「ルール」とは「誰の」「何の」ためかプロゴルファーは考えよ

国際Foresight 2018年7月17日掲載

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 古(いにしえ)のゴルファーは、どんなふうにゴルフというゲームをプレーしていたのか? 世界中に諸説はあるが、かつてUSGA(全米ゴルフ協会)のライブラリーを訪ね、いくつか文献を広げてみたら、そこには興味深い記述がたくさんあった。

 その昔、ティグラウンドというものが、まだ存在しなかった時代。ゴルファーたちは、あるホールのグリーンでボールをカップに沈めると、そのたびに1本のクラブをパタンと倒し、「よし、次はあっちだ!」という具合に進行方向を決めていたそうだ。

 だが、そういう時代であっても、いやいや、どんな時代にも、「あるがままのボールを打つ」というゴルフのスピリッツは普遍であり、そのためにゴルファーは、ときとして身の危険に晒された。

 切り立った崖の下にボールが落ちていってしまったら、彼らは必死で崖下へ降り、何時間かかってでもボールを探し、ようやく発見したら、断崖絶壁の下から地上へ打ち上げようと試みては失敗し、文字通り、果てしない努力を続けていたらしい。

 グリーン上でも、しばしば困難に直面した。自分のボールとカップを結ぶライン上に別のゴルファーのボールがあったらどうしていたか。現代のゴルフなら、邪魔になるボールをマークしてピックアップしてもらい、さらにマーカーの位置までずらしてもらうことができる。

 だが、どんなときも「あるがまま」のボールを打っていた昔々は、たとえ誰かのボールがあろうとも、やっぱり「あるがまま」の状態でパットしていた。

 自分のボールを小さく跳ね上げてホップさせ、邪魔になるボールをまるで手品のように飛び越え、それから転がすという信じられないような高度なワザを古のゴルファーたちは競い合っていた。

 逆に言えば、そこまでしても「あるがまま」のボールを打とうとするのがゴルファーであり、ゴルフとは、そういうゲームだった。

 しかし、それではあまりにも難しく、あまりにも時間がかかり、そして時には、あまりにも危険ゆえ、そういう観点からゴルファーを守り、便宜を図るためにゴルフルールが定められ、そのルールは時代とともに改善・改良されて現在に至っている。

 ゴルフルールはゴルファーを罰するためではなく救済するためのものと言われるのは、そういう背景があるからだ。

「デシャンボー」の言い分

 昨今のゴルフ界では、ルールにまつわる珍事が頻発している。

 米国人の期待の若手、24歳のブライソン・デシャンボーと言えば、同一レングスのクラブを駆使するユニークな選手。物理化学の見地から、それが最も効率よくプレーできるのだと彼は信じており、実際、同じ長さのアイアンできっちり距離を打ち分けながら、デシャンボーはすでに今季1勝、米ツアー通算2勝を挙げている。

 ルールに抵触しない範囲内であれば、何を使おうと自由である。だが、最近のデシャンボーは、手にしていたパターがルール不適合と指摘され、サイドサドル式に似たパッティング・ストロークがルール違反に問われ、さらには「トラベラーズ選手権」3日目(6月23日)のラウンドの真っ只中でコンパスを取り出して使用し、「プレーを補助する道具の使用でルール違反になるのでは?」と指摘されて、またまた大騒動になった。

 そのときデシャンボーは、すでにパターとストローク方法はルールに適合するものへ変えていた。が、コンパスは「ピン位置を正しく知るため。ずっと(ほぼ2年間)使っている。僕の成績が向上した途端に指摘されるって、おかしいよね」と言ってのけた。

 この一件、米ツアーはその場で結論を保留し、USGAにお伺いを立てた。そして後日、USGAは「ピン位置を知るためのコンパス使用はルール違反」と結論づけた。

「クイッケンローンズ・ナショナル」の最終日(7月1日)には、米国人選手のジョエル・ダーメンが同組で回っていた韓国人選手のサン・カンのドロップ処置に物言いを付け、2人はその場で言い合いになった。

