灼熱――評伝「藤原あき」の生涯(15)

国際Foresight 2018年10月28日掲載

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第2章 我らのテナー

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 藤原義江は晩年に、

「自分の人生を振り返ると、恋愛と借金を繰り返し、その間歌も歌った。この一行が僕の人生だった」

 と書いたことがある。

「我らのテナー」と呼ばれ日本中を席巻し、日本と外国を行き来しながら歌を唄い、観客の胸に突き刺さるステージを数々開いた。日本の社交界の中でも中心的な存在で、義江がその場にいるだけで会の格式が上がり華やいだ。日本で初めて本格的なオペラを上演するための「藤原歌劇団」を設立し、生涯、本格的オペラの普及に努めた。...

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