相次ぐ80代ドライバーの事故 「認知症のおそれ」でも免許更新可、家族の申し出でも取り上げられず

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 ピーク時の年間約100万件から半分近くに減った交通事故。飲酒運転の厳罰化など、様々な取組の成果だが、それに逆行して急増したのは、高齢者が“加害者”となるそれだ。この秋も死亡事故が続出。今や「80代ドライバー」の愛車は、「走る凶器」と化している。

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高齢者による自動車事故を防ぐには…(写真はイメージ)

 新聞の見出しとは読者の目を引くのが第一の目的だ。どれだけ世間の“空気”をすくい取れるか、その上で独自の視点を加味できるか、が腕の見せ所なのだが――。

〈また高齢者事故 2人死亡〉(11月13日付読売)

〈高齢者運転 また悲劇〉(同産経)

〈高齢運転事故 また〉(同東京)

 大手6紙のうち3紙が同じコピーを使ってしまうほど、12日に東京・立川市で起きた事故は、誰もが「またか……」との思いを抱いてあまりあるものだった。

 全国紙の社会部デスクの話。

「83歳の女性が、病院の敷地内で、歩行中の30代の男女を撥ね殺してしまったというものです。現場の状況から、女性は車を駐車場から出し、料金を払おうとしたところでブレーキと間違ってアクセルを踏んでしまったと見られている。車は精算所のバーを折り、20メートル暴走して歩道に乗り上げて2人を撥ね、コンクリートの壁にぶつかって大破して止まりました。ブレーキをかけた形跡はなく、本人も頭や胸を打ってそのまま入院しました」

■相次ぐ重大事故

 これが大きく報じられたのは、遡る2週間、同じような「80代ドライバー」による重大事故が全国で相次いでいたからである。

 主なものだけ挙げても、

〇10月28日
 横浜市で87歳男性が運転していた軽トラックが集団登校中の小学生の列に突っ込み、6歳の男児が死亡、7人が怪我。容疑者には認知症の疑いあり。

〇11月10日
 栃木県下野市の自治医大病院構内で84歳男性の乗用車がバス停に突っ込み、女性が死亡、2人が怪我。

〇11月11日
 板橋区で86歳男性の運転する乗用車がコンビニに突っ込み、2人が怪我。本人には認知症の疑いあり。

「こうして報道されるのは重大事故が相次いだから。高齢者の死亡事故そのものは普段から頻発しています」

 と続けるのは、先の社会部デスク。

 公益財団法人「交通事故総合分析センター」の統計によれば、最新の2014年に、80歳以上が自動車等で死亡事故を起こした件数は266件に上る。1993年は62件だったから、約20年で4・3倍の増加だ。

「単純に計算すれば、80超えのお年寄りはひと月で22件、つまり3日で2件以上の割合で死亡事故を起こしていることになるのです」(同)

 先の統計によれば、80歳以上のドライバーが死亡事故を起こす確率は64歳以下と比べると実に3・75倍。オーバー80の免許保有者は2015年末で約196万人(警察庁「運転免許統計」より)もいるから、この事故をいかに減らすか、ということこそが、喫緊の要請であることは疑いあるまい。

■“自分は大丈夫だ”

 東京大学大学院医学系研究科の岩坪威教授(脳神経医学)は言う。

「加齢に伴って、運動能力やとっさの判断力が低下します。また、視覚認知能力も衰える。もちろん、認知症のリスクも高まります」

 つまり、車の運転にはどんどん不向きになる。そして日々、これら高齢者ドライバーと向き合っている“当事者”にとっては、危機意識はより切実だ。

「共通しているのは、“自分は大丈夫だ”と自信を持っているということです」

 と言うのは、都内のさる自動車教習所の教官である。

 70歳を超えれば、運転免許証の更新の際、教習所で「高齢者講習」を受けるのが義務になる。ビデオなどによる交通ルールの再確認、機械による動体視力や夜間視力の検査と並び、実車もそのひとつだけれど、 

「高齢者の事故が報じられていても皆さん“どうして逆走なんかしちゃうんだろうね”“アクセルとブレーキなんて踏み間違えないでしょ”と自分は別だと考えている。でもそういう中にも逆走や踏み間違えを行い、それにすら気が付いていない方がいます。こちらに指摘されて初めて気が付きますが、それでも“ここは初めてだから”“教習所内のコースは幅が狭いからね”などと自分のミスを認めたがらない人が多いですね」

 運転技術と共に謙虚さも失われるということなのだ。

「中でも、絶対に運転させない方が良いと思うのは、技術うんぬん以前の方。“どこに行けば免許更新できるんでしたっけ?”とか“俺は毎年、郵便局で更新しているんだけど”など、そもそも日常生活も心配になる方が来て、平気で車に乗っているのです」

■落第にして!

 しかし、そうした人々にも免許の更新は約束される。

「この手の方には、ご家族が付きそっていて、本人がいないところで“更新できないように落第にしてほしい”と懇願されるケースがあります。しかし、高齢者講習とは、合否を問うものでなく、講習課程を終えれば、終了証明書が発行されるもの。どんなひどい結果が出ても、免許を取り上げる権限はありません」

 一方で、75歳以上になると、更新の際、先の高齢者講習に加えて、「講習予備検査」なる認知機能の検査を受けさせられる。この結果によって、受講者は「問題なし」「低下している」「認知症のおそれ」の三段階に分類されるけれど、

「仮にこれで『認知症のおそれ』と判定されたところで、免許の取り上げとはなりません。その後、事故や違反を起こした場合のみ、医師の診断を受けさせられ、そこで認知症と認定されて初めて取消となるのです」

 日本の運転免許はかように保護されているワケだが、「事が起こってから」ではあまりに遅きに失するというものだ。

特集「走る凶器と化した『80代ドライバー』にタイヤを外した車を」より

週刊新潮 2016年11月24日号掲載

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