 ティショットを大きく左に曲げたカンのボールの行方を誰もきっちりと目撃しておらず、ドロップ処置の方法を巡ってカン本人とダーメンの主張が異なったことが言い合いになった原因だった。2人は後続組をパスさせるほど長時間に渡ってバトルを繰り広げたが、米ツアーのルール委員は最終的にはカンの主張を優先する裁定を下した。

 だが、納得がいかなかったダーメンはアテスト後、「サン・カンはズルをした」とツイッターで発信。すると「オレも見た。カンのドロップ処置はおかしい」と現場近くで働いていたというボランティアがダーメンの主張を全面的にサポートするツイートで援護射撃を行い、事態はさらに悪化。

 しかし、米ツアーはルール委員の裁定が正しかったこと、それを覆すことはないことをきっぱり断言。ようやく、この論争は鎮静化した。

賞賛と揶揄のミケルソン

 この2つの出来事の直前には、「全米オープン」(6月14~17日)におけるフィル・ミケルソンによる前代未聞の珍事があった。

 大会3日目に、すっかり干上がった開催コース「シネコックヒルズ」のグリーンに業を煮やしたミケルソンが、13番グリーン上でまだ動いているボールをパターで打ち返し、「右往左往するより(打ち返して)、あえて2罰打を受けることを選んだ」とルールの活用を主張。

 ミケルソンに対する批判の嵐が巻き起こったことは言うまでもなく、ナイスガイで知られる国民的スターのミケルソンが、そんな行為に及んだことに大勢のファンや関係者がショックを受けた。

 ミケルソンは2日後、「あれは胸を張れる瞬間ではなかった」と謝罪の言葉を一部のメディアに送り、この一件はとりあえず、それで終わりになった。

 そしてミケルソンは、次に臨んだ「ミリタリー・トリビュート・アット・グリーンブライア」の最終日(7月8日)に、またしても2罰打を受ける珍事を起こした。

 7番(パー4)のティグラウンドでティアップしたボールの前方に長く伸びていた草が気になったミケルソンは、ティグラウンドの先まで歩み出て、その草を踏みつけ、それからティショットを打ち、セカンド地点へ向かっって歩き出した。

 だが、草を踏みつけた自分の行為がルールに抵触するのではないかと思い始め、ルール委員を呼んで自己申告。

 ルール委員は「ライン上(線上)の改善」に該当するため、ルール違反であると裁定を下し、ミケルソンは自身に2罰打を科した。そして、ルール委員から「ティアップしたボールの線上にあった草を踏みつけたとしても、ティアップごとボールの位置を横にずらしてからショットすれば、“線上”ではなくなるため、ルール違反にはならなかった」と説明されたミケルソンは、なるほどと頷いていた。

 正直に自己申告したミケルソンを賞賛する人々が多かった一方で、「ルールを知らなかったがゆえに無意味な2ペナを受けただけだ」と揶揄する声も上がり、なんとなく後味の悪さが残った。

子供たちの視線

 日本で起こった片山晋呉のプロアマの一件は、ゴルフルールの違反ではもちろんないが、マナーやエチケット、プロ意識、そして感謝の心を問われた出来事で、これまた昨今のゴルフ界における珍事の1つだった。

 さまざまな苦難を忍耐とネバーギブアップの精神で乗り越えながら己と戦うゴルフは、しばしば人生に喩えられる。

 だからこそプロゴルファーは、いつなんどきもルールを守り、マナーやエチケットにおいても手本となるべき存在であってほしい。古のゴルファーたちが命がけで守った「あるがままのボールを打つ」というゴルフの精神を最大限に尊重し、人々が憧れを抱くような言動を取ってほしい。その言動のすべてが、未来を担う子供たちの視線の先にあることを忘れないでほしい。

 自分自身の利益より、ゴルフの精神をリスペクト。そういう姿勢が感じられたとき、人々はプロゴルファーやプロゴルフそのものに共鳴し、共感し、そしてファンになる。

 そういう姿勢が感じられない限り、ゴルフ界は低迷の一途を辿るばかり。それは、日本のみならず、アメリカにも、そして世界のどこにおいても言えることだ。

舩越園子
在米ゴルフジャーナリスト。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。

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