外交にまで影響を与えた馬術金メダリスト「バロン西」 軍国主義・日本のイメージとは真逆(小林信也)

  • ブックマーク

Advertisement

理想的日本人

 そのころ世界は不穏な空気に覆われていた。日本の軍部は暗躍を続け、第1次上海事変勃発の陰で満州国を独立させた。国内では5・15事件が起こり、犬養毅首相が凶弾に倒れている。

 西竹一の評伝『オリンポスの使徒』の著者・大野芳は、文中でこう書いている。

〈アメリカ人の眼に映った西は、中国大陸を蹂躙している軍国主義・日本とは、正反対のイメージだった。英語を話し、国際的俳優ダグラス・フェアバンクス、メリー・ピックフォード夫妻を友人にもつスポーツマン貴族は、まさに彼らが待ち望む、「理想的日本人」そのものだった。西の出現で彼らは、満州国独立以来の対日不信感を、一時的にせよ忘れたにちがいない。(中略)西はまさに「平和の使徒」「オリンポスの使徒」として現われたのである〉

 西自身は、帰国直後に出演したNHKラジオの生放送でこう語ったと、やはり同書に記されている。

「アメリカの有名な俳優ダグラス・フェアバンクスは、200人の外交官をワシントンに送るよりも、数名の立派なスポーツマンを送った方が効果がある、と言っていました。むろん大げさなお世辞とは思いますが、満州事変その他で、だいぶ情勢がややこしくなっていただけに、国際親善の上に、何がしかの効果があったかもしれません……」

 西は、スポーツの外交的効果、平和使節としての自分の影響力をきちんと自覚していた。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。「ナンバー」編集部等を経て独立。『長島茂雄 夢をかなえたホームラン』『高校野球が危ない!』など著書多数。

週刊新潮 2021年7月22日号掲載

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。