東野幸治が描く“リットン調査団藤原伝説”「結成当時のブルーハーツをゲラゲラ笑わせたという都市伝説」

芸能週刊新潮 2018年11月15日号掲載

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 東野幸治が仲間たちの秘話をつづる連載「この素晴らしき世界」。今週のタイトルは「たぶんもう一生売れない男、リットン調査団藤原(1)」。デビューから33年。リットン調査団の藤原さんと水野さんの出会いのは……

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「2丁目探検隊」と聞いてすぐお笑いイベントとわかる人は、50歳以上で余程のお笑いオタクだと思います。

 今から30年ほど前、大阪はミナミの心斎橋筋2丁目劇場という劇場で、ダウンタウンさんを筆頭に今田耕司さんや130R(板尾創路さんとほんこんさん)、ボブキャッツさんなど大阪NSC組の先輩芸人の皆さんと、私や同期の芸人でリットン調査団、清水圭・和泉修、メンバメイコボルスミ11などのオーディション組が、月に1度の「2丁目探検隊」というイベントで切磋琢磨していました。

 私はその中でもリットン調査団とは同じルートで吉本に入り、同じ仕事をして、同じ飯を食べ酒を飲み、バカ話で腹を抱えるほど笑い合ったりしていました。未来のことなどボンヤリとしか考えてなかった時代です。

 リットン調査団とは水野透と藤原光博の2人組で、カルト的な人気を誇るコント師です。カルト的というのは、いわゆる「フリがあってボケがあって相方がツッコむ」というパターンに当てはまらない笑い。例えば「坊さんが屁をこいた」とミュージカル風に歌い踊ったり、チョンマゲのカツラをかぶって「♪ちょんまげつけたらヨーロレイヒ〜」と歌ったりする……意味わかりませんね。当時の劇場のお客さんは女子中高生が中心だったのであまりウケなかったのですが、中にはツボにハマる女子高生もいたし、男子や芸人仲間にファンが多く、結成当時のブルーハーツがわざわざリットン調査団を観に来てゲラゲラ笑っていたという都市伝説のような話もあるくらいです。

 デビューから33年経った現在、藤原さんは56歳で水野さんは58歳。2人ともアルバイトをしながらの芸人人生です。なかなか辛いものがあると思います。芸風は今も変わらず、東京や大阪での劇場の出番もありません。営業やイベントの仕事が中心です。

 そんな2人の出会いは藤原さんが京都の桃山学院大学に入学した際のこと。プロレス研究会の看板に貼られた、当時WWFヘビー級チャンピオンのボブ・バックランド選手のポスターを眺めていた時でした。

「ちょっとチミチミ、プロレス好きなの?」

「天才バカボン」の世界から飛び出してきたような台詞に振り返ると、そこには後に相方になる丸顔の水野さんがいました。バカボンの世界が大好きな藤原さんは何の躊躇いもなく「好きなのだ〜」と答えました。

 2人はすぐに意気投合。プロレス研究会では水野さんがプロレスの実況、藤原さんがレスラーになりコントを演じ、仲間内ですぐに人気者になりました。さらに藤原さんは当時人気のテレビ番組「ラブアタック!」にレギュラーで出演。1人の女子大生を巡って数名のおもしろ男子がアピールし合うその番組で、必ず毎回振られる「みじめアタッカー」になり、ますます人気者になりました(ちなみにその数年前の「みじめアタッカー」が百田尚樹さん。それを機に放送作家となり「探偵!ナイトスクープ」の構成作家になります)。

 そんなある日、水野さんに「俺が黒澤になるからお前は三船になれ!」と言われて、藤原さんはお笑いの世界に飛び込みます。黒澤明監督と三船敏郎さんの関係性と同じで、リットン調査団は水野さんがネタを書き藤原さんが迷う事なく演じるコンビになりました。

 当時、大阪ではダウンタウンさんが女子中高生に大人気。めちゃくちゃ面白くてカッコイイ。そんなお客さんの中でリットン調査団のコントはなかなか受け入れられませんでした。(続く)

東野幸治(ひがしの・こうじ)
1967年生まれ。兵庫県出身。東西問わずテレビを中心に活躍中。著書に『泥の家族』『この間。』がある。