兜町の風雲児「中江滋樹」焼死 報復を恐れ北米転々の破天荒人生

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 漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」で知られる東京・亀有。そこからさほど遠くない河の側に立つ木造アパートから、黒々とした煙が噴き出たのは2月20日の朝8時を過ぎた頃だった。

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「気が付いたら焦げ臭い臭いがあたりに充満しており、すぐに消防車がやってきました。火元は2階の一番奥の部屋。でも、このアパートは住民同士の付き合いがない。どんな人が住んでいたのかも分からんのです」(1階の住人)

 だが、部屋の主はすぐ分かった。元投資ジャーナルグループ会長の中江滋樹氏(66)である。

 捜査関係者が言う。

「焼け跡からは1人の焼死体が見つかりました。ほとんど黒焦げといってよく、DNA鑑定が難しい。そこで歯形から本人と特定したのです」

 かつて「兜町の風雲児」と言われた中江氏の人生は破天荒そのものだ。

 600億円近い金を懐に証券界で暴れまくり、田中角栄元首相やテレビ朝日元専務の三浦甲子二氏など政財界・マスコミの大物から可愛がられた。アイドル歌手との関係も話題になったが、1989年、詐欺罪で懲役6年の実刑判決を受ける。さらに98年、預かった約54億円の手形を焦げ付かせたまま、姿をくらましてしまう。

 中江氏を知るジャーナリストが言う。

「金を貸したのが山口組ら暴力団幹部だったことから、“殺されてコンクリート詰めにされた”と噂されたものです。しかし、実際にはロスやラスベガス、バンクーバーなどを転々としていた。北米を逃げ回っていたのは、ヤクザが入国しにくかったからです」

 その中江氏が、失踪から6年ぶりに生まれ故郷の滋賀に姿を現したのは2004年のこと。

「本人によると、山口組の東京責任者に電話をしたら、“あんたには儲けさせてもらったから命は狙っていない”と言われた。それで安心して戻ってきたというわけです」(同)

 十数年前に東京に舞い戻ったものの、かつての精彩は失われていた。金銭的にも窮していたが、相場の研究だけは欠かさなかったという。

「最近は食欲がないとこぼしていました。元気をつけてあげようと年明けにしゃぶしゃぶに誘ったところ、“久しぶりに沢山食べることが出来た”と喜んでいたのですが……」(同)

 出火原因は寝タバコと見られている。中江氏は株価チャート本を欠かさず手元に置いていた。すっかり焼け焦げた部屋にはそれすらも残っていない。

週刊新潮 2020年3月5日号掲載

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