亡き妻が言った「待っている」が生きる支えに 震災から8年 遺族たちを絶望から救った「霊体験」とは

社会2019年3月11日掲載

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 2011年3月11日に発生した東日本大震災。その死者・行方不明者は、1万8千人以上に及んだ。

 あれから8年。未曾有の大震災で突然大切な人を失った人々の心を、絶望の淵から救ったものは何だったのか。
 そこには、これまで語られることがなかった数々の「不思議な体験」があったのだと、ノンフィクション作家の奥野修司氏は言う。

 被災地に何度も足を運び、遺族たちの噴き出す思いを取材。不思議な体験に耳を傾け、遺族たちの奇跡と再生を記録した。今回はその記録をまとめた『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』から、奥野さんが聞き取ったAさんの例を紹介しよう。(以下引用は同書より)

 ***

 Aさんは妻と2歳にもみたない次女を失った。
 2人が発見されたのは、津波から2週間経ったころだった。

「2週間もあの冷たい中に晒(さら)されていたのかと思うと、しばらく風呂には入れませんでした。自分だけ温かいお風呂につかるなんて、妻や娘に、ほんとに申し訳ないと思ったのです」

 Aさんの家の仏壇には大小2つの骨壺が並んでいる。
 子供を失った遺族には、冷たい墓の下に置きたくないと、納骨をしていない人も多いという。

「納骨しないと成仏(じょうぶつ)しないと言われますが、成仏してどっかに行っちゃうんだったら、成仏しない方がいい。そばにいて、いつも出て来てほしいんです」

 Aさんに不思議な出来事があったのは、2人を火葬することができた日の夜だった。

「夜中に目が醒(さ)めると目の前に2人がいたんです。ああ、妻と娘が逢いに来てくれたんだと、泣いて手を伸ばしたら目が醒めたんです」

 Aさんは、愛する妻と娘を同時に失い絶望のどん底にいた。

「私にとって何が希望かといえば、自分が死んだときに妻や娘に逢えるということだけです。それには魂があってほしい。暗闇の向こうに光があるとすれば、魂があってこそ逢えると思うのです。それがなかったら、何を目標に生きていけばいいのですか」

 Aさんのこれからの生きる希望は、自身が死んだときに2人に逢えることだという。

 亡くなった妻と婚約指輪を交わした結納の日の晩にも、夢の中に妻があらわれたのだという。

「いるかいないかわからないような真っ暗な中で、ぼんやりと輪郭(りんかく)だけが見えていました。そしてはっきりとひと言、『戻りたい』と私に言ったのです」

 Aさんにとって夢は、生きていく糧となっていった。

「触れ合うことも会話をすることもできないけど、夢の中だけが震災前と同じ気分に戻れるんです」

「愛する人がいない世界は想像を絶する地獄です」

 とAさんは言う。
 そんなAさんを慰めるかのように、妻と娘は夢にあらわれ、そして声をかける──。
 そしてある日、妻はAさんにこう告げた。

「待っている」

「『待っている』というのは、私にとっては究極の希望です。みなさんの言う希望は、この世の希望ですよね。私の希望は、自分が死んだときに最愛の妻と娘に逢えることなんです」

 Aさんは続ける。

「死んだ先でも私を待っていてくれるという妻の言葉こそ、私には本当の希望なんです。いつか再会できるんだという一縷(いちる)の希望が持てたからこそ生きてこれたのだと思います」

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 同書にはAさんのように「不思議な体験」をした遺族たちの告白がいくつも綴られている。亡き兄から届いた「ありがとう」というメール。突然動き出した亡き息子の玩具。遺体の腹部から浮かび上がる青い玉――。

 奥野さん自身、極めて科学的な視点をもつ作家で、幽霊は信じていない。それが故に、この遺族たちの体験が“ノンフィクション”として成り立つのか、どうやってそれが事実であると伝えるのか、不安に思ったこともあったという。しかし、奥野さんは以下のように考え、執筆を決意したという。

「不思議な体験が真実かどうかはすべて語られる言葉の中にある。それを毀(こわ)さないようにそっと受け取るのが僕の役割だ」(同書「旅のあとで」【あとがき】より)

 あれから8年──。大切な人を亡くした人たちの心の復興は、これからも時間をかけて ゆっくりとゆっくりと進んでいく。

デイリー新潮編集部