デジタル教科書で子どもたちがバカになる? ICT教育の最先端、北欧で示された衝撃データ

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ここ数年“現金”を目にしていない

 スウェーデンに移住してまず驚いたのは、社会のデジタル化が予想以上に進んでいることだ。2010年の時点で、転入届その他、引っ越しに伴う手続きはすべてオンラインか郵送でできてしまい、どこにも出向く必要がなかった(わたしたちは外国人なので、指紋押捺と署名のために移民局に行く必要があったが)。最近はキャッシュレス化も進み、ここ数年現金を目にしていない。小学生のわが子も現金は持たず、バスカードとデビットカードを携帯ケースのポケットに入れて通学している。

 小学校ではイントラネットを通して生徒、保護者、学校が情報をやりとりする。学校からの連絡事項、宿題を提出したかどうか、テストの結果などが一目瞭然なので非常に便利だ。子供たちも、「今週の宿題は何かな?」というのをイントラネット上で確認する。古い世代の親としては、情報管理能力や自分で予定を立てる能力が育たないのではという懸念がないわけでもないが、便利なのは否めない。小学校高学年にもなると、パソコンを使う課題が増える。パソコンやキーボード自体の操作はもちろんのこと、プレゼンテーション用のソフトを使って見た目にも洗練されたプレゼンを作る技術を身に付けていく。自分の子供の話で恐縮だが、小学校6年生では社会、理科、家庭科、第二外国語……と多岐にわたる科目で、プレゼンテーションソフトを使う課題が出されていた。スウェーデン語や英語の授業ではクリエイティブライティングが多く、文書ソフトを使ってどんどん長文を書かせている印象だ。なお、スウェーデン語のアルファベットは29文字しかなく、小学校低学年のときも「字をきれいに書く」という練習はなかった。手書きへのこだわりは日本よりかなり少ない印象なので、それが課題のデジタル化をさらに後押ししているのかもしれない。

 小学校では、パソコンが必要な授業のさいには教室内で生徒にノートパソコンが配布され、授業が終わると回収する。宿題でもパソコンを使う必要が出てくる6年生以上に対しては、多くの市や学校が生徒に無償で貸し出している。

 このような社会に暮らしていて、デジタル化には素晴らしい面がたくさんあることを実感している。しかしそこにはやはり懸念も存在する。現在日本でも授業のデジタル化が検討されているが、スウェーデンではこれまでにどのような問題点が議論され、対策が施されているのかをまとめてみたい。

“紙の書籍”で読んだ生徒の方が内容をよく覚えていた

 コロナ禍前の2019年に、スウェーデンでは精神科医アンデシュ・ハンセンが著書『スマホ脳』(新潮新書)の中で、やみくもに学校教育にデジタルデバイスを取り入れることに関してある問題提起を行った。紙の教科書と電子書籍の教科書には同じ学習効果があるのかという点だ。ハンセンは著書の中で、ノルウェーの研究者が小学校高学年の生徒を対象にした実験を紹介している。生徒の半数には紙の書籍で短編小説を読ませ、残りの半分にはタブレット端末で読ませた結果、紙の書籍で読んだグループの方が内容をよく覚えていたという。

“特によく覚えていたのは、話の中でどういう順番で出来事が起こったかだった。考えられる説明としては、脳がデジタル端末のメールやチャット、更新情報などがくれるドーパミンの報酬に慣れ切ってしまっているからというものだ。脳が文章に集中するよりも、報酬がないことを無視するのに貴重な処理能力を費やしてしまい、結果として学びが悪くなるのだろう”(『スマホ脳』p.183より引用)

 ハンセンはインタビューの中で、このようにも語っている。「簡単な文章を読むのなら、デジタルでも紙でも大差はない。しかし難解な文章を読むときには、紙のほうが内容をよく覚えている。それはわたしたちが、デジタルで読むときのほうがついつい速い速度で表面的に読んでしまう傾向があるからかもしれない。だから現場の先生たちにはこうアドバイスしたい。難しい文章を読ませるときには、紙の本や教科書を使うこと。デジタルで読ませるなら、生徒が速く読みすぎていないかに気を配ってあげること」 

