「いきなり!ステーキ」はラーメン「幸楽苑」の救世主 なりふり構わぬ奇策が大当たり

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他社とFC契約を結ぶ荒技

 ところが16年9月、静岡市内の店舗で、ラーメンにチャーシュースライサーで誤って切断した従業員の左手の親指の先端部分が混入していたことが発覚する。これで一気に客が離れた。第3の危機だ。

「更に経済マインドの変化にも苦しめられます。12年に第2次安倍政権が発足すると、単に安いだけでは消費者が満足しなくなりました。材料費や人件費の高騰も加わり、幸楽苑は異物混入のマイナスイメージを払拭する機会を失います。18年5月には赤字転落を発表、純損失は約32億円で、役員報酬の減額などを実施するまでに追い詰められました」(同・経済担当記者)

 フードサービス・ジャーナリストの千葉哲幸氏は、幸楽苑のドミナント戦略、つまり「一定地域への集中出店」に問題があったと指摘する。

「幸楽苑の基本戦略は、『街の中華料理屋の半額、300円台のラーメンと100円台の餃子で、圧倒的なシェアを獲得する』でした。これ自体は正しい方針だと思います。しかし少子高齢化に伴い、日本経済は消費者と働き手が同時に減少しています。顧客が減っているにもかかわらず、1つの地域に集中出店するというのは、やはりリスクのほうが大きかった。狭いエリアに2店舗、3店舗と積極進出したところで、幸楽苑同士が客を食い合って終わってしまったのです」

 こうなると、不採算店舗の整理が経営の常道だ。もちろん幸楽苑も実行した。だが、空き店舗を単に潰すだけでなく利活用を図った。その方法が極めて独特だったのだ。

 17年10月、ペッパーフードサービスが「幸楽苑とフランチャイズ契約を締結」と発表し、外食業界は驚愕した。幸楽苑の不採算店舗を「いきなり!ステーキ」にする計画が明るみになったのだ。

「19年3月末現在、幸楽苑は『いきなり!ステーキ』を16店舗経営しています。この結果、18年3月期に赤字だった業績が大きく回復しています。もちろん『いきステ』の人気も寄与しましたが、注目すべきは自社店舗が競合することがなくなり、幸楽苑の既存店客数も大幅に増加したことです。例えば静岡県の店舗を『いきステ』に変えたところ、3キロ離れた幸楽苑の客数が前年比で38%増加したそうです」(前出・千葉氏)

 さらに18年12月、幸楽苑は「焼肉ライク」ともフランチャイズ契約を締結したと発表した。「焼肉ライク」は「いきステ」ほどの知名度はないが、やはり低価格の“1人焼肉チェーン店”として注目を集めており、「いきステ」のライバルと目されている。

 これがどれだけ珍しいことかは誰でも分かる。先に紹介した日経MJの表を例に取るならば、2月の売上が不振だったモスフードサービスが不採算店舗を整理する際、業績が好調なスシローと元気寿司に業態を切り替えてしまうようなものだからだ。

 ある意味では掟破りとも言える経営戦略について、前出の千葉氏は「新井田昇社長が、社内に向けてメッセージを発したという側面もあるのではないでしょうか」と分析する。

「少子高齢化で、自社だけで成長戦略を描きにくい時代なのは事実です。新井田社長が『いきなり!ステーキ』だけでなく『焼肉ライク』ともFC契約を結んだ“剛腕”も評価すべきでしょう」

 確かに、ライバル関係にある2社と“二股”をかけてしまったようなものだ。とんでもない“奇策”だ。凡庸な経営者では無理だろう。

「その上で、幸楽苑社内での“教育効果”を狙っているのではないでしょうか。社員に『人気の“いきステ”を見習え』と単に呼びかけるだけでは、なかなか組織というものは変革しないものです。ところが、“いきステ”のFCを自社で請け負えば、話は別です。具体的な数字を社員に見せることができます。『“いきステ”はこれだけ儲かっている。幸楽苑も負けないように頑張れ』と発破をかければ、社員も奮起せざるを得ません。そんな効果も、新井田社長は計算しておられると思います」(同・千葉氏)

 批判的な向きは「そうはいっても、他人の褌で相撲を取っているのは事実」と考えるかもしれない。幸楽苑は「自社単独の成長を諦めた」可能性があるのだろうか?

「幸楽苑は更なる成長を成し遂げる潜在能力が充分にあると考えます。外食業界では現在、ロードサイド店舗に大きな注目が集まっています。例えば居酒屋チェーンの『串カツ田中』は3月、前橋市内に初となるロードサイド店をオープンさせました。交通量の多い国道や県道沿いの店は、居酒屋であってもファミリー層の来客が見込めるため、客数と客単価の上昇が狙えるのです。そして幸楽苑が、ロードサイド店に関する豊富なノウハウを持っているのは、自他共に認めるところでしょう。ラーメン、ステーキ、焼肉の3本柱で、更に業績を伸ばしていくのではないでしょうか」(同・千葉氏)

 幸楽苑は今後の経営方針に「売上ではなく利益を重視する経営」と掲げる。5月から令和が始まり、11月に第2四半期決算短信や中間報告書が発表される。果たして、どんな数字が記載されているのだろうか?

週刊新潮WEB取材班

2019年4月15日掲載

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