人間は「合理的」に行動して失敗する――菊澤研宗(慶應義塾大学商学部教授)【佐藤優の頂上対決】

佐藤優 佐藤優の頂上対決 ビジネス 週刊新潮 2020年12月31日・2021年1月7日号掲載

  • ブックマーク

損得計算を超える

菊澤 ここで大きな問題は、優秀な人ほど不条理に陥りやすいということです。なぜなら彼らはさまざまなコストが見えてしまうからです。ガダルカナルでは白兵戦術からの移行に伴うコストの大きさが見えるし、インパール作戦ならそれを実行しない場合の戦局の悪化が見えてしまう。

佐藤 コロナ禍のオリンピックも、21世紀版ガダルカナルと言えるかもしれないですね。

菊澤 止めてしまえば、これまでかけてきた膨大な時間と労力が埋没コストになります。そして事後処理のため、多種多様の人間関係上の膨大な取引コストが発生します。それが見えると、もう後戻りできなくなる。

佐藤 アメリカのテレビ局NBCへの放映権料もあります。それに第3波で、欧州や中南米から選手が来なくなる可能性もある。もともとロシアがドーピング問題で参加できませんから、そうなると日米中の三国大会に近くなる。するとメダルの数は増えると計算する人もいる。

菊澤 不条理の中でも、特に重要なのは経済効率性と倫理性の不一致のケースです。損得計算上は得だが、倫理的には正しくないと価値判断するケースです。この場合、リーダーとなる人は、損得計算ではなく、価値判断に従うべきです。

佐藤 そこを間違うと、不正でも合理的だとして物事が進んでいく。

菊澤 最近、ゼミの学生に、損得計算の結果と価値判断の結果がズレた経験をレポートにしてもらったんです。すると出てきたのは、やっぱりというか、いじめの問題なんですね。塾で一緒の仲のいい友達が学校ではいじめられている。いじめは悪いことなので止めるべきだったが、自分もその対象になると損をするので、助けにいかなかった。

佐藤 慶應の学生ですから、頭のいい学生たちでしょう。

菊澤 だから彼らがリーダーになったとき、ちょっと怖いな、と思いました。ずっと損得計算という行動原理で育ってきているんですよ。損得計算上、不正の方が得をする状況に置かれた際、どのような行動をするのか、非常に心配です。

佐藤 前に先生は、自分ではコントロールできないから、恋愛をするといいとおっしゃっていましたね。

菊澤 そうですね。それもダメな恋愛をしてほしいと。損得計算など吹っ飛びますから。でもいまの学生は初めから危険を察知し、素早く損得計算し、危ない恋愛はしないんですよ(笑)。

佐藤 この価値判断において、先生は、小林秀雄が晩年まで取り組んでいた本居宣長の「大和心(やまとごころ)」を経営学の中で再定義され、その重要性を説かれています。

菊澤 「大和心」は、誠実さや真摯さなど見えないものに関わることであり、「もののあわれ」を理解する真心でもあります。つまり、非科学的な判断のもとになるものなんですね。反対に「漢心(からごころ)」は、科学知識、客観的な基準で、つまりは損得計算です。だから不正がそこにある時、損得計算を超えて価値判断ができるかどうかのヒントが「大和心」にあると考えています。

佐藤 損得計算や効率に支配されない価値判断をするには、超越的な概念というか、一種の哲学的なアプローチが必要になってくる。

菊澤 そうですね。価値判断は主観的なので、頭のいい人間ほど避けようとします。しかし、主観的だからこそ、その責任を取ればいいのです。ただ、日本人はこのあたりが少し弱い。

佐藤 誰かが価値判断するというよりは、その場の「空気」を読むというか、作ってしまう。

菊澤 不正だけど合理的という「黒い空気」が出来てくる。しかも、全会一致とか全員賛成ということが好きで、客観性を担保しようとします。そこでは誰も価値判断していないわけです。しかも、客観的なので、だれも責任を取る必要がない。そこが日本人の弱さという気がします。

