新型コロナ 告発医師がクルーズ船から追い出された根本的な理由は

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 新型コロナウイルスに関連して、メディアには様々な専門家がそれぞれの知見を述べている。問題は、その知見が必ずしも一致していないところだろう。「全員検査はできる! やれ!」という専門家もいれば、「そんなのは無理! 無駄!」という専門家もいる。素人は誰が本当のことを言っているのか判断が難しい。

 この間、専門家のなかでも強烈なインパクトを社会に与えたのが神戸大病院感染症内科の岩田健太郎教授である。集団感染が広がる豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号の中に入った時の模様をユーチューブで配信した内容が衝撃的だったのだ。岩田教授によれば、アフリカのエボラ、中国のSARSなどと立ち向かった自分ですら「恐怖」を感じる状況だったという。そのうえで、「心の底から怖いと思いました」と語り、船内が専門家の目から見て酷いことになっていたと告発。さらに自身の提案などは相手にされなかったことも伝えたのである。

 この告発については、岩田教授を船内に案内した厚生労働省技術参与の高山義浩氏が、内容の一部を否定、修正するなどしたこともあり、必ずしもすべてが本当だとは受け止められていない面もあるものの、一方で船内の態勢に何らかの不備があったことは明らか。

 これからのことを考えれば、本来、冷静に「どこが間違っているのか」「どこから手をつけるべきか」といったことが議論されていくことが望ましかったのだろうが、残念なことに話は脇道に逸れていったようだ。

 その一因として、岩田教授のツイッターでの過去の発言を問題視する人たちがいたこともあるようだ。岩田氏は従来からツイッター上で様々な意見を発信しており、なかでも「ネトウヨ」に対して批判的な立場。彼らをゴキブリに喩えて、

「ゴキブリは鬱陶しいわりに実害なし。ネトウヨみたいなものです」

「ネトウヨは気を悪くしないでください。あなたたちがゴキブリに似ていると言いたいのではないのです。ゴキブリがあなたたちに似ているのです」

 とかなり過激な発信をしていたことがあったのだ(2019年7月12日)。

 このため、岩田教授はかねてから一部の人には敵視されていたようだ(岩田氏が先に敵視していた、とも言えるだろう)。

 そこへきてダイヤモンド・プリンセス号に絡んでの動画を世界に向けて発信したものだから、「あいつは反日だ」といった声がネット上で燃え上がることになったのである。

 その結果、せっかくの覚悟の発信だったにもかかわらず、「船内の検疫態勢に不備はないか」「現時点での改善点とは」といったところから脱線して、「そもそもこの人に何か言う権利があるのか」とか「この人は何らかの勢力に加担しているのではないか」といったところまで議論が拡散してしまったのである。

本来の議論すべきテーマから焦点がぼけていく。こうした現象は、ネット上では珍しくない。

 いわゆる「ネトウヨ」「パヨク」の不毛な議論を題材にした『ネトウヨとパヨク』の中で、著者の物江潤氏は、冷静な議論をするためには「自らの主張は仮説にすぎないと確信」し、反対意見にも耳を傾けることの重要性を強調し、「人格をおとしめるようなレッテル貼りは許されない」と戒めている。岩田教授の一件で言えば、特定の民族を「ゴキブリ」扱いする人たちも問題ならば、そういう「ネトウヨ」を「ゴキブリ」扱いすることもまた、同様に問題だということになるだろうか。

 改めて、物江氏に意見を聞いてみた。

「本来、自分と相手の思想信条は脇に置き、主張そのものだけに注目して議論をするのが基本中の基本のはずです。今回の件でいえば、基本的に医療や科学の問題であって、そこに政治的スタンスを絡めるべきではありません。

 ところが、相手の思想信条を根拠にし批判しているケースが散見されます。国家の緊急時に、建設的な議論を妨げるようなやりとりは残念です。

 議論の基本中の基本を当然知っているであろう知識人と目される方々のなかにも、ネット上だと議論のルールの基本を平然と無視してしまう方々が見られます。

 知識人の方々には釈迦に説法ですが、『主張だけを抽出し、互いの思想信条を含めたその他一切のものは捨象して議論をする』という原則を念頭に置きながら冷静にネットを活用していただきたいと思います」

 岩田氏が乗船からほどなく下船を強いられた事情について、前出の高山氏はフェイスブック上でこう述べている。

「現場が困惑してしまって、あの方がいると仕事ができないということで、下船させられてしまったという経緯です。もちろん、岩田先生の感染症医としてのアドバイスは、おおむね妥当だったろうと思います。ただ、正しいだけでは組織は動きません。とくに、危機管理の最中にあっては、信頼されることが何より大切です」

 複数の人が働く現場で、いきなりやってきた部外者が頭ごなしに何かを言って、かえって混乱してしまう――というのは組織ではよく見られる構図。部活動あたりでは、たまにやってくる先輩が喝を入れて後輩はシラケてしまう、なんてこともある。

 岩田氏なりの正義感、使命感ゆえの言動であり発信だったのは間違いない。が、安易に「アフリカのエボラ」といった刺激的な表現を使ったことは効果的だったのかは意見が分かれるところだろう。国家的な危機の中、「信頼」を得るなんて悠長なことを言ってられるか!という気持ちはわかるものの、専門家にこそ冷静な対応が求められるのではないだろうか。

2020年2月29日掲載

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