「韓国側の批判は筋違い」、ハーバード大教授「慰安婦論文」批判の悪質な点を指摘する

国際 韓国・北朝鮮

2021年03月17日

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誤表記、公・私文書の混同、嘘

(1)「記事」の根本的な誤表記

 まず、誤表記がある。そもそも「韓国人女性の契約書」は存在しない。

 なぜなら、韓国は1948年に建国しているので、慰安婦がいた戦前・戦中期に「韓国人」はいなかった。いたのは、日本国籍の朝鮮人だ。「朝鮮人女性の契約書」ないしは「朝鮮系日本人の契約書」なら存在する。

(2)公文書と私文書の区別もついていない

 次に「朝鮮人女性の契約書」を探せということだが、ソク教授はこのような契約書は公文書ではなく私文書だということを知らないのだろうか。

 公文書なら公文書館へいけば、見つかるだろうが、私文書はみつからない。だいたいこのような高度のプライバシーを含む文書が公文書館で公開されるはずもない。

 日本、韓国、北朝鮮、および慰安婦のいたアジアの国々の個人宅を一軒一軒回って家探しして見つけろとでもいうのだろうか。ラムザイヤー教授が「あなたも探せないのは確実だ」といった意味がソク教授にはわかっただろうか。できないと知っていてこんなことを言っているのだとすると、これはアカハラ(アカデミック・ハラスメント)に等しい。

 もちろんそうした契約書があるに越したことはないのだが、ないことはまったく論文の主張とは関係ない。なぜなら、別の公文書が重要なことを示しているからだ。それに関連するのが(3)である。

(3)「2次出処もなかった」というのは嘘

 最大の問題は、「該当契約を記述した2次出処もなかった」がまったくの嘘だということだ。

 ラムザイヤー論文の注釈には「U.S. Office of War Information, 1944. Interrogation Report No. 49, Oct. 1, 1944, in Josei (1997: 5-203)」という文書が載っている。長くなるが、重要な点なので、引用しよう。この資料にはこうある。

日本と戦争していた米軍作成の資料

「米国戦争情報局(United States Office of War Information)心理戦作戦班日本人捕虜尋問報告書(Japanese Prisoner of War Interrogation Report)四九号、一九四四年一〇月一日
【序文】慰安婦(comfort girls)とは日本軍に特有の語で、軍人のために軍に所属させられた売春婦のことをいう。ここでの記述はビルマの朝鮮人従軍慰安婦に関するものである。日本軍は一九四二年にこのような朝鮮人慰安婦を七〇三人ほどビルマに向けて出航させたといわれている。

【募集】一九四二年五月、日本の業者が朝鮮半島に赴き、東南アジアにおける「軍慰安業務」のためとして女性を募集した。高収入、家族の借金返済のための好機、軽労働等の宣伝に応じて多くの女子が勤務に応募し、二~三〇〇円の前払報酬を受領した。彼女たちの大半は無知、無学の者であった。自ら署名した契約により、前借り金の額に応じ半年から一年の仕事に従事させられた。このような方法で約八〇〇名の女子が募集された。(後略)

【慰安婦の特性】慰安婦の平均年齢は二五歳ほどであり、無学で子供っぽく、気まぐれでわがままであった。彼女らは自分の職業は嫌いだと主張し、その職業や家族について語ることを好まなかった。(後略)

【生活及び労働条件】ミッチーナー(日本軍の占領地)においては、通常二階建ての大きな建物に住んでおり、一人一部屋を与えられていた。そこで彼女らは生活し、眠り、仕事をしていた。食事は経営者が用意したものであった。食事や生活用品はそれほど切り詰められていたわけではなく、彼女らは金を多く持っていたので、欲しいものを買うことが出来た。兵士からの贈り物に加えて、衣服、靴、煙草、化粧品を買うことが出来た。
 ビルマにいる間、彼女らは将兵とともにスポーツをして楽しんだりピクニックや演芸会、夕食会に参加したりした。彼女らは蓄音機を持っており、町に買い物にでることを許されていた。

【料金】彼女らが業務を行う条件は陸軍によって規制されていた。軍は、その場所に展開している様々な部隊のために、料金、優先順位、日割りを設定することが必要であると考えていた。(階級別に利用時間、料金を表示)将校は二〇円で宿泊が許されていた。
【収入及び生活条件】慰安所経営者は、契約時の負債額に応じて、慰安婦の売り上げの五〇乃至六〇パーセントを受け取っていた。多くの経営者は、食糧その他の品物に高価格を課すことによって、慰安婦の生活を困窮させていた。一九四三年後半、陸軍は、負債の弁済を終えた慰安婦は帰国して良い旨の命令を出した。これにより帰国を許された慰安婦が数人いた。
 慰安婦の健康状態は良好であった。彼女らは避妊具が充分に与えられており、兵隊たちもしばしば軍支給の避妊具を自ら持参した。日本人の軍医が週に一度慰安所を訪れ、罹病した慰安婦は治療、隔離し、入院させることもあった。(P.113-116)
(なおこの文書は以下のサイトで読むことができる。https://www.awf.or.jp/pdf/0051_5.pdf
 また、吉見義明元中央大学教授編纂の『従軍慰安婦資料集』(大月書店、1992年)にも440~450頁にかけて収録されている)」

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