灼熱――評伝「藤原あき」の生涯(20)

国際Foresight 2018年12月2日掲載

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 明治38(1905)年に、あと取りとして義江を自分の養子にまでした水野松次郎だったが、妻が「義江とは暮らせない。私が出て行く」と怒り心頭に言えば、義江を出すという選択肢しか考えられなかった。

 水野は自分を責めながら考えた。

「これが血のつながった親子だったら、どうなのか。義江が手を付けられない子供だとしても、出ていけという決断にはならないのではないか」

 旭楼から寺の小僧に行かせたり、自分の養子にしたことがすべて間違っていたのか。...

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