評価すべき日本型組織

佐藤 一方で菊澤先生は、合理的に計算ずくでない日本の会社組織の曖昧さを評価されているところもありますね。

菊澤 日本の組織には、ただの損得計算に収まらないやわらかさがあります。コロナ禍で非常に日本的だと思ったのは、苦境にある全日空がトヨタに社員を受け入れてくれと要請し、トヨタがそれに応じて検討に入ったことです。こんなことはアメリカでは考えられません。日本ではコロナもみんなで一緒に耐えようとする。そこがとても日本的です。

佐藤 菊澤先生は、いま一つの流れとなっているアメリカ流のジョブ型雇用への移行にも批判的ですね。

菊澤 職務給にすると、みな単能工になり同じ職務に長くつきます。すると、不正が起こりやすくなります。またジョブ型にして評価主義を推し進めると、組織は分断の度合いが深くなります。さらに非正規も多いわけですから、組織として強さが失われていく。

佐藤 日本の総合職という曖昧な職種についても、評価されています。

菊澤 不確実な時代には、それが強みになる可能性があります。先日、ダイナミック・ケイパビリティ(変化対応自己変革能力)など組織変革について経済産業省でお話ししてきたのですが、変革に当たっての人材について、労働市場を使って必要な人材を組み合わせればいいじゃないか、と言う人がいたんです。

佐藤 人材の流動化を推進してきましたからね。

菊澤 でも労働市場から集めてきた人材で組織を作っても、それは単なるモザイクのような組織で強くないのです。彼らは損得計算して得だからとやってくるわけですから、危機の共有ができない。危機がきたら他に移ればいいという人たちを集めてもしょうがないわけです。会社が赤字になっても、苦境にあっても、この会社が好きだからやめない、この会社で働くことに価値を見出している、そういう価値判断をしてくれる人たちが強い組織には必要なのです。

佐藤 健全な愛社精神ですね。これは非常に大切ですよ。

菊澤 かつてカメラのフィルムメーカーのトップ企業は、イーストマン・コダックと富士フイルムの2社でした。両社とも、デジタルカメラが誕生して、将来的にフィルムの販売が大幅に落ち込むことを1990年代には認識していました。そこで富士フイルムは、危機状態にあることを社員にオープンにして危機を共有し、一丸となって事業を多角化します。まさにダイナミック・ケイパビリティを発揮して、写真フィルム技術を次々と応用して、特殊なフィルムや化粧品、医薬品の開発まで行うようになりました。

佐藤 一方、コダックはなくなってしまった。

菊澤 コダックは危機の共有ができませんでした。それをはっきりさせると、みんな損しないように逃げて行ってしまいますから。結局、上層部は、株主の利益を最大化すべくコスト削減をしたり、豊富な資金で自社株を買って株価対策をしたりしましたが、それではまったく変化に対応できなかったわけです。

佐藤 フィルムがいらなくなれば、会社もなくなるのが当然というのがアメリカでしょう。

菊澤 そうです。だから組織が変われない。富士フイルムの場合は、組織としてやわらかさがあった。高い社内労働流動性です。

佐藤 伝統的な日本型経営を評価すると、古い、遅れていると考える人がいますが、私は逆に半歩先を行っていると思うんです。コンプライアンス至上主義とか、評価主義や働き方改革で、いま会社組織はそうとうに歪みや軋みが出てきている。やっぱり組織には健全な愛社精神とか、損得計算を超えた理念が必要ですよ。

菊澤 その方がダイナミック・ケイパビリティが発揮しやすい、ということもあります。不確実性が普通の状態である時代になっていますが、日本企業はそれに対応できる潜在能力、つまり高い社内労働流動性を持っていると思うのです。

菊澤研宗(きくざわけんしゅう) 慶應義塾大学商学部教授
1957年石川県生まれ。慶應義塾大学商学部卒。同大学院商学研究科博士課程終了。商学博士。88年防衛大学校専任講師、93~94年ニューヨーク大学スターン経営大学院客員研究員、99年防衛大学校教授、2002年中央大学教授、12~14年カリフォル二ア大学バークレー校客員研究員を経て現職。大学院商学研究科教授も務める。

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]