「京アニ事件」から2年 なぜ青葉真司の凶行は止められなかったのか 福祉、芸術、文化が果たす役割は

磯部涼 令和元年のテロリズム 国内 社会 2021年07月17日

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「芸術/文化はひとを救うのか」

 永山がその少年時代より、自身を閉じ込めていた“風景”を突破しようと試み続けたのに対して、青葉は同じ“風景”に留まりもがき続けていた。それは集団就職の時代と就職氷河期の時代の違いでもあるだろうし、青葉は飛躍するよりも何とか真っ当な道に進もうとしていたということでもあるだろう。そして家族が崩壊し自身も失調していく中で、青葉を包摂したのは雇用促進住宅や刑務所、更生保護施設、生活保護といった日本の法制度だった。罪のない4人を射殺した永山が収監され自由を感じたように、理不尽極まりない理由で69人を殺傷した青葉は、国か自治体が負担する1千万円超の費用をかけて最先端の治療を受け、「人からこんなに優しくしてもらったことは今までになかった」と感謝の言葉を漏らした。故郷の人々を含め、国民の多くが助ける必要はないと言うが、彼はこれから手厚い精神鑑定と裁判を受け、そして恐らく処刑されるだろう。今、青葉は国家に抱きしめられ、温かさの中で微睡んでいる。

 あるいは青葉の半生を辿りながら考えたのは、「芸術/文化はひとを救うのか」ということだった。自分はこれまでライターとして、鬱屈して生きてきた若者たちが芸術/文化に救われる様子をたくさん見た。例えば拙著『ルポ川崎』(平成29年、サイゾー)で取り上げた、BAD HOPという川崎区で平成7年に生まれた幼馴染が中心のラップ・グループは、同地区の不良少年が陥りがちな閉塞感から、音楽の力によって抜け出した。平成30年には武道館公演を成功させ、今や日本を代表するアーティスト集団になっている。しかしそれは彼らに才能があったからできたことだろう。中1男子生徒殺害事件の犯人グループはBAD HOPの後輩にあたる少年たちだったが、地元の不良の強固な上下関係から弾かれたため小さな上下関係をつくり、こじらせ、仲間内でリンチに至った。彼らは日々、ゲーム・センターで時間を潰したり賽銭泥棒のようなちんけな犯罪を繰り返していたようで(*13)、その鬱憤を昇華させる回路を持っていなかった。永山則夫が文学を通して自身の犯罪を顧み、賞賛さえ得たのも彼に才能があったからだ。

 一方、同じく令和元年に川崎20人殺傷事件を起こした岩崎隆一の人生が最も輝いていたのは麻雀に打ち込んだ時期だったように思う。その後、彼は芸術/文化というものがほとんど感じられない6畳一間に20年に亘って引きこもり、遂には殺傷事件を起こす。元農水事務次官長男殺害事件の被害者となった熊澤英一郎の場合は、彼を失調させ、面倒を見ていた父親を疲弊させ家庭内殺人に至らせたのは、晩年の時間を費やしたオンラインゲーム「ドラゴンクエストX」におけるトラブルだった。青葉の犯行のトリガーとなったのも小説の執筆だ。芸術/文化が必ずしもひとを救うわけではないことは当然としても、それは時にひとを狂わせもする。果たして青葉は芸術/文化にのめり込まない方が幸せだったのだろうか。

*13 石井光太『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社、平成29年)参照

北関東と大差ない事件現場の風景

 嘉祥2年、歌人としても知られる公卿・小野篁(たかむら)は熱病を患い朦朧とした意識の中で、地獄に落ちた人々が苦しむ様子を見たという。するとそこにひとりの僧が現れ、自分は地蔵菩薩だと名乗り、語った。「私はこの地獄だけでなく、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上など六道の迷いの世界を巡りながら縁のある人々を救っている。全ての人々を救いたいが、縁のない人を救うことはできない。私にとっても残念なことだ。貴方にはこの地獄の苦しい有様と地蔵菩薩のことを人々に知らしめて欲しい」。夢から覚めた小野篁は木幡山(こはたやま)から1本の桜の木を切り出して6体の地蔵を刻み、この地に納めた。それよりここは六地蔵と呼ばれる――。

 京都市伏見区桃山町に建つ大善寺には、そういった言い伝えが書かれた碑が建てられている。その前を通る府道は、京や奈良へ向かう交通の分岐点として古来より旅人が行き来してきた。しかし現在はロードサイド店舗が立ち並び、風情はない。そして令和元年7月18日午前10時、青葉真司はそこから500メートルほど離れた府道沿いのスタンドで40リットルのガソリンを購入している。古都とはいえ、六地蔵周辺まで来ると風景は青葉が暮らしてきた北関東と大差ない。彼は遠いこの土地に来ても、自らを閉じ込めていたものから逃れられなかったのかもしれない。青葉はガソリンで満たされたふたつの携行缶を乗せた台車を押し、くたびれた風景の中を進んでいった。

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