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「夢の薬」をみんなで使えば国が持たない――対談 里見清一VS.曽野綾子〈医学の勝利が国家を亡ぼす 第1回〉

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週刊新潮 2017年3月30日号 
2017/3/23発売

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 長寿は万人の夢だった。だから医学の日進月歩も歓迎されたが、がんを消す「夢の薬」が高価なあまり国が亡びてしまっては、元も子もない。命をつなぐべき医学が、命を追い詰める現状をレポートする短期集中連載の第1回。今、あるべき死生観を問う対談である。

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里見清一氏と曽野綾子氏

 これまでとは違う仕組みでがんを消す“夢の薬”の登場に、今、世の中が沸いている。その名はオプジーボ(一般名はニボルマブ)。免疫チェックポイント阻害剤と呼ばれる新しいタイプの分子標的薬で、もともと体に備わっている免疫力を利用してがん細胞を消すという。

 簡単に言うと、仕組みはこうだ。免疫細胞にはがん細胞やウイルスを攻撃するための“アクセル”と、相手が味方だった場合に攻撃を止める“ブレーキ”が備わっている。がん細胞は免疫細胞にブレーキをかけさせながら成長するが、オプジーボはそのブレーキを解除し、免疫細胞の攻撃力を取り戻させてくれるのだ。

 2014年9月に発売された際は、皮膚がんの一種である悪性黒色腫(メラノーマ)向けだったが、昨年12月、日本人の肺がんの85%を占めるという非小細胞肺がん向けにも保険適用が認められた。もうこれで、がんの完治も夢ではない――。世間はそう騒いでいる。

 ところが昨年11月下旬、厚生労働省がオプジーボの肺がんへの使用を了承するのに先立って開催された、日本肺癌学会学術集会のシンポジウムは、この“夢の薬”に対し、

「今日は気分がよくなる話は一切ありません。会場にお集まりいただいた皆さんは、絶望して帰っていただきたい」

 という苛烈な言葉で始まった。その発言の主こそが、里見清一氏である。“夢の薬”になぜ絶望するのか。実は、肺がん患者がオプジーボを使うと、年間3500万円かかる。費用の大半は国庫から供出されるため、“夢の薬”によって国家財政が破綻しかねないのだ。

 桁外れに高価な薬を際限なく使い、そのツケを次世代に負わせていいのだろうか。問われているのは、われわれの死生観かもしれない。

里見 今日も財務省に呼ばれ、財政制度等審議会の財政制度分科会で、薬価の高騰や肺がん治療のコストについて話をしてきたんです。

曽野 3500万円かかるお薬について、お役所はどうおっしゃったんですか。

里見 私がまず話したのはこういうことです。その割合は3割か2割、あるいは1割かもしれませんが、この薬が効く人は確実にいます。で、効く人には2週間に1回使うことになっていますが、どこまで続ければよいかという目安はありません。体重60キロの人が1年間使うと3500万円かかります。

曽野 そもそも、今使っている抗がん剤は、あまり効かないんですね。

里見 はい。完治させることはありません。進行がんの患者さんに使って一定の効果はあっても、数カ月くらいです。だから長く使わずにすむということもある。また、抗がん剤の一種の分子標的薬は、どんな患者に使えるかが事前にわかりますが、これも治すところまでいきません。一方、オプジーボは効果がある人には確かに効く。治るかもしれない。そのかわり、どういう患者に効くか事前に判定できないので、使う患者を選べず、また、いつやめていいかもわかりません。肺がんの患者さんは13万人いると言われます。仮に5万人に使ったとして、1年間で1兆7500億円。日本の医療費は2013年度で40兆610億円。そのうち薬剤費が約10兆円ですが、そこにポンッと2兆円近くのしかかってきたら、国家財政がもちません。

曽野 こういう問題は、もっと早くから起きていたと思うんですね。私は戦争直後の世相を知っておりますが、結核や大腸カタル、化膿性の疾患で死んだ人もいました。それを治していただくのが希望でしたが、そうして人間の命がどんどん延びたらどうなるか、推定していなければいけなかった。医学界は何を怠けていらしたのかと思うんです。

里見 医学界にもそういうことを言う方はボチボチいて、2014年にペンシルベニア大副学長のエゼキエル・エマヌエル先生が、「なぜ私は75歳で死にたいのか」という随筆を発表しました。病気になったら痛みや苦しみは取ってほしいけれど、それ以上はしなくていい。健康診断も受けない。一般論でしょうが、人間は75歳をすぎると生産性がガクッと落ち、あとは余生みたいなものだと。アメリカの平均寿命は79歳。日本は84歳ですが、エマヌエル先生は、日本の平均寿命をめざす必要も、うらやましがる必要もないとおっしゃっています。

曽野 健康診断は、私も60歳ぐらいから受けていません。それから、厚生労働省が75歳以上を「後期高齢者」と呼ぶことにしたとき、みんな怒ったじゃないですか。でも、夫の三浦朱門なんか、末期高齢者、終期高齢者、晩期高齢者と、もっと細かく分けて、いやらしい名をどんどんつけろと言っていました(笑)。クラス会に行ったらよくわかります。75歳をすぎると病人がどんどん増えるんです。

里見清一(さとみ・せいいち)
本名・國頭英夫。日本赤十字社医療センター化学療法科部長。1961年鳥取県生まれ。東京大学医学部卒業後、国立がんセンター中央病院内科などを経て現職。日本臨床腫瘍学会協議員、日本肺癌学会評議員。著書に『偽善の医療』『医師の一分』『見送ル』『医者と患者のコミュニケーション論』など多数。

曽野綾子(その・あやこ)
作家。1931年東京生まれ。聖心女子大学卒。1979年、ローマ法王庁よりヴァチカン有功十字勲章を受章、2003年に文化功労者。95年から05年まで日本財団会長を務めた。『老いの才覚』『人間にとって成熟とは何か』『人間の愚かさについて』『老境の美徳』など著書多数。

  • 週刊新潮
  • 2016年5月5・12日ゴールデンウイーク特大号 掲載
  • ※この記事の内容は掲載当時のものです

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