ロシアは食い込んでいる。バシル大統領は在任中の2017年11月にモスクワを訪れ、プーチン大統領との首脳会談でスーダンの紅海沿岸にロシア軍の基地を建設することについて協議したと伝えられている。

 本稿の最初の方で紹介した英紙『ガーディアン』の報道によると、ロシアの専門家集団が2018年、バシル政権下における政治経済改革案の作成を主導した。スーダンの首都ハルツームや国内各都市では2018年以降、バシル大統領の退陣を求める反政府デモが発生していたが、ロシアから派遣された専門家集団は、デモ隊が情報交換に利用しているSNSにフェイクニュースを大量に発信し、デモ隊を混乱させる戦略をバシル氏に提示した。

 この戦略は、デモ隊を「反イスラーム」「親イスラエル」「親LGBT」の勢力であるかのように宣伝し、こうした価値観に批判的な一般のスーダン国民のデモに対する支持を失わせる計画だったという。また、デモに外国人が参加しているとの情報を流して、デモに対する国民の反発を喚起することも計画されたという。

 バシル氏はロシアのこうした提案に消極的だった模様で、結局は自国の軍によって大統領の座から放逐されてしまった。その意味ではロシアの戦略は失敗に終わったが、注目すべきはSNSによるフェイクニュースの拡散という、その手法である。

 ここで読者の皆さんには、米国の「ロシア疑惑」を思い出してほしい。2016年の米大統領選にロシアが干渉した疑惑などを捜査してきた米国のロバート・モラー連邦特別検察官が2018年2月、ロシア国籍の13人とロシア関連の3団体を起訴したことは周知の通りである。この13人の中には、プーチン政権の対アフリカ秘密工作を担っているとされる「プーチンのシェフ」ことプリゴジン氏が含まれている。

 起訴状によると、2016年米大統領選ではプリゴジン氏が資金を投じ、トランプ氏を当選させるために、ヒラリー・クリントン候補の評価を落とすためのSNSを使ったフェイクニュースの制作と拡散を実行したとされる。

 米国の「ロシア疑惑」で用いられたのと同様のSNSを使った秘密工作が、プリゴジン氏を資金源とする専門家集団によって、スーダンでも企画されたと考えられる。つまりそれは、ロシアによるSNSを使った情報操作が、今後アフリカの他の国でも企画・実行される可能性を示唆している。

直接投資では中国の背中すら見えない

 現在のロシアは少子高齢化に直面し、天然ガス依存の経済は脆弱極まりない。2018年のロシアのGDP総額は日本のおよそ3分の1、中国のおよそ8分の1、米国の12分の1に過ぎず、通常の正規軍を前面に出したアフリカ展開では米国に対抗できるはずもなく、インフラ建設や直接投資を柱としたアフリカ進出では、中国の背中すら見えない。

 そこで編み出されたのが、民間軍事企業やSNSなどを用いた秘密工作型の関与手法ではないだろうか。本稿で事例を紹介した国々以外でも、ロシアの影が見え隠れしている国はアフリカに多数ある。米国の政権中枢にまで影響力を行使しようと企図するプーチン政権の強固な意志をみていると、アフリカでは今後、何らかの形でロシアの影響下におかれる政権が増えていくように思える。

白戸圭一
立命館大学国際関係学部教授。1970年生れ。立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了。毎日新聞社の外信部、政治部、ヨハネスブルク支局、北米総局(ワシントン)などで勤務した後、三井物産戦略研究所を経て2018年4月より現職。著書に『ルポ 資源大陸アフリカ』(東洋経済新報社、日本ジャーナリスト会議賞受賞)、『日本人のためのアフリカ入門』(ちくま新書)、『ボコ・ハラム イスラーム国を超えた「史上最悪」のテロ組織』(新潮社)など。京都大学アフリカ地域研究資料センター特任教授、三井物産戦略研究所客員研究員を兼任。

Foresight 2019年7月17日掲載

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