ラムザイヤー教授「慰安婦論文」を批判するハーバード大学教授は文献を読めていないのではないか(前編)

国際 韓国・北朝鮮 2021年4月5日掲載

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「酌婦」の意味を理解できていない

 前にラムザイヤー論文を批判する学者に共通するスタンスと述べたのは、このことである。つまり、とくに註において示された資料、根拠について触れない。批判するために不都合なので無視しているようにも見える。

 これと関連して、彼らの日本語能力は充分なのか、註に挙げてある資料をしっかり読めているのかと疑わせる記述も見られる。彼らはこのように書いている。

「彼のソースの一つ(内務省1938年)は、上海の慰安所にリクルートされた日本人女性の契約書のサンプルを与えてくれる。それは女性を慰安婦(comfort woman)ではなく酌婦(bar maid)と記している。それは日本語で書かれている」

 補足しよう。まず、彼らは、後編で詳しく見る「内務省警保局長通牒」とあとで見る「上海領事館警察署報告書」とを混同している。両方とも1938年に作成されているからだろう。

 なぜ混同とわかるのかといえば、「内務省警保局長通牒」には売春婦の契約に関する言及はあるが、「酌婦」という言葉は使われておらず、「上海の慰安所」への言及もないからだ。

 一方「上海領事館警察署報告書」のほうには、「酌婦」という言葉があり、「上海の慰安所」への言及もあるが、契約についての言及はない。したがって彼らの混同は明らかだ。

 二つの資料を混同したうえで、彼らは、ラムザイヤー教授への批判を展開している。

「慰安婦」の契約を示す文書だと言いながら、実際は「酌婦」(bar maid)に関する文書を註にあげているではないか、これはゴマカシで研究上の不正行為だ、という論理である。

 しかし、そもそも彼らの間違いは、「慰安婦」と「酌婦」をまったく別物だと考えている点だ。

 彼らは「酌婦」の意味を理解できていない。論文の註にあげられている「上海領事館警察署報告書」は、次のように、「酌婦」とは文脈によって公娼、私娼、慰安婦のどれにでもなる売春婦の総称であったことを示している。なお、昔の文書なので読みづらいという方は、そのあとの筆者の解説まで飛ばしていただいても問題はない。

基本的知識を欠いている

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「昭和十三年中に於ける在留邦人の特種婦女の状況及其の取締並に租界当局の私娼取締状況」(在上海総領事館警察署沿革誌に依る)

一、芸妓 (省略)

二、酌婦

在留邦人経営の貸席は内地公娼制に依る乙種芸妓(娼妓)を抱え明治四十年七月貸席を開業したるものなるが昭和四年六月上海公安局は管下全般に亘り支那人公娼廃止を佈布すると共に支那街に在りし邦人業者に対しても閉鎖を強要する等の態度を示し(中略)当館(上海総領事館筆者註)に於いても同年公娼廃止に代わるべき弁法として料理店酌婦制度を設け爾来抱酌婦の改善を計り来る処昭和七年上海事変勃発と共に我が軍隊の当地駐屯増員に依り此等兵士の慰安機関の一助として海軍慰安所(事実上の貸席)を設置し現在に至りたり(後略)(吉見義明編『従軍慰安婦資料集』(大月書店)一八四頁、なお、読みにくいのでカタカナをひらがなに、かなづかいを新かなづかいにした)

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 文書のタイトルに「私娼取締状況」とあるのだから、「酌婦」とは売春婦(この場合は私娼、のちに慰安婦になった可能性がある)を婉曲に言い換えたものだ。ラムザイヤー教授もこの文脈では私娼ととっている。これは「慰安婦」と同様に、日本軍や官憲が公文書によく使った一種の専門用語だったといえる。

 彼らは「酌婦」と偽って女性を慰安婦にしたともいいたいらしいが、もともと「酌婦」は文脈によっては慰安婦も指すのが当時の常識だった。たしかに「不明瞭」だが、女性たちが「彼女たちがすることになっている仕事の性質に関して騙された」ことにはならないだろう。

 彼らはラムザイヤー教授の研究不正を告発したつもりかもしれないが、むしろ基本的知識を欠いている彼らのほうが誤読していたのだ。

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