 なお、スウェーデンでも教科書がすべてデジタルになってしまっているわけではない。2019年の統計では、小中学校・高校が購入した教材のうち、32%が印刷されたもの、13%がデジタル、55%が紙とデジタルがセットになったものだった(スウェーデンの教材協会による統計)。わたし自身は高校で働いていて、子供がスウェーデンの小学校に通っているが、教科書は今でも紙のものが多く使用されている印象だ。デジタル教材の多くは動画やクイズ形式のアプリといったところだろうか。なおスウェーデンでは昔から教科書は学校が貸与するもので、生徒が購入する必要はなかった。何年にもわたって使用されるので、表紙の絵はかすれ、かなりくたびれた状態になっていく。

スマホがポケットに入っているだけで集中力がそがれる

 ハンセンはまた、学習の場におけるスマホの存在にも懸念を示している。スマホは、手に取らなくても、そこにあるだけで集中力を阻害するという。わたしたちの脳は、大好きなスマホの存在を無視するために貴重な知能のキャパシティーを割いてしまうのだ。

“大学生500人の記憶力と集中力を調査すると、スマホを教室の外に置いた学生の方が、サイレントモードにしてポケットにしまった学生よりもよい結果が出た。学生自身はスマホの存在に影響を受けているとは思ってもいないのに、結果が事実を物語っている。ポケットに入っているだけで集中力が阻害されるのだ”(『スマホ脳』p.93より引用)

 スマホとの距離のとりかたを考えなければいけないのは子供だけではない。ハンセンは大人に対しても、集中力が必要な仕事をするさいにはスマホを別室におく、チャットやメールのチェックは1時間に数分と決める、などのデジタル・デトックスを勧めている。詳しくはぜひ、『スマホ脳』の最後にまとめられた“デジタル時代のアドバイス”を参考にしていただきたい。

 とはいえ、時代の流れには逆らえない。スマホやパソコンがなかった時代に戻ることは今や不可能だ。その上で学校のデジタル化は歓迎すべきなのか、懸念すべきなのか? さまざまなインタビューの中でハンセンが強調するのは、「新しく何かを導入するときには、必ず研究結果を確認すること。新しいものイコールいいものだと思い込んで、やみくもに導入するのは危険」という点だ。デジタルデバイスには皆にとって便利で効果的なもので、社会格差を軽減できるものも多くある。ただし、科学的なメリットとデメリットを把握した上で、導入していくことが大切だ。

注目される“運動”の効果

 それと同時に、デジタル化がもたらしたデメリットへの対抗手段も講じていかなければいけない。ハンセンによれば、運動をすることで集中力や脳の実行機能がアップし、ストレスにも強くなるという。『一流の頭脳』(サンマーク出版)では、運動の効能、そしてどういう運動が効果的なのかを、さまざまな研究結果を例に挙げて示してくれている。スウェーデンでは『一流の頭脳』のヒットを受けて、多くの小学校で朝の運動タイムが取り入れられるようになった。『スマホ脳』ではその具体例や、学校から寄せられた感想が紹介されている。

 今までになく運動の必要性が重要視される一方で、子供の運動不足は年々深刻化するばかりだ。この状況を懸念したハンセンは、昨年秋に子供たちに運動の大切さを説いた児童書も発表している。『スマホ脳』のジュニア版ともいえるこの本。一人でも多くの子供たちに届いてほしいというハンセンの願いのもと、学校がクラス単位で生徒全員分の本を無料で注文できるというプロジェクトも発進した(送料・手数料は別)。「デジタル化と運動はセットで考える」、それがこれからの時代を生き延びるための賢いヒントなのかもしれない。

 補足になるが、デジタル化が進むスウェーデンでは、ネットリテラシーについても学校できっちり教育が行われている。特に「ネットいじめ対策」や「ファクトチェック教育」だ。どちらも文字が読めるようになったらすぐに始まり、その後も毎年年齢に応じた形で生徒に教育が施されていく。ネット上に流れる情報が玉石混交である今、フェイクニュースや煽るような記事の見出しに騙されないよう出典を確認することは、今や小学生でも当たり前に知っていることだ。学校でそんな教育を受けてこなかったわたしたち大人のほうが、ネットリテラシーが低い可能性もある。つまり、多くの親にとって教えるのが難しいテーマなのだ。だからこそ、国と学校が一体となって、これからの時代の子供たちを守る対策を立ててほしいと思う。

久山葉子(くやま・ようこ)
翻訳家。エッセイスト。2010年に家族でスウェーデンに移住。高校で日本語を教えながら、ストックホルム大学教育学部に在籍。訳書に『スマホ脳』、『メッセージ トーベ・ヤンソン自選短篇集』他多数。

デイリー新潮編集部

2021年3月30日掲載

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