「集団的自衛権は徴兵制への第一歩」のウソ
今年2月に出版され話題となっている石破茂さんの『日本人のための「集団的自衛権」入門』(新潮新書)について、現場の書店員さんからこんな声が上がっています。
書店員「あの本、今が“売り時”だとは思うんですけど、あまり大々的に店頭に置けないんです」
書店員「以前、平台に並べていたら、『なんでこんな本を売るんだ』って詰め寄ってくるお客さんがいて……。トラブルになるから、少し目立たないようなところに置くようにしているんです。ウチだけじゃなくて、そういう店、他にもあると思いますよ」
クレーマーの素性はよくわかりませんが、「気に入らない意見の本は置くな」というのは、それこそ「反対派」の方々が忌み嫌う戦時中の空気を連想させます。
ともあれ、このように一部書店では日陰者扱いになっているらしい『日本人のための「集団的自衛権」入門』ですが、同書の第二部では、著者である石破幹事長が現在争点になっているさまざまな疑問に答える形になっています。
たとえば最近、よく耳にする「集団的自衛権の行使容認は徴兵制につながる」という懸念についても既に次のように解説しています(以下、同書からの引用)。
【Q】
「集団的自衛権の行使を認めると、海外に自衛隊員が多く行くことになる。そうすると兵士が不足になるから、最終的には徴兵制を導入することになる、という説を読みましたが、本当でしょうか?」
【A】
安全保障関連の議論の中でよく「そんなことを許せば徴兵制につながる」といった主張をなさる方々はたしかにおられます。
しかし、軍事合理性から考えて、徴兵制のメリットが日本にはありません。
また、自衛官の志願者は数多くいて、競争率は高いのです。現時点で5倍超です。無理やり入りたくない人を入れる必要がありません。
3か月くらい訓練すれば、一応銃は撃てる程度にはなるかもしれませんが、今自衛官に要求されるレベルはそれよりもはるかに高いものです。
理想でいえば、海上自衛隊の護衛艦を操作できるような人材はもっと増強してもいいでしょう。しかし、そのような能力を持つ人材を育てるには、大変な手間暇がかかります。一般の学生や会社員を呼んで来て、すぐにどうにかなるような問題ではありません。きちんとしたプロフェッショナルでなければ、実際の役には立ちません。
そもそも、そんなに簡単に「即戦力」が作れるのであれば、自衛官が日々行っている訓練には何の意味があるのか、ということです。体力と気力だけあればいいというものでもない。
現在の兵器はハイテク化が進んでいて、コンピュータの知識もなければ使えないようなものばかりです。素人が入ってきて、すぐにどうこうできるという世界ではありません。
冷静に考えていただきたいのは、仮に徴兵するとして、その兵士たちにも給与を支払わなければならないということです。無給で働かせることは不可能です。そのようなことにつぎ込む予算は日本にはありません。
お隣の韓国が徴兵制をとっているのは、国境を接している隣国が150万人もの兵士を抱えていて、それに対抗する必要があるからです。日本は幸いそういう事情もありません。
集団的自衛権と関係なく、「徴兵制が来る」と不安を煽る人は常にいます。
こういう人は、かつて日本で徴兵制があった頃のことをイメージしているのかもしれません。しかし、前述の通り、当時と今とでは兵士に求める能力がまったく異なるので、あの頃のようにはなりません。
高度経済成長の時期には、確かに自衛官不足ということがありました。街中で体格のいい若者に声をかけてスカウトする、という頃をイメージしている人もいるのでしょうか。しかし、当時と違い、就職難ということもあるし、自衛隊のイメージが良くなったこともあり、自衛隊は人気の就職先となっています。どのような角度から見ても、徴兵制を採用する合理的な理由が存在しないのです。そうである以上、ありえないとしか言いようがありません。
なお、自民党の憲法改正草案でも、「徴兵制は憲法に反する」との立場を採っており、安倍総理も「国民は刑罰を除いてその意に反する苦役には服されない」と答弁しています。
戦後長きにわたって徴兵制を維持してきたドイツにおいても、2011年、これを廃止することとなりました。しかし数年前ドイツを訪問し、与野党の議員と議論した際、多くの議員が徴兵制を維持すべきだとした理由は誠に印象的であり、深く考えさせられたものでした。
「ドイツが徴兵制を維持するのは、再びナチスのような存在が台頭することを防ぐためである。軍は市民社会の中に存在しなくてはならず、市民社会と隔絶することがあってはならない。第一次大戦に敗れた後、軍を市民と切り離したために、ナチスのような過激な集団が台頭した。徴兵制は市民と軍とが一体となるために必要な手段なのだ」
彼らは異口同音にそう述べ、同じ敗戦国でこうも考え方が異なるのかと思いました。
現代戦において、軍人は徹底したプロフェッショナルでなくてはならず、徴兵制はその面からもコスト面からもデメリットが多いことは先に述べた通りですが、徴兵制を憲法上認めないこととして、その上で軍事組織に対する国民の理解を深め、文民統制を実効あるものとするためには、教育も含めて多大の努力が必要となります。
同じように2001年、徴兵制を廃止したフランスにおいては、新たに「国防の日」を設け、かつて徴兵適齢期とされた青年たちに、フランスの国防の歴史や安全保障政策を学ばせることとなったと聞きます。
軍事に関することを忌避することがそのまま平和につながるわけではないことを、改めて考えさせられます。
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日本以外の国連加盟国は全て、集団的自衛権の行使を認めてきましたが、そのうち徴兵制を施行しているのはごく一部のようです。重要な問題だけに、一方的に反対意見を封じるのではなく、冷静な議論が繰り広げられることを望みたいところです。