欧米vs.ロシア「交渉放棄」で高まる「不測の事態」の憂慮

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 英国での元ロシアスパイへの神経剤襲撃事件は、欧米側とロシアがそれぞれ200人以上の外交官を相互に追放する異例の展開となった。冷戦時代にもこのような追放劇はなく、戦時下を思わせる。ロシアにとって、欧米諸国が一斉に行動するとは想定外だったろう。

 欧米の同盟国が反露で結束するのに対し、ロシアの同盟国・カザフスタンは米国接近を強め、ロシア離れがみられる。孤立するウラジーミル・プーチン露大統領の次の一手が要注意だ。

ロシアの誤算か

 ロシア外交官の追放を決めたのは、3月31日時点で29カ国で、欧米以外ではオーストラリアも同調した。ポルトガル、スロバキアなど欧州4カ国は、外交官追放は避けたが、自国の駐露大使を一時召還した。英国はロシアの外交官数を23人削減することを決めたのに対し、4人を追放したドイツは交代要員の赴任を認めており、各国の対応に濃淡があるようだ。それでも、欧米が対露外交でこの種の集団行動を取ることは前例がない。

 3月4日に英南部ソールズベリーで、英国に亡命したロシアの元スパイ、セルゲイ・スクリパリ氏と娘のユリアさんが神経剤「ノビチョク」を盛られ、重体になった後、ロシアは英国の反応を過小評価していたようだ。3月14日の『インタファクス通信』によれば、英国は欧州連合(EU)離脱によって孤立し、テリーザ・メイ英首相も指導力がなく、欧米も分裂し、統一行動はとれない――とロシアの専門家はみなしていた。しかし、英政府は「大戦後初めて欧州で化学兵器が使用された」として北大西洋条約機構(NATO)に提起し、今回、NATO加盟国を中心に、集団防衛の原則が働いたようだ。

 それ以上に、欧米諸国はロシアのたび重なるサイバー攻撃や選挙干渉、フェイクニュースによる情報操作の被害に遭い、不満が鬱積していただけに、今回、統一行動で圧力行使に出たと言える。

トランプ大統領に幻滅

 プーチン大統領にとって衝撃だったのは、ドナルド・トランプ米大統領の変身だろう。両首脳は3月20日に電話会談を行い、トランプ大統領は、祝福しないよう求めた側近の勧告を無視してプーチン大統領の大統領選勝利を祝福、首脳会談開催でも合意していた。ロシア側は戦略兵器をめぐる軍備管理交渉開始の準備に入ったが、米政府は26日、英国に同調し、60人のロシア外交官追放とシアトルの総領事館閉鎖を通告した。

 一部報道によれば、大統領周辺はトランプ大統領に3つの報復措置案を提示し、大統領が最も強硬な選択肢に傾いたという。ジェームズ・マティス国防長官が主導して決めたとの情報もある。ロシア側も29日、60人の米外交官追放とサンクトペテルブルクの米総領事館閉鎖を通告した。これにより、ビザ発給手続きも制限され、米露の人的交流が縮小されそうだ。

 ロシアの政府系ニュースサイト『ブズグリャド』によれば、ロシア側は失望を通り越して怒りを強めており、プーチン大統領はトランプ大統領を「政権すらコントロールできない弱い指導者」とみなし、今後交渉を放棄する可能性があるという。トランプ政権誕生で米露関係が改善されるとのロシアの期待は幻想となった。

 米英両国は追加の制裁措置を検討しているとされ、欧米とロシアの関係悪化は危険な段階に到達しつつある。

 ロシアのメディアでは、他の欧州諸国が追放する外交官数が英米より少ないことから、「欧米の結束は中途半端」(『インタファクス通信』)と論評したり、追放しなかったオーストリアを賞賛する報道があった。しかし、前代未聞の集団行動で、ロシアが欧米の包囲網による孤立感を強めているのは間違いない。

カザフの「ロシア離れ」

 欧米の同盟諸国が反露で結束するのに対し、ロシアが同盟国とみなすカザフは、欧米外交官の追放でロシアに追随せず、むしろロシア離れを画策している。ヌルスルタン・ナザルバエフ大統領は今年1月に訪米し、トランプ大統領と会談。両国関係を「戦略パートナー関係」に格上げすることで一致し、新たに米国人のカザフ入国でビザを免除することを決めた。

 ロシア紙『プラウダ』(3月21日)によれば、セルゲイ・ラブロフ露外相はカザフに対し、ビザを免除すれば、米国のスパイが自由往来を認める「ユーラシア経済同盟」のカザフからロシアに入国する恐れがあるとし、他の加盟国と協議するよう求めた。しかし、カザフ政府は「主権国家の権利だ」と、はねつけたという。

 同紙によれば、ロシアが主導する集団安保条約に加盟するカザフは最近、軍将校グループを米国に派遣し、米軍施設で訓練を受けさせるなど、米国と軍事協力を進めている。ナザルバエフ大統領は昨年、カザフ語の表記文字を現在のキリル文字からローマ字に変更するよう通達しており、これもロシア離れ、米国接近の動きととれる。米国のカザフへの投資額は計500億ドルに上り、ロシアをしのいでいる。

同盟国が欠如

 ロシアとカザフの関係は、2014年のウクライナ危機以降ぎくしゃくしている模様だ。ロシアの極右政党、自由民主党は、ロシア系住民の多いカザフ北部を「ロシア固有の領土」とし、クリミアに続いて併合すべきだと主張、カザフ政府が抗議した。ロシアは「ユーラシア経済同盟」の統合強化に向け、共通通貨導入を主張したが、カザフやベラルーシが拒否する動きもあった。

 中央アジア5カ国は昨年、首脳会議の定例化など、地域協力体としての連携強化で合意しており、これもロシア離れととれる。

 プーチン大統領は3月1日に行った強硬な反米演説で、「ロシアと同盟諸国が攻撃されたら、直ちに反撃する」などと「同盟諸国」に何度も言及したが、実際にはロシアを同盟国とみなしている国はあまりない。冷戦時代にソ連と東欧諸国が東側陣営として結束した時代とは大きく異なるのである。

 こうして、欧米とロシアの不信が連鎖し、ロシアが孤立感を強める中で、不測の事態が憂慮されよう。たとえば、シリアにはロシア軍と米軍が駐留しており、対話のパイプが失われるだけに、偶発的な武力衝突の可能性もないとは言えない。米露は今後、それぞれの核兵器開発を強化し、核軍拡競争が進む。ロシアを追い詰めることに伴うリスクは小さくない。(名越健郎)

名越健郎
1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。

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Foresight 2018年4月2日掲載

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