世界に誇るべき日本の「魚食文化」を脅かすグローバルビジネスの罠

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 先日の記事(世界がうらやむ「サシミで食あたりをしない国」ニッポン)では、日本の魚の流通の優秀性をお伝えした。一見複雑な流通制度ではあるが、私たちが安心して生魚を食べることができているのはそのおかげだということである。

 しかし、中には「世界的に認められたラベルや認証制度で安全性は確保できるのでは」と思う向きもいるかもしれない。最近、スーパーの魚売り場ではさまざまな認証ラベルを貼った魚が目立つようになっている。「MSC」「マリン・エコラベル」「HACCP」等、新しい認証制度が増えているのだ。

 何となくこうしたラベルがあると、安全性を保障しているようにも見えるのだが、ここにはグローバルビジネスの罠がある、と『日本人が知らない漁業の大問題』の著者、佐野雅昭鹿児島大学水産学部教授は指摘している(以下、同書より)

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■ラベルに意味はあるか

「MSC」「マリン・エコラベル」「HACCP」「トレーサビリティ」など新しい認証制度が増えています。どれも海外から導入されたもの、あるいはその模倣となっています。

 これらはスーパーにおいて、差別化商品作りに一役買っています。これら認証制度は、特徴的な売り場作りが難しい大手スーパーにとって、他のスーパーチェーンとの差別化を図るよい手段なのです。

 しかし、筆者は、こうした制度に意義を見出せません。

 MSCとはMarine Stewardship Councilの略で、1997年にイギリスで設立された海洋管理協議会のことです。ここが定める基準にもとづいて第三者の認証機関が二年にも及ぶ長期間の審査を行います。

 その結果、その漁業が水産資源を減らさないように持続的に利用し、正しい資源管理のルールを厳しく守っている場合に、認証が与えられます。そしてMSCのラベルを商品に貼ることができるという仕組みです。

 ラベルによって「環境に優しい商品」と店頭でアピールすることができるのはよいことなのですが、逆にラベルのない商品が「環境に良くない商品」であることも暗示しています。

 しかし、実際にはそんな単純な話ではないのです。

■背後にグローバルビジネスの影

 認証制度の背後にはグローバルビジネスの影が見え隠れしています。

 MSCは今はNPOとして活動していますが、そもそもは多国籍アグリビジネス企業であるユニリーバ(冷凍魚の貿易量でも世界有数である)と、野生生物保護団体であるWWF(世界自然保護基金)が作ったものです。

 ユニリーバは自社の重要な取扱商品である水産物の資源が減少すればビジネスが成り立たなくなるので、資源管理を重視するのは当然です。

 しかし、自社が率先して資源利用のルールを設定し、世界標準化することで、今後のビジネスを有利に展開したいという意図がうかがわれます。WWFは野生生物を保護する立場ですから、規制を強める制度には大賛成です。

 相反するように思える立場の両者ですが、どちらも今のところMSCからメリットを得ることができているわけです。

■高い認証料

 第三者機関に支払う認証料が高いことも問題です。

 漁業の規模にもよりますが、数百万円はかかるようです。零細な日本の沿岸漁業者は支払えず、認証を得ることでそれなりの儲けが確実視できる大規模な漁業しか、対象にならないのです。

 先祖代々引き継いでいる小さな漁場で、良質な魚をとっていても、お金を払わなければ「安全です」というお墨付きはもらえない。

 そんな状況はどこか変ではないでしょうか。

 先ほど、単純な話ではないと申し上げたのは、こうした裏があるからです。

 資源や環境に良い取り組みを行っている漁場すべてが認証されているわけではないということです。このラベルがなくても、もっと厳しく資源管理を行っている漁業はたくさんあるのです。

 認証料金の使途についても問題が指摘されています。

 有力な水産業界紙が、アラスカのサケ漁業が、認証から一時離脱した(2013年に再認証)ことを報じています。報道によれば、「MSCの資金的な流れが不透明で、水産物消費自体に反対する環境団体に一部が流れているのではとの声も挙がっていた」といいます。

■認証制度でモラルは保障できない

 結局、食品の安全性は流通業者のモラルに依存していて、いくら規制や制度をこしらえても、信頼できる流通業者がいなければ、食の安全は成立しないのです。

「安全・安心」は生鮮食品において不可欠ですが、私たちは普段、スーパーの店頭に危険なものなど売っていないことを前提に買い物をしています。流通業者や小売業者を信頼してきたのです。そしてほとんどの場合、裏切られたことなどありません。

 安全性は何も特別なものではないのです。

 そこにあえて安全性を謳う商品が並ぶと、その他の商品が安全ではないような印象を与えます。

 不安を煽り、これまで日本の食品流通業界全体がもっていた信頼をわざわざ壊すことにもつながりかねない。

 利己的な認証ビジネスは、水産物消費を拡大することにはならないと思います。

 どの魚も、“ありのまま”で素晴らしい食品です。

 卸売市場では、毒のある魚はきちんと排除していますし、鮮度には十分に気を配っています。お金を払って誰かに認証してもらわなければならないことなど、そもそも日本の漁業生産物にはないのです。

 もちろん卸売市場を経由する魚は膨大ですから、ごくたまにミスもあります。少し前に、スーパーで売られていた豆アジにクサフグが混入していたケースがありました。しかし、こうしたミスはいかなる制度によっても防ぎきれません。

 唯一こうした事故を防ぐことができるのは、現場で魚を扱う卸売市場や小売業者の目と判断力です。

 このケースでは、最終的にパック詰めしたスーパー担当者の質が問題です。

 制度ではなく人間こそが安全性を確保するのであって、流通や小売の現場に有能な人材を配置するコストを削り、認証制度を導入するのはお門違いだと思います。

デイリー新潮編集部