香港雨傘運動「女神」が語る「103万人デモ」の現場

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 6月9日、香港で湧き上がった逃亡犯条例改正案に反対するデモの巨大な人波。香港返還後、最大規模というその盛り上がりが、世界を驚かせた。2014年に行政長官の民主選挙を求めて学生が立ち上がった「雨傘運動」の「敗北」で、一時は無力感すら漂った香港の人々が、なぜ再び立ち上がる気力を取り戻したのか。

 逃亡犯条例は、犯罪者の引き渡しに関する各国との取り決めを定めたもので、今度の改正ではあらたに中国が適用対象になる。今年2月に香港政府から立法会(議会)に提案され、今年7月までの可決を目指す政府と、それに反対する市民との間で、攻防が続いている。

 この改正が実現すると、中国側にとって好ましくない人物というだけで、香港で拘束され、中国に引き渡される恐れが生じる。そのことから香港内外で懸念が高まっており、9日のデモは主催者発表で103万人という予想を大きく上回る動員となった。

 雨傘運動で「女神」と称された学生活動家で、政治組織「デモシスト(香港衆志)」の常務委員・周庭(アグネス・チョウ)さん(22)に、筆者はデモの前に香港でインタビューしていた。その後、彼女は10日に来日して日本記者クラブで会見を行った。会見内容もあわせて、なぜいま香港人が立ち上がって「ノー」を叫んでいるのかについて、周庭さんの言葉から考えてみたい。

 

――103万人とは香港の人口の7分の1に相当する規模です。1997年の返還後、最大のデモが、2003年の国家安全条例に反対した50万人規模のものでした。今回、その倍に達するほどの人がデモに参加したというのは、かなり予想外の反響の大きさです。

 香港で100万人の人が街頭デモに参加したのは1989年の天安門事件以来のことです。その意味では、歴史を作ったと言えると思います。

 でも、香港行政長官の林鄭月娥(キャリー・ラム)は、改正案を撤回しないと表明しました。とても失望しています。香港政府は腹立たしいことに民意を無視して法案を予定通り審議する考えです。民主的選挙で選ばれていない政府は、民意をゴミのように思っておりまったく尊重しようとしません。

 

――9日のデモに参加し、深夜便で日本に来たそうですね。デモの様子はいかがでしたか。

 初めてデモに参加した人がたくさんいました。3割から4割の人が初めて社会運動へ参加したという印象です。普段は政治に意見や関心を持っていない香港人も、逃亡犯条例の改正問題をきっかけに関心を持ち始めました。雨傘運動以来、社会運動に参加していなかったという人も集まっていました。改正案が通ったら表立って政府に反対できなくなるので、今回が最後のデモになるかもしれないという危機感から参加した人も多かったと思います。

 

――逃亡犯条例の改正で何が変わるのでしょう。

 香港では現在、犯罪者を中国に引き渡すことはできませんが、改正案が可決されれば、香港の行政長官の同意のもと、香港人や香港にいる外国人が、中国に連れて行かれて、収監されるのです。逃亡犯条例の改正は香港返還以来、最も危険な法案だと思います。

 

――どうして危険なのでしょうか。

 中国は法治社会ではなく、三権分立も司法の独立もなく、透明で公平な裁判はありません。逮捕されると拷問や虐待の恐れもあります。収監中は家族や弁護士にも会えません。中国の司法は共産党政権の政治的道具だと言っても過言ではありません。香港の記者、ビジネスマン、学者などで中国政府の好まない人を大陸に引き渡せることになります。日本で中国の人権活動家や反体制派に会っている日本の記者さんも危険ですよ。

 

――立法会での審議はどのようなスケジュールで進むのですか。

 6月12日から審議が始まります。香港政府は7月の可決を目指しているようです。しかし、香港の法曹団体も反対しています。香港政府は人権に配慮すると述べていますが、香港人は納得できません。この逃亡犯条例の改正で、香港政府はより露骨に政府や中国への反対意見を消し去ることができて、香港は完全に中国の一部になってしまうのです。

 香港政府は政治犯を引き渡さないと述べていますが、中国は汚職などの経済事件を作り上げて犯罪者に仕立てるのが上手です。弾圧のためなら何でもできる政権、それが共産党政権です。中国政府は簡単には諦めないでしょう。

 でも、私たち香港人もそんなに簡単には諦めない。民主派の議員が立法会で抵抗するだけではなく、香港市民も抵抗し続けると思います。

 

――2015年に中国政府に批判的な書籍を扱う香港の書店経営者らが中国に連れて行かれ、拘束される事件がありましたね。

 あのような事件が合法化されることになります。

 香港政府はもともと、台湾で起きた香港人による殺人事件(香港人の男性が交際相手の女性を殺害し、香港へ帰国。香港と台湾には容疑者の引き渡しに関する取り決めがないため、男性は香港にとどまっている)を解決するために逃亡犯条例を改正すると言っていました。しかし台湾政府は、香港で改正案が可決されても、香港にいる台湾人が大陸に引き渡される可能性が排除されない限り、犯人の引き渡しには同意しないと発表している。それなのに、強引に改正案を通そうとしています。台湾での殺人事件は口実であることが証明されているのです。

 逃亡犯条例の裏には政治的な意図があると思います。だから、たくさんの香港人がこの改正案に強く反対しているのです。香港の法律界、ビジネス界も反対の声をあげています。

 

――国際社会でも懸念の声が強まっていますが、日本の動きはあまり見えてきませんね。

 国際社会の反対の声も未曾有の規模です。英国、カナダ政府が異例の共同声明を発表し、改正案が香港の自由を損ねると批判しました。欧州連合(EU)も行政長官に申し入れを行って懸念を伝えました。EUの申し入れは返還後初めてです。米国政府も米国商工会議所もステートメントを出しました。

 日本も無関係ではありません。香港には、在留日本人、ビジネスマン、記者、観光客などたくさんの日本人が滞在しています。香港にくる日本人の身の安全にも影響を及ぼします。なぜたくさんの外国企業が香港にいるのか。それは香港が誇る法治と自由があり、国際金融都市として信頼されているからです。

 香港政府に撤回するよう圧力をかける必要があります。日本は民主国家で自由と法律を大切にする国だと信じています。日本は近年中国から軍事的圧力を受けていますが、香港は中国から人権面での弾圧を受けています。日本政府はもっと香港で起きていることに注目し、警戒していただきたいと思います。

 香港は私たちの家です。香港人は自分の家を守るために一生懸命抵抗しています。それは私たち自身のためだけではなく、外国人のみなさんのためでもあります。

 

――香港は一国二制度で高度な自治が保証されていると言われていますが、最近は不安視する声が高まっていますね。

 香港基本法には「一国二制度」と書いてありますが、香港はもう「1.5制度」になっていて、この改正案で私たちが大切にしている一国二制度と高度の自治は破壊されるでしょう。50年間、香港の制度は変わらないと中国は約束しましたが、約束が守られていないのは全世界が見てきていると思います。

 私が所属するデモシストは香港の独立を求める組織ではありません。2016年から今まで民主自決というものを求めています。民主主義というのも私たちにとって大切です。香港人は本当の民主主義を持ったことは1度もない。でも香港人は民主に憧れ、民主への意識は高い。その証明がこのデモだったと思います。

野嶋剛
1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、「台湾とは何か」(ちくま新書)。訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。最新刊は「タイワニーズ 故郷喪失者の物語」(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com。

Foresight 2019年6月11日掲載

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