【イージス・アショアの不都合な真実(1)】異常な選定作業の知られざる内幕

政治週刊新潮 2019年7月18日号掲載

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候補地選びは“グーグル”で

 はじめに、冷静に議論する素地を整えるべく、最近熱を帯びている「配備候補地」の問題について、軍事的観点から解説を試みたい。

 先述のとおり、「イージス・アショア」とは、イージス艦の防空システムを、そのまま陸上に設置したものである。「防空」とは、爆撃機や巡航ミサイル、弾道ミサイルといった、空から襲い掛かってくる脅威を防ぐことを意味する。戦後一貫して「専守防衛」に徹する日本には、他国のように、脅威を根本から排除するという選択肢はない。基本的に、守りに徹するしかない。

 一方、北朝鮮は日本を射程に収める弾道ミサイルを多数保有し、中国も軍事力全体を急激に増強するなど、日本を取り巻く現状は、確実に厳しさを増している。そうした状況下、高まる空からの脅威に対応する一つの方策が、イージス・システムを陸上に配置することなのである。

 では、配備にあたって軍事的に考慮すべき事柄は何か。いくつもあるが、主なものは、(1)脅威の方向、(2)国土の特性、(3)配備する数である。日本にとって脅威の方向は、「西」(北西~南西)である。国土の特性としては、南北に細長い上、本州に限らず、いずれの場所も中央部に山が連なる。そして、迎撃ミサイルの能力を踏まえると、最低2基が必要となる。

 となると、西側からの脅威をより遠くで見つけ、より早く対処するためには、陸上イージスから発するレーダー波を山に遮られない海側が適している。そして、1基は東日本を守るために北海道から本州中部の中間地点に、もう1基は西日本を守るために本州中部から四国・九州・沖縄の中間地点に配備するのがよいだろう。つまり、東北地方の日本海側と、中国地方の日本海側が、配備候補地として浮かび上がってくる。

 軍事アナリストとして明言できることはここまでである。その上で、議論を深めるために、敢えて少し踏み込んでみる。仮に、筆者が防衛省で陸上イージスの配備に関する政策立案を担当することになったならば、次のように考えるだろう。

 まず、厳しい財政状況を踏まえ、投じる税金は少しでも抑えたい。しかし現実に脅威は存在しているので、頼りになるものを可能な限り早く配備したい。そして何より、地元にとって、より負担が少ない、より安心できる形で配備したい――。

 コストを抑え、配備を急ぎつつ、地元に与える影響を可能な限り減らすには、既に国が所有している土地で、インフラが整い、一般論として市街地等の生活圏に接していない場所、つまり、自衛隊の演習場などの「国有地」を活用することが最も合理的だと判断するだろう。こう考えると、防衛省が説いているロジックは、大きな方向性としては一定の理があると言える。

 ただし、今回、少なからぬ国民、特に配備候補地の一つである秋田県の人々が陸上イージスに不信感を抱くようになった責任は、明らかに防衛省にある。きっかけは「山の高さ」だった。防衛省は今年5月、秋田市に所在する陸自の「新屋(あらや)演習場」が配備に最適である、との調査報告書を、県知事と市長に提示した。ところがそのわずか1週間後、地元紙の秋田魁新報が「調査報告書に事実と異なるずさんなデータが記載されている」と報じたのだ。

 報告書は県内の複数の別の候補地について、「近隣の山が陸上イージスのレーダーを遮るため不適」と結論づけていた。その山の標高について、秋田魁の記者が「そんなに高いはずがない」と思って調べたところ、案の定、報告書に誤りが判明した。そして、少なくとも山の高さだけでは「不適」とは判断できない候補地が、新屋演習場以外にも出てきてしまったのである。

 では、なぜそんなミスを犯したのか。防衛省の担当者は、山の仰角を算出する際になんと「グーグルアース」と分度器で計算を行ったというのだ。ここで強調しておきたいのは、陸上イージスを所管するのが陸上自衛隊であるという点だ。諸外国における陸軍に相当する組織である。にもかかわらず防衛省は、重要な国防施設を設置するにあたって、机の上だけで候補地を検討していたことになる。

 軍事のプロからみて、これは尋常なことではない。ある陸自OBは、「山の標高すら満足に測れない組織が、どうやって日本を敵から守るのか」と呆れていた。明治維新後の日本で、国内外の地図を作ったのは、主に陸軍参謀本部に属する「陸地測量部」だった。日露戦争で日本軍が数万人の死傷者を出しながら攻略した、旅順要塞を思い起こしてほしい。戦局の転換点になったのは、203高地と呼ばれる丘を日本軍が制したことだった。丘の名称は、その標高(203メートル)に由来する。かつての日本軍は、外国(この場合は中国)にある小さな丘の標高まで、精確に把握していたのだ。それは、開戦前に何人もの測量要員を現地に送り、詳細な地図を自分たちの“目”と“足”を使って作製していたからである。

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