過激化する人種差別反対運動 「ペニー・レイン」「風と共に去りぬ」がNGならあの大名曲は……

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 アメリカでの人種差別反対運動の影響は、文化を裁く次元にまで到達している。名画「風と共に去りぬ」は差別的な表現があることを理由に、一時的に配信が停止された。またビートルズの名曲の名前の由来となったリバプールのペニー・レインという通りの看板そばの壁には「人種差別主義者」と落書きが書きこまれた。通りの名前が奴隷貿易船の船長からきている、という説があるからだという。通りの名前の変更まで主張する極端な人も現れている。

 実際に改名に至ってしまった例もある。アメリカの人気カントリーバンド「レディ・アンテベラム」は「レディA」に改名することを発表した。「アンテベラム」が南北戦争前を意味し、奴隷制を連想させるのだという。

 こうした動きが当面やまないとすると、戦々恐々としているアーティストも多いことだろう。何気なく使った地名、人名、あるいはフレーズがどこで攻撃の対象となるかわかったものではない。

 たとえば奴隷制に関わっていたという基準で考えた場合、完全にアウトとなるのが日本人にも馴染み深い賛美歌「アメイジング・グレイス」である。ニューヨーク州等での弁護士資格を持つコリン・P・A・ジョーンズ氏の著書『アメリカが劣化した本当の理由』にはこうある。

元奴隷船船長が作詞した名曲

「日本でもよく耳にするこの歌(日本では亡き本田美奈子のバージョンが有名のようだ)は、しばしばアメリカの黒人霊歌と誤解される。しかし実際のところ、1772年にこの歌の作詞をしたのは、ジョン・ニュートンというイギリス人の元奴隷船船長であった。

 彼は若い頃、乗っていた奴隷船が嵐に襲われて死にそうになったとき、必死に神に祈ったことで“救われた”。その経験を機に、信心深いクリスチャンになる。ここで、ハリウッド映画をたくさん観てきた人なら、ニュートンが奴隷ビジネスの罪深さに気づいて名曲を生み出した、といったストーリーを期待するかもしれない。

 しかし、残念ながら、そうした痕跡はまったくない。彼は改悛した後も長らく奴隷船に乗り続け、海を離れて牧師になってからも奴隷ビジネスに投資した。何冊もの本を書き、『アメイジング・グレイス』の他に200以上の賛美歌を作り、牧師として世の中の罪を話題とした演説や説教もたくさん行ったが、奴隷制に対して倫理的な疑問を投じるような文節は一つも残していないと言われている。ニュートンには神を冒涜したことへの罪の意識はあっても、奴隷に対して贖罪しようという気持ちはなかった。

 きわめて強い宗教心を持つ人物が奴隷取引の残忍さを目の当たりにしても、なお奴隷制を否定するには至らなかったのである。今の感覚では理解できないことばかりだが、この時代の宗教と奴隷制の結びつきは特にわかりにくいかもしれない。なにせイギリスの植民地だったジャマイカでは、何とイギリス国教会が多くの奴隷を所有していたのだから」

 もちろん現代人から見ればニュートンはとんでもない男である。しかしだからといって名曲を封印させることが正しいのだろうか。多くの国に負の歴史はあるが、それを理由に現在残っている作品や文化を裁くことにどれほどの意味があるのだろうか。差別を助長するような表現、誤解を拡大再生産するような作品の取り扱いに注意が必要なのは言うまでもない。しかし、多くの人は現在の価値観で安易に過去の文化を裁き、否定する行為に違和感を覚えているのではないだろうか。

 ジョーンズ氏は同書でこうも述べている。

「“人間は皆平等”という立派な理念を独立宣言に記したトマス・ジェファーソンをはじめ、ジョージ・ワシントンや憲法の制定に携わった建国者の多くが、奴隷の所有者であったことはよく指摘される」(同)

 そもそも歴史的経緯を厳密に言い出せば、白人はもちろん黒人もその他の人々もアメリカに住む権利はないのだが……。

デイリー新潮編集部

2020年6月20日掲載

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