ラムザイヤー教授「慰安婦論文」を批判するハーバード大学教授は文献を読めていないのではないか(前編)

国際 韓国・北朝鮮 2021年4月5日掲載

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論文を否定する材料としては無理がある

 彼らからいろいろ教わった同じハーバード大学ロースクールのソク・ジヨン教授(ラムザイヤー論文批判の急先鋒でもある)ですら、こう書いている。

「そこには1938年に作成された日本人女性を「酌婦」として雇う際の契約書の見本が掲載されていた(「酌婦」という職業は性労働を伴うものであると理解されていた)」(「慰安婦の真実の姿を求めて」、『ザ・ニューヨーカー』に掲載)

 酌婦は性労働の言い換えだということが「理解されていた」のである。

 さらに彼らは「慰安」という言葉にも蘊蓄を傾ける。「慰安」という言葉を聞いて、当時の日本人も朝鮮人も、必ずしも「売春」とは受け取らなかったという主張のためだ。

 それを証明するために、1917年から35年までの日朝の新聞で「慰安」という言葉が娯楽とかリクリエーションとかの意味で使われていたことを示している。

 しかしもちろん、そんなことは日本人にとっては当たり前のことである。

 一つの言葉にさまざまな意味が含まれているのは普通のことである。「慰安婦」という言葉を「ウェイトレス」「ホテル従業員」「遊園地係員」などと誤解させた場合があるのならば、問題だろう。

 しかし、ラムザイヤー論文が示しているように女性側(親)との間では、多額の前渡し金が契約の前提となっている。その段階で、親ないし女性は、周旋された仕事が「酌婦」あるいは「娼妓」(意味は公娼、私娼、慰安婦)だと気付いたと考えるのが合理的である。

 現代でも、「接客業」と称して募集をすることがある。その際に時給が1000円であればカフェ店員の仕事かな、と思うのは普通だろう。

 しかし「接客業募集 時給5000円~」だったら、普通のカフェやレストランではないことがわかる。

 誤解して当然だ、というのであれば当時の人を馬鹿にしているのではないか。

 こうして見ると、このような当時の言葉の解釈をめぐる批判は、ラムザイヤー論文を否定する材料としては無理があるのではないだろうか。

 ただし、専門家が長々と書くことによって、ラムザイヤー教授の日本語理解に問題があるという印象操作にはなっている。この「慰安」に関する彼らの蘊蓄もまた、ラムザイヤー論文を批判する人たちの共通の知識(というより誤った知識)になっている。

(以下、後編に続く)

有馬哲夫
1953(昭和28)年生まれ。早稲田大学社会科学総合学術院教授(公文書研究)。早稲田大学第一文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2016年オックスフォード大学客員教授。著書に『原発・正力・CIA』『歴史問題の正解』など

デイリー新潮取材班編集

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