東野幸治が描く “大木こだま伝説” 「デビューはツービートと一緒、同期はビートたけしさん」

芸能週刊新潮 2019年4月18日号掲載

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 東野幸治が仲間たちの秘話をつづる連載「この素晴らしき世界」。今週のタイトルは「チッチキチーな男、大木こだま(2)」。

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「チッチキチー」というギャグでお馴染み、大木こだまさんの話の続きです。

 こだまさんは現在のコンビ「大木こだま・ひびき」の前、「大木こだま・ひかり」というコンビを組んでいました。デビューはなんとツービートと一緒で、ビートたけしさんと同期です。

 こだまさん曰く、「漫才ブームがくるかなり前に、一度、名古屋の大須演芸場で出番が一緒になったんや。舞台終わりで、こだま・ひかりとツービートの4人で近くの小さな焼肉屋に行ったことがある」そう。

「どうでした?」と私が身を乗り出して聞くと、

「きよしさんが『みんなで漫才頑張っていこう! 4人で頑張っていこう!』とやたら言ってて、その横でたけしさんが『ダメだよ! 漫才なんか! 無理だよ!』ってきよしさんの言うことを片っ端から全否定してたで~」

 と懐かしそうに話してくれました。私はこだまさんとたけしさんが繋がっていたことに喜びを感じました。

 ご存知のように、ツービートは1980年から始まる漫才ブームでスターダムに駆け上がり、たけしさんは現在まで40年近く芸能界でトップをひた走っています。

 一方、大木こだま・ひかりは同じ時期、漫才ブームに乗るのではなく、まずは「お笑いスター誕生!!」で10週勝ち抜き、グランプリを獲得します。1981年のことです。

 それ以前に「お笑いスター誕生‼」でグランプリを獲得したのは、B&Bとおぼん・こぼんの2組だけで、この2組はその後、漫才ブームでもスターになっていきました。また、後のグランプリにはあの「とんねるず」もいます。まさに、「お笑いスター誕生!!」でグランプリを獲ることは、スターへの登竜門でした。

 けれど、残念なことにその切符を手にしたにもかかわらず、大木こだま・ひかりはスターにはなれずに、解散してしまうのでした。

 しかし、転んでもタダでは起きないのがこだまさんのすごいところ。すぐに新しい相方・ひびきさんを見つけて、もっと面白い漫才で舞台に戻ってきました。

 新コンビ、大木こだま・ひびきを結成した直後、今宮戎神社こどもえびすマンザイ新人コンクールで優勝するのです(その時の奨励賞は宮川大助・花子さん。ちなみに翌年の優勝は吉本の養成所NSCの1期生である「松本・浜田」、後のダウンタウンさんでした)。

 そしてその後、こだまさんが32歳の時にコンビで吉本に入ります。しかも、同じくケーエープロダクション所属で、当時関西で超売れっ子だった女漫才コンビ、海原さおり・しおりのさおりさんと結婚したのです。これは関西ではなかなかのビッグニュースとなりました。

 付き合っている当時は10倍以上の収入差があったという2人ですが、仕事がないこだまさんをさおりさんは全く気にしていなかったそうです。外食をした際には机の下からコッソリさおりさんがこだまさんにお金を渡し、こだまさんがお金を払っていたとか。

 誰がどう見ても格差婚でしたから周囲は大変心配しましたが、「兄さんはメチャクチャ面白いから大丈夫!」と、さおりさんは本心からそう思っていたそうです。

 結婚を吉本の会長に報告すると、「海原さおり・しおりを吉本に入れて、大木こだま・ひびきが前の事務所へ戻ればええやん」と半分冗談で半分本気……ではなく、半分以下の冗談と半分以上の本気の言葉を頂いたそうです。

(続く)

東野幸治(ひがしの・こうじ)
1967年生まれ。兵庫県出身。東西問わずテレビを中心に活躍中。著書に『泥の家族』『この間。』がある。