「寝る前スマホ」だけは本当にやめた方がいい理由 糖尿病や心臓病、うつ病、肥満の一因にも

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 一日の終りにベッドに入り、スマホを見るのがやめられないという人は多いだろう。

 スマホのディスプレイが発する光に多く含まれるブルーライトが、人の目に備わる「感光性網膜神経節細胞」を刺激し、体内時計を狂わせて眠れなくなるから、というのがよく語られる理由だが、寝不足だけではなく、糖尿病や心臓病、うつ病、肥満の引き金になる可能性すらあると言われれば、本当にやめようという気にならないだろうか。

 医学・医療を長く取材し続けてきたノンフィクション・ライター、ビル・ブライソンの著書『人体大全―なぜ生まれ、死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか―』をひもとくと、「感光性網膜神経節細胞」の役割が人体にとってきわめて重要であることがわかってくる。この細胞はものを見ることにはまったく使われていないという――。

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眼科医も驚愕した「目」の“第3のシステム”

 1999年、インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者ラッセル・フォスターは、10年の綿密な研究のあと、あまりにも意外でほとんど誰も信じようとしなかったことを証明した。

 ヒトの目に、周知の杆体(かんたい)と錐体(すいたい)に加えて、第3の光受容細胞があることを発見したのだ。感光性網膜神経節細胞と呼ばれるこの新たな受容体は、視覚とは関係なく、明るさを感知するため、つまり昼か夜かを知るためだけに存在する。

 その情報は、脳内の視床下部に埋め込まれたピンの頭ほどの小さなふたつの束になったニューロンに伝えられる。「視交叉上核(しこうさじょうかく)」と呼ばれるこのふたつの束(各半球にひとつずつ)が、概日(がいじつ)リズムを制御している。つまり体内時計だ。いつ起床して、いつ仕事を切り上げればいいかを教えてくれる。

 すべてはすばらしく合理的で役立つ知識に思えるが、フォスターが発見したことを発表すると、眼科学界からとてつもなく大きな非難の声が上がった。目の細胞型のような基本的なことが、こんなに長いあいだ見逃されてきただなんて、ほとんど誰も信じようとしなかった。フォスターが発表を行ったある機会では、聴衆のひとりが「でたらめだ!」と叫んで出ていってしまったほどだ。

「彼らは、150年間研究してきたもの、つまりヒトの目に、これまですっかり見逃してきた機能を持つ細胞があったことを、なかなか認められなかったんです」とフォスターは言う。しかし実際フォスターは正しく、のちに名誉を回復した。「今ではみんな、ずっと寛大になりましたよ」と冗談交じりに言う。現在、フォスターはオックスフォード大学眼科学ナフィールド研究所の所長および概日神経科学教授を務めている。

 ハイストリートからすぐのブレーズノーズカレッジ内のオフィスで会ったとき、フォスターはこう話してくれた。「第3の受容体が本当におもしろいのは、視覚とは完全に独立して機能することです。実験として、わたしたちは全盲の女性――遺伝病のせいで杆体と錐体を失った女性――に、部屋の明かりのスイッチが切り替わったと感じたら教えてくれるように頼みました。女性は、何も見えないのだから無理だと言いましたが、わたしたちはとにかく試してみてほしいとお願いした。すると、女性は毎回正解したんです。まったく視力がない――光を“見る”ことができない――にもかかわらず、脳は意識下において完璧な精度で光を感知した。女性はびっくりしていました。わたしたち全員がびっくりしましたよ」。

「体内時計」は全身に存在する

 フォスターの発見以来、体内時計は脳だけではなく、全身――膵臓、肝臓、心臓、腎臓、脂肪組織、筋肉、ほぼあらゆる部分――にあり、それらは独自の時刻表に従って働き、いつホルモンを放出するかや、いつ器官が最も忙しく働き、最も弛緩するかを指示していることがわかってきた。

 たとえば、反射神経は午後半ばに最も鋭敏になり、血圧は夕方にかけて頂点に達する。男性は、一日の後半よりも朝早くに多くのテストステロンを分泌する。

 こういうシステムのどれかがうまく同期しなくなると、問題が起こる。体の概日リズムの乱れは、糖尿病や心臓病、うつ病、深刻な体重増加の一因となる(場合によっては直接の原因となる)と考えられている。

