“94連敗”記録ストップ 「東大野球部」奇跡的勝利の数学的検証

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 熾烈を極めた大相撲の優勝争いより、ベーブ・ルースを抜いたイチローの安打記録より、こちらが“上”だった。たかが1勝なのに、スポーツ紙の1面を堂々飾った、東大野球部の連敗脱出劇。95戦目のそれが如何に奇跡的な勝利であるかを、数学的に検証してみた。

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「ゴルゴ13」が狙撃に失敗すればその報せは瞬く間に世界を駆け巡るように、確率1%に満たない事象が起これば、世の耳目を集めるのは当たり前のこと。

 その“奇跡”が起こったのは、5月23日、神宮球場で行われた、東京六大学野球・春季リーグ戦の東大VS法大戦であった。

「この試合、先制を許した東大は5回表に逆転に成功しています」

 とは、さるスポーツ紙の大学野球担当記者。

「観客席は色めき立ちましたが、まだ我々は落ち着いていた。しかし、法政に再逆転された直後の8回もすぐさま同点に追いついたのです。あの東大が2度も追いつく……。記者席も“今日は何かが起こる”というムードに包まれてきました」

 そして4対4の同点のまま延長に入った10回表、東大の打者が続けて出塁し、ランナー2、3塁で4番の楠田選手に打席が回った。

「球場全体がみな東大の応援に回っていました。しかし、楠田クンは野手真正面のゴロを打ち、“ああ、ダメか”と思った瞬間、法政のセカンドが弾いてしまうんです。球場は息を呑み、ホームにランナーが滑り込んだ時は信じられないものを見ているかのよう。審判が手を広げるセーフのジェスチャーが時が止まったみたいにゆっくり見えました」(同)

 その後も1点追加した東大は、裏の法大の攻撃をゼロに抑える。2010年秋以来続いていた、六大学リーグ最長の連敗記録「94」が止まった瞬間であった。

 さらに、東大はその連敗の前を遡ると、1勝を挟んで08年秋から35連敗を喫している。すなわち、先日の勝利前の6年半を切り取れば、130試合を戦ってわずか1勝。勝率0・8%だったのだから、値千金の勝利と言えるのである。

 しかし――。

 母校・法大が屈辱的な敗戦を食らった、野球評論家の江本孟紀氏が、

「僕が学生の頃、東大に負けたらそりゃ大変でした。選手から応援団まで全員走らされたり、監督にぶん殴られたりという“地獄”が待っていましたから。東大と対戦する際には逆にプレッシャーになってビクビクしていたものです」

 と振り返るように、東大野球部が、昔からお世辞にも強いとは言えないことはよく知られている。それでも、あの江川卓に黒星を付けたことも、毎季のように勝ち星を挙げていた時期もあった。それが今は春秋35季、つまり17年連続で最下位を続けているのだ。

「ここまで差が開いたのは、他の5大学でスポーツ推薦の枠が拡大してきたため」

 とは、六大学野球連盟の関係者。

「もちろん東大にスポーツ推薦はありませんから、野球が理由で学生は取れない。これでは、質、量ともに他とは差が開く一方です」

 件の法大と比べてみよう。

 部員数は、東大70名に対し、法政は約110名。1・6倍の開きがあるが、さらに差を感じるのは、その“質”である。東大には甲子園の出場経験者は1人もいないのに対し、法政は実に40名弱が甲子園の土を踏んだ経験がある。23日の試合のスターティングメンバーでも、日大三高時代、キャプテンとして夏の選手権で優勝した、4番の畔上選手を筆頭に6名が経験者だ。

「法政の場合は、甲子園未経験の選手だったとしても地方大会でトップクラスの成績を収めた野球エリート。彼らが1学年15名ほど、スポーツ特別推薦で入部し、そこに漏れた選手は自力で入学し、テストを受けた上で入部しています」(同)

 こうした“猛者”が合宿所でしのぎを削るのだから、東大とはさまざまな面で差が開く。例えば、運動能力は、50メートル走の平均タイムこそ、東大の主要選手の6・60秒に対し、法政6・25秒とそれほど差を感じないものの、遠投になると、89・46メートル対104・81メートル。両者の差は歴然なのだ。

 当然、これらに基づくチーム力にも違いは表れる。

 今春季リーグのチーム打率は、東大が1割5分7厘に対し、法政は2割8分。防御率は5・59に対して3・58。簡単に言えば、1試合につき、東大はヒットの数は法政の半分強で、失点は2点多い計算になる。

■法政の自滅

 こうした差から、

「長打力がないとわかっているから、東大戦では他の5大学は外野が前に守っています。また、東大は三遊間に難しい打球が来るとまず捕れない。観客もそれをわかっていて、他の大学では普通でも、東大がしっかり守るとファインプレーのように歓声が起こることがよくあります」(同)

 事実、勝利を収めたゲームでも、東大のヒット7本に対し、法政は9本。奪三振も4に対して10といずれも下回っている。東大は6点を取ったものの、適時打は1本だけで、あとは法政のエラー絡みであった。つまり、

「法政の自滅だったんです。あの試合、勝たなければ彼らは優勝がなくなるので、ガチガチだった。一方、定位置の最下位が決まっていた東大は捨て身の作戦が相手のミスを誘った。ラッキーな勝利でした。東大ははっきり言えば、高校野球でも甲子園に出場するチームと当たれば負けるというレベル。大阪桐蔭など優勝を争う常連校とやれば、コールド負けすることだってあるでしょう」(同)

 と言うから、六大学で最多優勝回数をほこる名門・法政に勝てたのが、いかに奇跡的だったのか、頷けるというものである。

 とは言え、あまり「奇跡」を繰り返しても申し訳ない。また、嘆いても詮無き格差を述べても仕方ない。

 殊勲の後輩に対し、東大野球部OB会「一誠会」幹事長の石上晴康弁護士は、

「正直、連敗が重なって3桁になってしまうのではないか、と気が気ではありませんでした」

 と安堵するし、同じくOBで、ノンフィクション『弱くても勝てます』で話題になった、開成高校野球部の青木秀憲監督も、

「昨年秋から、東大にも、本塁打を打てる選手など、長距離砲が生まれつつある。こうした看板選手をもっと増やせば、チャンスは増していくでしょう。六大学では同じ相手に2回勝たないと勝ち点はもらえない。秋のリーグでは今回のように1勝で満足せず、勝ち点を狙ってほしいし、狙わなければなりません」

 と尻を叩く。

 さて、9月に始まる秋季リーグ。東大野球部が刻むのは、再びの連敗記録の始まりか、それとも、数字を見事に覆しての、復活への道のりか――。

週刊新潮 2015年6月4日号掲載

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