シャープという“おもちゃ箱”を手に入れたホンハイ会長 「液晶のプリンス」に批判集中 シャープ戦犯たちの終戦(2)

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 台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下入りが決定し、104年に及ぶ独立経営に幕が降ろされたシャープ。その“終戦”を、「ロケット・ササキ」(新潮社)の著者・ジャーナリストの大西康之氏がレポートする。

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 まだ払い込みは完了していないが、ホンハイが約束通り3888億円を振り込めば、シャープは当座の資金難から解放される。しかしそれと引き換えに、「独裁者」テリー・ゴウ(郭台銘)会長の下で無理難題を言われ続ける日々が待っている。すでに「占領政策」は始まっている。シャープの主要な事業部門それぞれにホンハイの幹部が乗り込み、種々のデータを提出させたり、新たな事業提案をしているのだ。

「テリー会長は液晶だけでなく、シャープの技術全般に惚れ込んでいる。新しいおもちゃ箱を手に入れた子供のようなもので、あれもやりたい、これもやりたい、と興奮状態」。ホンハイ関係者はそう打ち明ける。

 日本の名門電機メーカーを台湾の新興企業が手に入れたのだから、台湾財界はソニーがハリウッドの映画会社を買収したり、三菱地所がニューヨークのロックフェラーセンタービルを買ったりしたバブル期の日本のような状態。テリー会長は地元では英雄扱いされており、興奮するなという方が無理だろう。

「日本なら『来月までに』という要求をホンハイは『来週までに』といってくる。それも朝令暮改。昨日と今日で、言うことが180度変わる」(同)

「シャープ」公式サイトより

 こうした厳しさは悪いことばかりではない。例えば中国のハイアールに買収された三洋電機の白物家電部門で洗濯機の開発に関わるエンジニアは言う。

「三洋電機時代は日本市場ばかり見ていましたが、ハイアールになってインド、中国、ロシアと世界を見据えた開発を要求されるようになった。開発者としては今の方が面白い」

 もちろん仕事は厳しい。

「青島の本社にはしょっちゅう呼び出される。1年サイクルだった商品開発も四半期サイクルになり、目の回るような忙しさ」(前出のエンジニア)

 これからアジア企業の一員となるシャープの社員も、旧三洋電機の社員が味わった強烈なグローバル化の洗礼を受けることになる。苦難が始まるのはこれからだ。

■「アクオス御殿」

 その分、シャープをここまで追い込んだ経営陣に対する現場の怨嗟はすさまじい。中でも批判が集中するのは「液晶のプリンス」と呼ばれた片山幹雄氏である。

 東京大学工学部卒。2007年に49歳の若さでシャープの社長になった片山氏は液晶テレビ「アクオス」の開発者の一人としても知られる。

 シャープには技術者にも特許料の一部を支払う制度があり、液晶関連の重要な特許を複数持つ片山氏は社長時代、「社長の年俸より特許料収入の方が多い」と嘯(うそぶ)いた。奈良に立つ豪邸は関係者の間で「アクオス御殿」と呼ばれている。

 だが経営手腕には疑問符がつく。巨大な堺工場の建設を主導したのは片山氏で、当初は世界最大最先端のこの工場で「打倒サムスン」の気勢を上げた。しかしその後の液晶テレビの価格下落を読み切れず、倉庫には液晶パネルの在庫がうずたかく積まれた。

「高性能のパネルを作ることに集中し、どの市場でどう売るか、というマーケティングがおろそかになっていた」(証券アナリスト)

 片山氏の社長任期は「最低でも10年」と言われていたが、5年目の2012年に代表権のない会長に退き、2013年には会長も辞めた。

■「プリンス」の転身

 問題はその後だ。2014年、片山氏は永守重信氏が率いる精密モーター大手、日本電産の顧問に就任。永守氏は「大きな失敗を経験したことで経営者として一皮むけた」と片山氏を買っており、代表取締役副会長に引き上げた。

 日本電産は永守氏のワンマン会社だが、さすがのカリスマも御年71歳。「死ぬまで社長をやる」と言っているが、現時点では片山氏が後継者の最右翼と目されている。

 社長就任を見越してか、片山氏は日本電産に「お友達」を集め出した。昨年12月には液晶事業で「片山氏の右腕」と言われ、堺工場の立ち上げでも手腕を発揮した廣部俊彦氏が日本電産テクノモータの専務に就任。液晶テレビに詳しい元執行役員の毛利雅之氏も日本電産に移籍した。

 さらに世間を驚かせたのは、シャープの元最高財務責任者(CFO)、大西徹夫氏の日本電産入りだ。財務畑が長く海外経験も豊富な大西氏はこの数年、綱渡りが続いたシャープの台所を支えてきた。

 もともとホンハイとの提携には懐疑的だったので「いずれやめる」と言われていたが、「まさか行き先が日本電産とは」(シャープ社員)。

「永守さんは、シャープのCEO、CFOを揃えて、何を始めるつもりなのか」

 業界関係者はその真意を測りかねている。もちろんオーナー経営者特有の気まぐれで、ソフトバンクのニケシュ・アローラ氏のように短期間で「熱愛から離婚へ」となる可能性もあるが、再び大企業で高給をもらい、活躍の場を得た片山氏、大西氏に対して、残されたシャープの社員は「いい気なものだ」と冷ややかな視線を送っている。

(3)へつづく

「特別読物 最後の株主総会が終わって 『シャープ』戦犯たちの終戦 ジャーナリスト 大西康之」より

大西康之(おおにし・やすゆき)
1965年生まれ。88年早大法学部卒。日本経済新聞社に入社し、産業部、欧州総局(ロンドン駐在)を経て2016年に独立。著書に『ロケット・ササキ』(新潮社刊)がある。

週刊新潮 2016年7月7日号掲載

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