怪死「紀州のドン・ファン」幼妻の素顔 結婚を知らなかった実母、“企画女優”の過去

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「55歳差」の壁を乗り越えて結ばれた矢先に夫が怪死。悲劇の只中にある妻のSさん(22)は「紀州のドン・ファン」こと野崎幸助氏(享年77)との邂逅を果たすまで、一体いかなる人生を辿ってきたのであろうか――。

 悲劇の幼妻、Sさんのルーツを探ると、出身地は北海道札幌市。5人家族で、医療関係の仕事に従事する両親、3つ年上の姉と2つ年下の弟がいる。

 地元の小、中学校を経て、入学したのは偏差値が45前後の公立高校だった。

 高校の同級生によると、

「僕らの学校はヤンチャなところで、チャラい格好の生徒が多かった。でも、彼女は黒髪ストレートで、純朴なタイプ。勉強はあまり出来る方ではなくて、運動も嫌い。休み時間はだいたい少女漫画を読んでいました。卒業式の日に、彼女が茶髪で登校し、みんなにからかわれると、“こんな見た目だけど処女だから”と、おどけていた。高校時代、交際している相手とかはいませんでした」

ホストクラブ遊び

 高校卒業後、札幌市内にある2年制の美容専門学校に進学する。

「Sさんは専門学校に入ってから、マンションで一人暮らしをしていました」

 とは、彼女と同じ美容師科だった生徒。

「飲み歩くのが好きで、すすきののホストクラブにもよく通っていた。“昨夜もシャンパンを抜いちゃった”と話してましたよ。海外にもしょっちゅう行っていて、イタリアやフランス、ドバイでの写真などをツイッターにアップしたり。“親の脛齧(すねかじ)りでしょうがないね”とクラスメートの間でも言われていました。2年の終わりごろから学校に来なくなりましたけど、どうにか卒業はしたようです」

 純朴なタイプだったSさんが、わずかな間にホストクラブ遊びを覚えたようなのだ。

 実は、和歌山県警はそのホスト人脈も捜査しているという。

 県警関係者の話。

「5月26日に行った野崎さん宅への最初のガサで、奥さんと家政婦のケータイも押収した。2日後には返し、さらに、1日経って、再び押収。2人の手元にケータイが戻ってから、いの一番に誰に連絡を取るのかなどを知りたかったからです」

 そして、6月2日のSさんの「新宿マンション」の家宅捜索の日に、2度目の返還をしたという。

「手間隙かけたのは、誰と親しく、また、そのなかに覚醒剤を入手できるような人物がいないか、洗い出そうとしたわけです。その過程で分かったのですが、奥さんは少なからず、ホストとの付き合いがあったみたい。もちろん、そのホストらは捜査すべき人物にピックアップされ、事件とのかかわりがないか調べることになります」(同)

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