サドル200個を盗んで「サドルフェチ」とされた男が起こした「私は変態じゃない」裁判

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 いまから2年半ほど前の平成25年8月、横浜市で自転車のサドル3個を盗んだ男が逮捕された。そして男の部屋からは、どれも女性向けと思われる自転車のサドルがなんと200個も見つかった。さらに警察の取り調べに対し、男が「女性が座ったサドルの皮の質感や匂いが好きで、なめたり嗅いだりしていた」と供述したものだから、新聞、雑誌、テレビでいっせいに大きく報じられたのだった。彼は「サドルフェチ男」と命名され、スキャンダラスに扱れたから、いまも事件を覚えている人はいるかもしれない。だがその後、男の処分がどうなったかなど、続報はいっさいなかった。

 新潮45の4月号で、写真家で著述活動も行うインベカヲリ★氏が、その後のサドル事件の意外な展開をレポートしている。それが「サドル窃盗男が起こした『私は変態じゃない』裁判」という記事である。タイトルからわかるように、男は裁判を起こしていた。それは神奈川県(神奈川県警)と報道したスポーツ紙などメディア6社を相手取ったもので、「私はサドルフェチではない」と名誉毀損で損害賠償請求する、つまりは自身が「変態ではない」と主張する裁判だったのである。

“サドル窃盗男”の犯行現場

 インベさんによれば、サドル窃盗犯は不起訴処分になっている。そしてその名誉毀損裁判はその処分決定から半年後の2014年から始まったという。

 記事では、訴状や提出された資料を丹念に読み込んで、現在も進行中の裁判の要点を整理しつつ、ことの本質に迫ろうとしている。

 原告(犯人側)の矛先は、動機についての警察が行った広報の内容と、それを受けての報道のあり方に向けられていた。具体的には、警察が「『女性の匂いを嗅ぐために盗んだ』とデフォルメした原告の供述内容を各社の記者にレクチャーし」、それをメディアがそのまま書いた点を名誉毀損としたのである。

 では、原告が主張する本当の動機は何だったのか。その主張をインベさんが裁判資料から引用している。

「盗んだサドルの匂いを嗅いだり舐めたりしたことがあったのは事実であるが、匂いを嗅いだり舐めたりすることが盗みの目的ではなかった」

「人間関係のストレスが引金になって、サドル窃盗がやめられなくなり」

「盗んだ動機としては『革が好きだから盗んだ』『革特有の匂いが好きだから盗んだ』『人間関係のストレスで盗んだ』以外には、原告自身は今現在も説明することができない」

 なぜ「サドル」なのかはまったく不明である。これでよく提訴したな、と思わずにはいられない。当然、インベさんもその説明に満足していない。
一方、県から証拠として提出された男の供述調書も紹介している。

「私は去年の夏過ぎ頃から自転車に乗っている若い主婦をみて、サドルに女の人の股部分が付いている姿に興奮を覚え、またそれに加え革フェチで、サドルと独特の皮の質感が好きだったことから女性の乗るサドルを手に入れて触って匂いを嗅いでみたり舐めてみたいと思うようになったのです」

 供述段階では、まさに「フェチ」というほかない内容だったのだ。
しかしながら原告側はこれらの供述調書などの内容を全否定してくる。犯人の男には、精神病歴があり、知的能力も低く、「誘導されて録取されたもの」と主張しているのだ。
 
 果たして真の動機は何だったのか。供述調書の内容は「精神病」で片づけられるものなのか。そして何よりなぜ「サドル」だったのか。

 インベさんは事件を「孤独に起因する収集癖」と位置づけ、サドルの向こうに「何かがある」と書く。

 裁判は横浜地方裁判所でいまも続いている。

デイリー新潮編集部

新潮45 2016年3月28日掲載

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