アメリカが戦後も続けていた「心理戦」とは 日本には今もその影響が残っている――米国に協力的だった「朝日新聞」

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「原爆投下は仕方ない」と答えてしまう根本原因

 邪馬台国の所在地、明智光秀の謀反の動機等々、歴史にはさまざまな謎や意見の分かれる問題がある。何も古代や中世といった大昔に限った話ではない。太平洋戦争が避けられなかった理由についても諸説あるし、南京事件についても複数の見方が存在している。

 それは戦後の問題でも同様だ。たとえば論者によって大きく立場が異なるのが、占領軍の行った「心理戦」への見方である。

 終戦後、日本に上陸したGHQは日本に対して様々な「心理戦」を展開した。心理戦とは、ごく簡単に言ってしまえば、日本人の価値観、思考をアメリカに都合の良いものにするための作戦で、実は戦時中からいろいろな形ですでに実行されていた。ここまでを否定する人はまずいない。

 実行された心理戦のうち、今日でもウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(以下、WGIP)に関する問題はしばしば議論の対象となる。これも詳細は後述するが、要は「戦争で悪いことをしたのは日本人だ」という罪の意識を徹底的に刷り込むというプログラムのこと。

 WGIPについては、評論家・江藤淳がアメリカの公文書で発見し、『閉された言語空間』でそれを明らかにしたことで、日本人がその存在を知ることとなった。が、いまでもその影響力などについては見解が分かれているのだ。

 WGIPとはどのようなものか。また、どこが論点になっているのか。

 アメリカ、イギリス、カナダ、スイスの公文書を読み込んだ成果をもとに、『日本人はなぜ自虐的になったのか―占領とWGIP―』を著した有馬哲夫・早稲田大学教授に、初心者でもわかるよう説明をしてもらった。

――そもそもWGIPとはどのようなものでしょうか。

有馬:CIE(占領軍の民間情報教育局)が実施した作戦で、「極秘」とされた文書(のちに公開)にはその目的や内容が書かれています。それを読んでいただくのが一番わかりやすいでしょう。

 1948年2月の「記録用メモ」にはこうあります。

「敗戦の事実と戦争責任について、日本人の現在および未来の苦しみと窮乏の責任が軍国主義者たちにあることについて、また連合国の軍事占領の理由と目的について、あらゆる階層の日本人にはっきりと理解させること」

 このためにすでに第2段階までWGIPは実施されており、今は第3段階だ、とも記しています。

 また、翌月の文書にはこういう文章もあります。

「一部の日本人およびアメリカ人が、原爆の使用は『残虐行為』であると考える傾向をなくすこと」

「日本人が極東国際軍事法廷の判決を受け入れる心の準備をさせること」

 原爆が一番わかりやすい例でしょうか。言うまでもなく、原爆投下は市民を大虐殺した許されざる残虐行為です。アメリカによる広島市民、長崎市民の大量虐殺で、戦時中であっても決して許されません。

 当時の日本人でもそう感じた人は多かったのですが、これが反米感情に結びついては困る。そのため時には検閲を用い、また時にはメディアを使って、彼らは「原爆投下は仕方なかった」という考えを浸透させることに腐心したのです。

 その影響はいまでも目にすることができます。たとえば広島の原爆被害についての資料館の名前は「平和記念資料館」です。なぜ「広島原爆資料館」ではないのでしょうか。これに限らず、原爆に関しては奇妙なまでに「平和」という言い換えが目立ちます。これはWGIPによる押しつけの成果です。

 長崎のほうは「原爆資料館」となっていますが、そこで公開されている被爆者のインタビューでは「(原爆投下は)戦争を終わらせるためにしかたなかった」という声が数多く紹介されています。そんな馬鹿な話はありません。