「メラトニン」は眠気を促進するわけではない

 視交叉上核(しこうさじょうかく)は、久しく謎に包まれている近くの豆粒大の構造物、松果体と密接に連携して働く。

 松果体は、ほぼ頭の真ん中にある。その中心的な位置と、周囲から孤立した独自のありかた――脳内のほとんどの構造物は対になっているが、松果体はひとつしかない――から、哲学者のルネ・デカルトは、松果体こそが魂の宿る場所だという結論を導き出した。

 実際には、脳が一日の長さを把握するのを助けるメラトニンというホルモンを産生する機能をつかさどっているのだが、それは1950年代にようやく発見され、解明された主要な内分泌腺の最後のひとつになった。

 メラトニンが具体的にどのように睡眠に関連しているのかは、まだよくわかっていない。メラトニンの分泌量は夕方になると増えて真夜中に最大になるので、眠気と結びつけるのは論理的に思えるが、実のところメラトニンの産生は、夜に最も活動的になる夜行性動物でも増えるから、眠気を促進するわけではない。

 それはともかく、松果体は昼夜のリズムだけではなく、季節の変化も把握する。冬眠動物や季節繁殖動物にとっては、とても重要だ。ヒトにも大きな影響を及ぼしているが、たいていは気づきにくい形で現われる。

 たとえば、体毛は夏季のほうが早く伸びる。デイヴィッド・ベインブリッジがうまいことを言っている。「松果体はわたしたちの魂ではなく、わたしたちのカレンダーだ」。しかし、これまたとても興味深いことに、哺乳類仲間のいくつか――たとえばゾウやジュゴンなど――には松果体がなく、それで困っているようにも見えない。

 ヒトでは、メラトニンの季節ごとの役割はあまりはっきりしていない。メラトニンは、ほぼどこにでもある分子で、細菌やクラゲ、植物、その他概日リズムの支配下にあるほとんどの生物にも見つかる。

 ヒトの場合、年を取ると産生が大幅に減少する。70歳で産生されるメラトニンの量は、20歳の量のたった4分の1になる。なぜなのか、それがどんな影響を及ぼすのかは、まだ解明されていない。

 確かなのは、正常な毎日のリズムが乱されると、概日システムに重大な混乱が起こりかねないということだ。

 1962年の有名な実験で、フランスの科学者ミシェル・シフレは、アルプス山脈の山奥に約8週間こもった。日光も時計も、そのほか時間の経過の手がかりとなるものが何もない中で、一日の長さに見当をつけなくてはならず、37日が過ぎたと推定した時点で、実際には58日たっていたことを知って愕然とした。しかも、短い時間の経過を測ることさえまったくできなくなっていた。当て推量で2分測るように言われると、シフレは5分以上黙っていた。

体内時計と「自傷、自殺、児童虐待」の関係性が明らかに

 近年になってフォスターと同僚たちは、以前考えていたよりヒトが季節的なリズムを持っていることに気づいた。

 フォスターは言う。「思いがけないたくさんの領域で、リズムが見つかっています――自傷、自殺、児童虐待。パターンが北半球から南半球へ6カ月ごとに変化するので、こういう物事に季節的な上下動があるのがただの偶然でないことはわかっています」。

 北半球の春に人々がなんらかのことをすれば――たとえば大勢が自殺するなど――6カ月後に南半球の人々が同じことをするのだ。

飲む時間によって「薬の効き目」が変わる

 概日リズムは、服用する薬の効き目も大きく変えるかもしれない。

 マンチェスター大学の免疫学者ダニエル・デイヴィスの指摘によると、今日使用されている医薬品売り上げトップ100のうち56種類は、時間に敏感な体の部位を標的にしている。「こういうベストセラーの医薬品の約半数は、服用後ほんの短時間しか効果が持続しない」と、デイヴィスは『美しき免疫の力』で書いている。間違った時間に服用すれば、おそらく効き目が弱くなるか、まったく効かないこともあるだろう。

おそらく細菌でさえ体内時計を持っている

 生きとし生けるものにとっての概日リズムの重要性は、やっと理解され始めたばかりだが、おそらくあらゆる生物、細菌でさえ体内時計を持っている。ラッセル・フォスターはこう言う。「もしかするとそれは、生命の証なのかもしれない」。

『人体大全―なぜ生まれ、死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか―』から一部を再編集。

デイリー新潮編集部

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