巨大な無秩序だったスターリンの「5カ年計画」

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 ヨシフ・スターリンは、1928年に第1次5カ年計画を開始した。これは、重工業重視の産業化政策だ。消費財生産を犠牲にして、生産財中心の生産が行われた。

 計画目標は、全工業生産高について250%増、重工業は330%増という、途方もないものであった。この計画によって、1932年までにソ連を先進資本主義諸国と並ぶ工業国にすることが目標とされた。

 これは、国家計画委員会(ゴスプラン)を中心とした計画経済だ。すべての企業が再び国有化され、企業の活動は、中央からの詳細な指令によって行われることとなった。

 第1次5カ年計画の重要事業として、「ドニェプロストロイ」と呼ばれた、ドニェプル川流域の大ダムと水力発電所の建設がある。ウラジーミル・レーニンが言った「共産主義とは、ソビエトの権力+全国土の電化である」という有名な言葉を実現するための、壮大なプロジェクトだ。

 これによって生み出された電力は、ドンバス炭鉱、およびザポロージェとドニェプロペトロフスクという新工業都市に供給された。これらの都市の工場は1934年に全面稼働した。なかでも自動車工業の発展が注目を集めた。軍事産業も重視され、航空機と戦車生産が秘密裏に進められた。

 1933年からは、第2次5カ年計画が開始され、1937年まで実施された。1930年代末までに、鉄鋼、工作機械、そして、トラクターや自動車から戦車や航空機まで、基本的な工業製品は、すべてソ連の資源のみで生産できるようになった。

 1930年代のソ連が発表した国内総生産(GDP)の年成長率は、16%から20%だったが、これはあまり正確な数字ではないと、マーティン・メイリアは『ソヴィエトの悲劇』(草思社)で言う。メイリアによると、戦後にソ連研究者が計算したところでは、1929年から1940年までの工業の年成長率は12%から14%であった。この数字はソ連の公式発表よりは低いが、それでも歴史上稀に見る経済実績だ。この数字は、その後、多くの書物や資料で引用されることになる。

 1930年代に、アメリカやイギリスなどの資本主義国は、恐慌のただ中にあった。しかし、世界経済から孤立していたソ連は、それに巻き込まれることがなく、驚異的なペースの工業化と高い経済成長率を達成したのだ。このため、ソ連は欧米の知識人から理想国家と見なされた。

計画経済は、闇市場なしには機能しなかった

 しかし、メイリアによると、スターリンの計画経済の実態は、異常なものだった。

 これは、戦時共産主義とは異なる経済体制だった。戦時共産主義下では、計画も通貨もなかった。しかし、スターリン体制下では、計画と通貨が存在した。

 スターリン体制下では、事実上の市場が存在していた。第1は合法的なコルホーズ、第2は非合法の闇市場だ。闇市場での取引は、通貨で行われることもあれば、政治的情実で品物が与えられることもあった。メイリアは、つぎのように言う。

「合法的計画経済は、闇の部分なしには機能できなかった。工場管理者も一般の消費者も、たんに生き延びるためにそれを必要とした。経済的エネルギーを地下の非合法市場に追いやったことが、体制の組織全体を脆弱にした」

 エマニュエル・トッドは、『最後の転落』(藤原書店)の中で、つぎのように言っている(本書がフランスで最初に刊行されたのは、1976年である)。

「ソ連の計画経済は、途方もなく巨大な無秩序である」

「ソ連の生産は年々何々%増加する、と言うが、一体何の何々%なのか? 左右揃った靴の何々%なのか、それとも左足用だけの何々%なのか?」

「噴水とシャワーと水道の蛇口は、初めて使った日に爆発を起こし続けている」

「列車は発車時刻を過ぎても出発せず、車掌たちは乗客と切符の値段について交渉を続けている」

「ブラックマーケットは、経済システムの単なる副次的な一側面ではない。システムのまるまる半面に他ならない」

「闇の経済活動は、1人か数人で、最小限の資材―大抵は国営工場から盗んで来た―を用いて行うことのできる作業に向けられている」

「実質賃金の低下は、闇の活動の増殖を招来する。労働者にとって、国営工場で労働するより、己の労働力を自由部門で用いる方が得になるからだ。労働者にとって、話にならないくらい単価の安い製品を数限りなく製造して精魂を使い果たすよりは、手工業に時間を費やして、己の労働から産まれた製品を、コルホーズ員が売る産物と交換する方がましなのだ」

「マルクス主義経済が指定した自然法則(需要と供給の法則)は、ソ連社会の隅々のすき間というすき間で、資本主義以前のシステムにおいて作用していたのと同じように、作用している」。

 この当時のソ連の実態は、経済成長率の統計などではなく、アネクドートを見た方がよく分かる。

 まず、レーニンの有名な式は、移項してつぎの式に変形された。

「したがって、全国土の電化は、共産主義-ソビエトの権力である」(つまり、 ソビエトの権力が、全国土の電化を妨げている)

 あるいは、つぎの問答。

「資本主義と社会主義と、どちらがすぐれていますか?」

「もちろん、社会主義です。ソ連のような経済運営をすれば、資本主義ならとっくに破綻しているでしょう。しかし、社会主義の我がソ連は、いまだにもっている」

野口悠紀雄
1940年東京生まれ。東京大学工学部卒業後、大蔵省入省。1972年エール大学Ph.D.(経済学博士号)取得。一橋大学教授、東京大学教授などを経て、現在、早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問、一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論。1992年に『バブルの経済学』(日本経済新聞社)で吉野作造賞。ミリオンセラーとなった『「超」整理法』(中公新書)ほか『戦後日本経済史』(新潮社)、『数字は武器になる』(同)、『ブロックチェーン革命』(日本経済新聞社)など著書多数。公式ホームページ『野口悠紀雄Online』【http://www.noguchi.co.jp

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