 これらもGHQによる心理戦あるいは言論統制の影響です。

WGIPに協力的だった朝日新聞

――公文書に記録があるのならば、あまり議論の余地はないような気がするのですが、どのへんが論者によって立場が異なるのでしょうか。

有馬:WGIPの存在を知らしめた江藤淳は、これによって日本人の意識が大いに影響を受けた、という立場です。私も客観的に文書を読んでそう考えています。

 一方で、「そんなに影響力は無かった」という主張をする人がいます。最近では、『ウォー・ギルト・プログラム』という本を出した賀茂道子さんという研究者がその代表かもしれません。

 賀茂さんは、著書の中で、WGIPの第3段階は実行されておらず、またあくまでも「戦争の有罪性」を知らしめるためのプログラムであり、決して罪悪感をもたせるためのものではない、という説を唱えています。

 その説の問題はまず、「ウォー・ギルト」という言葉を勝手に「戦争の有罪性」と訳している点です。そのような解釈は突飛なもので、従来通り、「戦争責任」と訳すべきでしょう。その責任を日本人のみに押しつけようとしたから問題なのです。さらに、彼女が実行されなかった、という第3段階も実際には実施されています。それは一次資料をきちんと読んだうえで、当時のメディアをチェックすれば明らかです。

 簡単に言えば、賀茂さんの説は「アメリカは日本に民主主義を啓蒙するためにWGIPを実施した」というものです。この説はアメリカのみならず、当時協力したメディアにとっても心地よいものでしょう。

 朝日新聞などがこういう説に好意的な評価を与えている理由はよく理解できます。朝日新聞は新聞各社のなかでも図抜けてWGIPに協力的だったのですから。

 WGIP文書にはそのことを示すこんな文章もあります。

「極東国際軍事法廷での検察側の最終論告の全文を掲載するよう朝日新聞かどこかの新聞に促す」

 真っ先に協力が期待できる新聞が朝日新聞だったことがおわかりになるのではないでしょうか。

 ただ、朝日のみならず当時の新聞は実質的にGHQの支配下にありましたから、みんな言うなりだったということは申し添えておきます。

――しかし、戦後すぐのプログラムが現代まで効力を持っているものでしょうか?

有馬:賀茂さんとは別のロジックでWGIPの影響を否定する人たちも、そのようなことをよく主張します。

「なるほど、たしかにGHQはそういうことをやったのだろう。しかし、そんなものにずっと影響されたり騙されたりするほど日本人は馬鹿ではないはずだ」と。

 こういう人は、「日本人は自虐史観に陥っている」という説を嫌うので、こんなことも言います。

「日本の教科書にある近現代の歴史は、世界の教科書の歴史と大差ない。どこが自虐的だというのか」

 この種の理屈を言う人は大抵、先に上げたような文書、一次資料を読んでいませんし、読もうともしません。一種の理屈遊びをしているようなものです。

「日本人は馬鹿ではない」ということと、刷り込まれた特定の歴史観から離れられないことは何ら矛盾しません。そういう論理は、近隣の国に対しても失礼な話でしょう。

 たとえば、中国や韓国の歴史観は日本人から見てかなり偏っていますし、明らかに史実と異なる点も多々あります。でも、彼らはそれを本気で信じています。それは彼らが「馬鹿」だからではありません。ずっとそのように教わっているからです。

 また、特定の宗教指導者をトップとしている国家の教義や歴史観も、他の国から見るとかなり偏っています。でも、彼らは決して「馬鹿」ではないのです。

 教育、プロパガンダ、先入観から作られる思考様式のことをマインドセットと呼びます。特定のマインドセットが形成されれば、人はそれに影響されてしまう。これは別に陰謀論でも何でもありません。

 WGIPや心理戦の影響を過小評価しようとする人たちは、自分たちがいかなるマインドセットに陥っているのか、自覚がないのではないでしょうか。

 実際にどのようなことが心理戦として行われていたのか。その実態は次回のインタビューで。

デイリー新潮編集部

2020年7月16日掲載

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