灼熱――評伝「藤原あき」の生涯(48)

国際Foresight 2019年5月4日掲載

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 昭和3(1928)年8月15日、大阪毎日新聞社門司支局ビルの1階に、撞球場(ビリヤード)があり、社会部記者の大山岩男はくわえタバコにキューを持ち、球を突くことに集中していた。

「大山さん、東京からです」

 やってきた給仕から面倒くさそうに伝言メモを受け取ると、本社(『東京日日新聞』を発行していた毎日新聞東京本社)からの伝言用紙だった。

 紙に書かれている文字に目を落とすと、

「これは面白くなる」

 とキューを慌てて置き、階段を一段抜きで駆け上がり2階の編集局に戻った。...

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