灼熱――評伝「藤原あき」の生涯(25)

国際Foresight 2019年1月6日掲載

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「我らのテナー藤原義江」として活躍している人物が、まさか暁星小学校で時間を共にした「水野義江」と同一人物だったことに、後年、同級生たちは驚いたという。

「学校の前の雨宮さんの家に石を投げてガラスを割って、ブフ校長にひっぱたかれたあの水野が、我らのテナーとは」

「いや水野はハーモニカもうまかったし、音楽家になる片鱗はあったさ」

追われるように退学させられた後、一切音信不通だった義江の変貌に注目した。

暁星小学部を退学となった義江は寄宿舎を出ることになった。...

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