「京アニ事件」から2年 青葉真司の「呪われた」家系図 祖父、父、妹が揃って自殺

磯部涼 令和元年のテロリズム 国内 社会 2021年7月17日掲載

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自死していた青葉の祖父

 令和元年7月18日に起きた京都アニメーション放火殺傷事件。犯人である青葉真司の足跡を辿ると、祖父、父、そして妹が揃って自殺していたことが判明。「呪われた」としか言えない青葉家の歴史に迫る。令和元年に起こった象徴的な事件を追うノンフィクション『令和元年のテロリズム』(新潮社)を刊行したライターの磯部涼氏によるルポ。連載第8回。

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 青葉真司が生まれてから京都に向かうまでの41年間の歩みを車で辿っていると、とあるエリアをぐるぐると回ることになる。そして窓の外を流れる広大な田畑と面白みのないロードサイド店舗を見続けることになる。青葉は埼玉県南東部から茨城県南西部にかけての各所を転々として半生を過ごした。つまり彼は北関東(*8)ののっぺりとした風景に半ば閉じ込められていたわけだが、そこを抜け出すための出口と定めたのが〈京都アニメーション大賞〉で、しかし穴の向こうに見える世界は次第に歪んでいった。前述の2地点の内、前者のさいたま市が青葉の生地、後者の常総市は彼の両親の生地にあたる。ひとりの犯罪者について考えるとき、生い立ちに意味を見出すことには慎重にならなければいけない。それでも青葉を取材しているとその呪われた――という言葉さえ使いたくなるような家族を巡る物語に、運命めいたものを感じずにはいられないことも確かだ。

 青葉真司の父・正雄(仮名)は昭和8年、現在は常総市に属するS町で生まれた。平屋だったという実家は既に取り壊されてアパートが建っているが、その前に広がる田地の風景は当時とたいして変わらないだろう。ただし青葉家の所有していた土地は狭く、暮らしは厳しかったという。(真司の祖父にあたる)正雄の父は家計を支えるために副業で、荷馬車を使って遥々東京まで品物を運んでいく、今で言う運送屋をしていた。町の人々は彼を「働き者だった」と思い返す。「飼っていた馬が白かったので、“白馬車”さんって呼ばれていました。馬が可哀そうだからって、自分がいくら疲れていても馬の背中には乗らない、気持ちの優しいひとでしたね」。そんな“白馬車”さんの最期は自死だった。「癌になって、病院に入るお金もないから苦しんで。首をくくってしまったんです」。

*8 北関東の定義はさまざまだが、ここでは東京より北の埼玉県、茨城県、群馬県、栃木県を指している。

不倫、駆け落ちした父親

 対して、正雄について訊くと「農家を継いだけど、あまりしみじみまじめに仕事をやる人間じゃなかったよな」「あのひとは働くのが嫌いでね」「でも男っぷりは良かった。口も上手かったから、女にはモテたよ」などという答えが返ってくる。田地を放ったらかしにしてさまざまなことに首を突っ込んでいた正雄は、一時期、選挙運動に夢中になっていた。近隣のM町にある寺の住職が地方選に立候補した際に手伝いをしたのだが、こちらでは働き振りが認められ、以降も住職の車や寺が運営していた保育施設の送迎バスの運転を任されるようになる。住職は平成10年に他界。保育施設の現在の理事長が「自分は直接会ったことはない」と断った上で、正雄について知っていることを教えてくれた。

「今から50年近く前のことになるかと思いますが、正雄さんがここでバスの運転手をしていたことは確かです。ただ正規の職員ではありませんでした。常勤の運転手が休んだりして穴が空いた時に頼まれていたようですね。他にも住職のおつかいだとか将棋の相手だとか……。毎月決まった給料を払っていたわけではなく、その都度、仕事した分のお金を手渡しする形だったと聞いています。昔はそういう、何をやっているのか分からないようなひとが地域にちらほらといたんです」

 いわゆる雑用係のようなものだったのだろう正雄は、やがて同保育施設で働く女性と結婚。実家で両親と共に暮らし、最終的に6人の子供をもうける。ところがある時、彼は別の職員と不倫関係になり、駆け落ちしてしまう。その相手が青葉真司の母、登紀子(仮名)だ。正雄たちの駆け落ちは、小さな町では大事件として語り継がれていた。「当時既に白馬車さんもお婆さんも亡くなっていたんで、お嫁さんと子供たちが取り残されてしまって」「食っていけないから上の子供たちから順に働きに出るようになって、それでひとり減りふたり減り、結局誰もいなくなった」。ある男性が、正雄が残した田地の様子が気になって見に行くと、別の人物が農作業をしていた。「正雄が田んぼを売っぱらっちゃったんだ。そういう男なんだよ」。また、ある女性は言う。「ただ、駆け落ちした後もここの家にちょこちょこと帰ってきていたんです。6人兄妹の最後の女の子はその頃にできた子だって言うんだからねぇ」。その後の前妻の行方を知るひとは誰もいなかった。そして皆、青葉真司が起こした事件に困惑していた。「犯人が正雄の子供だって聞いてびっくりしたよ。でも駆け落ちした女性との間の子供は見たこともない。大火傷をして、治療されているんでしょう? どうせ死刑になるんだから、放っておけばいいのに」。

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